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第三十八話 「薔薇と月明かり」

 

 庭園に踏み入れると、やはり一番に目に付くのは薔薇だった。

 目の覚めるような深紅の花。さらに驚かされたのは、その大きさだ。薔薇の花冠一つ一つが人の頭と同程度の大きさがある。そんな大きな薔薇がこれだけあれば強い香りを放つのは必然であると言えた。

 そして、兼ねてより危惧していた危険な吸血生物たち。あちらこちらで通常サイズの蚊より少し大きめな蚊が不快な音を立てて飛んでいる姿が見受けられたが、リズの香水のおかげで血を吸われるようなことはせずに済んだ。

 危険がなければ本当に美しい庭園で、嘆きの霧谷ですり減っていた心身も癒されるよう景観である。


 しばらくはリズの案内で順調に進む。途中途中で休憩や飯を挟み、次第に辺りが暗くなってきた。そろそろ、行軍も難しくなってるくる頃合い。まあ、無理をすれば暗くなってからも進み続けることはできたがなにが起こるかわからないため、休める時に休んでおこうということになった。

 竜車を停め、荷台から夜営用の道具を出して、今日の寝床を確保する。

 例によってオルガとブラッドに雑用を任せ、俺とピサ、おまけにリズで炊事を始める。俺は手際よく作業を進め、それをサポートする形でピサが手早く手を動かす。ダンスの時も思ったことだが、ピサは剣以外とことん興味がなかったようで、最初かなりおぼつかない様子で包丁を握っていたけど、飲み込みが早いのか次第に俺の作業についてこられるようになった。

 で、リズだが、これがまた意外なことに結構手際が良かったりする。


「自分の食い扶持くらい自分で用意できなくてどうする」


 とはリズの談だ。

 ピサは少し挙動不審になってたが、大丈夫。もうお前も十分家事できるから。

 作業人数が増えたことで、料理もあっという間にできた。今回は薔薇庭園での食事ということで、燻製肉をスライスしたものを薔薇の形になぞらえて盛り付けてみた。あと、ついでに薔薇の花を千切り、スープに浮かべてみたりしたが、周りの薔薇の香りが強すぎて、ほんのり香る薔薇スープとはならずでちょっと失敗。

 うまくいったりうまくいかなかったりだったが、食事の準備はできた。匂いに釣られ、腹を空かせた二人も寄ってくる。

 焚いてあった火の周りに全員腰掛けるように言うが、リズだけは頑なに輪に加わろうとはしなかった。まっ、いつまでも待っていてもせっかくの飯が冷めてしまうので、仕方なく始めてしまうことにした。手に持ったジョッキを掲げる。もちろん酒ですが?


「んじゃ、とりあえず今日も生き残ったことに感謝をってな感じで、お疲れい」


「お疲れ様ー! いただきまーす!!」

「お疲れ様でした!! いただきます!」

「お疲れ様です。いただきます」


 薔薇をかたどった燻製肉は結構好評で、やってみて良かったと思った。

 食事を進めていると、オルガが酒を煽りながら、ぶつぶつとお小言のようなことを言い出す。


「それにしてもあの小娘。あんな端っこで食べて、協調性のないやつですな」


「ああいう性格なんだろよ。そもそもなれ合う関係でもねぇし、仕方あるめえ。つか、お前やたらリズに突っかかるな」


「あの小娘は少佐の命を狙った奴です。謝罪の一つもしていない。はんっ! 親の面が見てみたいもんですな」


 その時、ヒュッとなにか飛ぶ音がし、そのままオルガの頭に直撃。

 スープを飲むのに使う匙だ。投げた犯人はもちろんリズ。

 オルガの額に青筋が走る。


「おい筋肉ダルマ。私のことはどれだけ蔑もうがかまわない。だが、母を侮辱するような発言だけは許さん」


「小娘が……。あまり調子に乗るなよ……」


 一触即発の空気に、やれやれとため息を吐く。


「二人ともやめねえか。飯時に騒がしくするんじゃねぇ。仲良くしろとは言わん。ただ、いまは一応だが協力関係にある。うまくやってくれ。つか、いまのはオルガが悪いぞ。ちゃんと謝っとけ」


 オルガは自分にも反省する点はあったとしっかり理解してくれたようで、素直に謝罪した。


「リズ。これで勘弁してやってくれ。俺からも謝る。悪かった」


 リズは無言のまま俺たちの目の届かない場所まで離れて行ってしまう。


「少佐……。申し訳ありません。少佐にまで謝らせるような真似を……。ここはワシが責任を取り、腹を切りますッ!!」


「ドアホう。もう済んだ話を蒸し返さんでいい。それより飯の続きだ。さっさと片付けて、明日に備えるぞ」


「だね」

「ええ、そうしましょう。オルガ殿、晩酌付き合いますよ」


 ブラッドがオルガの相手をしてくれるようなのでそっちはそっちで任せといて大丈夫だろう。


「ねぇねぇ、マサヒロ。リズちゃん、結構距離あったのにオルガさんの声聞こえてたんだね」


「おお、そういえばそうだな。あのとんがり耳だ。普通の人より音拾える範囲が広いのかもな」


 ……とんがり耳。そういや俺、リズの耳触っちまったのすっかり忘れてた……。

 夫婦の契りを交わしたとかいうとんでもないことを――。

 あ、なんか頭痛してきたかも。


「マサヒロ大丈夫? 顔色悪くない?」


「い、いやいやいや。全然! 体調万全、すぐにでも行軍できそうなくらいですけど?」


「……変なの。なにか隠してるみたい」


「べべべ、別にそんなことねぇし? あ、お、俺ちょっと腹ごなしに散歩してくるわ! 後片付けよろしく!」


「あ! 逃げた。まぁ、いいけどさ。あんまり遠く行っちゃダメだからね~」


「わーってるよ! んじゃな」


 俺は小走りで逃げ出し、その場を凌ぎ切った。

 まぁ、こういう問題を先延ばしにしてもろくなことにならなそうなので、解決できるうちに解決しとくのが吉だ。


 俺はリズが消えた方向に歩いて行く。

 夜空を見上げると満月が輝いており、月明かりと薔薇の色を取り込んだ黄と赤の光のグラデーションが辺りを包んでいる。

 さらに薔薇の道を進んで行くとひそひそと話声のようなものが聞こえてきた。

 こんな場所で誰が会話を? と思ったが、恐らく一人はリズで間違いないだろう。となると、相手は仲間のエルフの可能性もある。

 もしかしたら、俺たちを酷い目に合わせる良からぬ算段でも立ててたり? と不吉な予測をしながら、忍び足で声のするほうに慎重に近付いてみる。

 しかし、そこにいるのはリズ一人だった。

 誰も、いない? さっきまでのは一人ごと?


「うん、うん。平気。私は大丈夫。それよりもあなたたちこそ大変だったわね。あと少しで燃やされちゃう所だったものね」


 リズは開けた場所にポツンと埋まっている切り株の上に腰掛けて、虚空に向かい誰に話し掛けるでもなく機嫌が良さそうに話し続けている。

 確か、ミルドラード王の話によると、エルフは超常の力を操れるとかなんとか。その一端を使い遠く離れた誰かと話している? それこそ、ノアが使う魔法のように。

 

 どういう状況か判断が付かず、そのままボケっと観察していると、リズが話をピタリとやめ、俺のいる方に勢い良く振り向いた。


「……なんのようだ。こそこそと趣味が悪いぞ」


 バレたとあっちゃあ素直に出ていくしかない。誤魔化そうとしても多分無理だろうし、観念して木の陰から姿を見せる。


「悪い。盗み聞きするつもりはなかった。一つ聞きたいんだけどよ、……いまのは、なにをしてたんだ?」


 まどろっこしいのもめんどうなので、単刀直入に先程の独り言について問いただしてみる。

 リズは、隠すようなことでもないと言わんばかりに素直に答え始めてくれた。


「薔薇たちさ。みんなの声を、聞いていた」


「薔薇の声? ここの植物は話ができんのかい?」


「ここの植物が特別なわけではない。万物は、皆思考を持ち、そして声を持っている。私は、ただそれに耳を傾けているに過ぎない」


「へえ……。声、ね。あ、じゃあもしかして、ファヴと話とかできんのか?」


「……できるが」


「そりゃすげえ! あいつなんか言ってたか? いままで散々無茶させてきたから、嫌気差してんじゃねえか?」


「そういうことは言っていなかった。ただ、楽しい、と。あの子はそればかり口にしていた」


「楽しい、か。なら良かった」


 まさか、ファヴの思考を理解できる日が来るとは夢にも思わなかったが、ファヴも旅を楽しんでいるみたいで、なんというか、まぁ、良かった。うん。

 ――おっと、いけねえ。本題を忘れる所だった。


「っと、リズ。あのよ、確認したいことがあるんだけどよ。エルフにとって耳触るってことは夫婦の契りを交わすってことなんだよな?」


「……」


 リズは無言のまま頷いた。


「あー、なんつーか、知らなかったとはいえ、ホントに悪いことをしちまった」


「……耳を触られるマヌケな私にも非はある」


「いやいやいや! あの状況ならリズにどうこうできる問題じゃない。やっぱり俺が悪ぃよ」


「いやいやいや。私が捕まらなければ良かっただけだ。私が悪い」


「いや、俺だって」


「いいや、私だ」


 バチッと目線がぶつかり合い、火花が散る。

 両者譲らず……。


「ならなにか? お前はこのまま俺の嫁になるってんだな?! よおし、いいぞ! 可愛がってやる!」


「そ、そういうつもりでは……っ!! でも、そうなってしまうのか……」


「そういうことだよ! つーことで、早速お前の操は俺が貰う」


 俺はずんずんとリズに迫り、目の前まで来るとリズの顎に指を添え上を向かせた。

 月明かりがリズの片目、エメラルドのような瞳をキラキラと輝かせている。

 リズの目は、彼女の放つ矢のように俺の目を真っ直ぐと射貫く。エルフの誓いは必ず守るという固い決意が窺えた。しかし、顎から伝わる彼女のぬくもりが、わずかに揺れていた。震えているのだ。

 どうして、そうこだわるのだろう。いや、わかってはいる。ドワーフの時も似たような話は聞いた。人には人の、ドワーフにはドワーフの、そしてエルフにはエルフの生き方がある。

 だがしかし。俺はひねくれ者。世間一般の男女が恋にうつつを抜かしている時には風俗へ入り浸り、誠実な人間にと生真面目に生きる人々をしり目に、嘘やハッタリを吐いてきた。俺の人生いつだって曲がって生きてきたんだ。

 だから、エルフだとか、掟だとか、夫婦の契りとか、俺には知ったこっちゃない。

 縛られず、指図されず、自分の意思で動いてきた俺が出す答えは最初から決まっていた。

 俺はリズに口付けしようと添えた手を離し、後ろに一歩下がった。


「……どういう、つもり?」


「保留だよ。とりあえず、俺がどういう男か知れ。答えを出すのはそれからでも良い。ほれ、あるだろ、ことわざかなんかでよ。急げば? 急いで?」


「……急がば回れ」


「それそれ。まぁ、つーか、俺はいつまで生きてるかわからねえがな! もしかすると、リズの答えが出る前におっ死んでる可能性の方が高いと来てる! 逃げ続ければ契りは勝手に破棄されるって寸法よ。それまでの辛抱だと思えば、案外気は楽だろ」


「……あいも変わらず、格好つけたがる奴だ」


「はっ、良く言われるよ。シャノンとか、シャノンとか」


「そのシャノンというのは他の仲間か? 早速だ。お前の話を聞かせろ」


「おっ! 結構、俺とのこと前向きに考えてくれちゃってる?」


「抜かせ。ただ、私は人間の築いた巨壁スヴァジルファリより先に言ったことがない。だから、外の世界がどうなってるか知りたいだけだ。お前に興味なんて、一ミリもない」


「へえへえ、そうでございますか。しゃあねえ、語ってやるか。そうだな、まずは……リズ、魔界の森は知ってるか――?」


 それから俺は、いままで経験した突拍子もないような出来事をリズに語って聞かせた。

 最初は信じられないといった様子のリズだったが、ファヴからこっそり聞き出していた情報と整合性が取れたらしく、ちんけな作り話ではないとわかると素直に驚嘆のため息を漏らしていた。

 話は過去から現在まで進み、ようやく終わりにたどり着く。


「まぁ、そんなこんなで、いまや俺たちは非常に苦しい状況にいるわけだ。藁にも縋る思いで聖域のエルフの都を目指してるわけなんだが、リズ、俺たちが求めてるようなもんは本当にあったりするのか?」


「……わからない。私は、確かにエルフだが、すべてを知っているわけではない。は……女王様なら、なにか知ってるかも」


「女王? エルフの都は女王が治めてんのか?」


「ああ。そうだ。偉大なエルフの王様だ。その方なら、この世のすべてを知っている」


「おう、そうか。なら、さっさと女王様に謁見して話を聞かねえとな」


「……案内はしてやると言ったが、女王様との交渉は自分でなんとかしろ」


「おうよ、任しとけ。口なら人並み以上に達者なつもりだからよ」


 交渉なら多少は自身がある。嘘ハッタリとか、ほら、ボク得意だから!

 俺が余裕の笑みを見せると、今度はさっきとは打って変わってくたびれたようなため息を吐くリズ。


「……はぁ。それにしてもなぜこんなことに……。やはりあの時仕留められていれば……」


「そりゃ、矢で俺を射貫こうとした時の話か? もしくは、落石の時の話かい?」


「……気付いてたのか」


「もちろん。というか、あんなことしてくる犯人がリズくらいしかいないから、考えるまでもねえだろ」


「そうか……」


 リズは顔を俯かせ、なにかを言いよどんでいた。

 顔に書いてあるようだよ、ごめんなさいって。

 きっと、いたずらに事に及んだわけではあるまい。リズにはリズの守りたいもののためにああしたんだろう。

 空気を変えるため、気まずそうにしているリズが興味を示しそうな話題を振ってみる。


「それにしても、ここは綺麗な所だ。リズが守りたくなるのもわかるよ」


「……!! そうだろ! そうだろうとも! この薔薇たちはホントに美しいんだ!」


 急に子供のようにはしゃぎだしたリズ。心から薔薇が好きなのが伝わってくる。


「……こんなこと俺が言えるかわかんねえけど、焼き尽くさなくて心底良かった」


「……もうそのことはいい。過ぎたことだ。お前もお前のやるべきことをやろうとしたのだろう? だったらお互いさまだ」


「だな」


「ああ」


 話は途切れ、自然に二人そろって夜空に輝く月を見上げた。

 静寂と、薔薇の香り、それから月明り。月も綺麗だったが、月光に照らし出されたリズは、一枚の名画を切り取ってきたかのように息を飲むほど完成された美しさを持っていた。


「仲良くしようとか言う気はねえけどよ……、だからと言ってギスギスしたまま道中行くのはしんどい。俺たちゃ、エルフに危害を与えようななんて微塵も思ってねえからよ、うまく言えねえけど、この先も道案内よろしく頼むわ」


「べ、べつに、ギスギスしているわけではないのだ。ただ……私は話すのが苦手で……」


「もしかして人見知りか?」


「経験がないだけで、そうと決まったわけでは……っ!」


「くははっ。意外な所に弱点ハッケ~ン。面白くなりそうだ」


「貴様……っ!」


「怒るな怒るな。冗談だよ」


 リズはなにか言いたげに俺を睨みつけていたが、口ではかなわないと諦めたのか、大きなため息を吐きながらさっきの返答をしてくれる。


「……道案内、きっちり最後まで面倒を見る。だから、その、よろしく、頼む。…………マサヒ、ロ」


 俺は微笑み、再び夜空を見上げた。釣られてリズも同じように夜空を見上げる。

 そうして、会話をするでもなく少しだけ遅くまで、月を眺め続けた。







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