第三十七話 「交渉と諫言」
突如、吹き荒れたのは突風だった。
俺の危機に反応し、翼をはためかせ荒れ狂う旋風を巻き起こし矢を叩き落としたのはファヴ。
立っていることすら難しい状況の中、旋風に乗るように疾走する二つの影。
大陸で五指に入ると言われる実力者、剣聖ブラッド。そのブラッドが認める、いまだ大陸中の人間が気付かぬ無双の男オルガ。その二人に取って荒れ狂う風などは関係なかった。
気付いた時には、オルガが少女の腕を取って地面に押さえつけ、ブラッドが顔に剣を突き付けていた。一瞬の制圧劇である。
「貴様ッ! 刺客かッ?! 正直に吐け!」
「オルガ殿、少々落ち着いてください。君、こちらとて手荒な真似はしたくない。何故、マサヒロ殿を狙ったのか。聞かせてもらうぞ」
押さえつけられている少女はそれでもなお、尖った態度を崩すことなく俺を睨み続ける。
なにかしたかしら? と思い返してみるが、やり逃げした記憶もないし、こんなに綺麗な顔を忘れるわけもない。となれば、正真正銘まったく関わりのない人物。それに妙なのは場所だ。ここは聖域に通ずる危険な難所。そんな所にピサと同い年くらいの少女が一人でいるのは明らかにおかしい。
俺はハッとして、周囲に視線をやる。
「お前ら気を抜くな。他に仲間がいるかもしれない」
俺はオルガが押さえつけている少女の前までやってくると、腰をかがめ少女に尋ねる。
「お前は何者だ? なぜ俺に攻撃を?」
少女は答えようとせず、鋭い視線で睨み続けるだけ。しばらく同じ質問を繰り返すがひたすら無言。このままじゃ埒が明かないと思っていた矢先、言葉を発したのはレイちゃんだった。先程から見ているだけだったはずのレイちゃんが話し始める。
(その子、エルフよ。でも、半分だけみたい。いわゆるハーフエルフ。人間との混血みたい)
これが? この子がエルフ……?
確かに人間離れした美しさだが、あまり人と変わらないように見える。それにこの尖った耳……。
俺はおもむろに手を伸ばし少女の耳に触れてみる。
ハーフエルフの少女は耳を触られた瞬間、ビクンと身体を震わせ、慄くように俺を見上げながら唇を震わせつつやっと言葉を発する。
「い、いま……、耳、触った……?」
「ん? おう、触ったけど。とんがり耳なんて初めて見たもんでよ。すまん、性感帯だったか?」
美しい女がいればちょっかいをかけたくなるもの。これも男の悲しい性である。
そんな他愛もないイタズラのつもりだったのだが、少女は俺を見上げたまま、酸欠の魚のように口をパクパクさせ声にならない声で、狼狽えているような、信じられないと言った表情をしていた。
「嘘……」
嗚咽を漏らしたと思ったら、次の瞬間には声を押し殺し、シクシクと泣き始めてしまう謎の少女。
号泣である。
突然の涙に俺もオルガもブラッドも思わずうろたえしまう。
いや、確かにちょいとセクハラしちゃったかもしれないけど、そこまでか? そんな号泣するほど俺に触られるの嫌だった?
少佐の称号と実績を積んだこともあってモテモテ街道まっしぐらだった俺だけに、こんな反応されるとは思っておらず、こっちまで泣きそうになっていると、肩をポンポンと叩かれる。
レイちゃんだった。つか、こいつ最近普通に触り過ぎ。
(やっちゃったわね、マサヒロくん。大変なことをしてしまったわ……)
え、なになに?! 俺そんなヤバいことしちまったのか?!
俺は焦りながらもレイちゃんにどういうことだと目で訴えかける。
(エルフにとって耳を触らせるってことはとても神聖な事なの。触れさせた者を生涯の伴侶に、死ぬまでそばを離れない。そういう誓いの儀式なのよ)
……はっ? 冗談だろ?
なにか、俺はいまエルフにとっての夫婦の契りを結んじまったってことか?!
つか、レイちゃんの野郎、すっかり半笑いで俺のこと見てやがるし……。触ろうとした時に止めてくれりゃ良かったのにッッ!! ポンコツレイスめ……。
「うっ……、ぐすっ……」
ハーフエルフちゃん、まじ泣き入ってますな……。少し気の毒だ。いや、俺がその原因作った犯人なんですけれどもね。
俺とブラッドが必死になだめようとするが、まったく効果はなく、梅雨のように止むことがない涙の雨。オルガはすでに手を離し、少女を解放している。もはや抵抗する余裕がないのを悟り、鼻をほじって脇で見てるだけ。
ちくしょうめ、他人事だと思いやがって。
しばらくすると、近くで静観しているだけだったピサが、俺とブラッドのふがいなさに業を煮やしたのか、輪に加わりハーフエルフの少女を慰め始める。
「大丈夫? マサヒロが変な事してごめんね。そんなに泣かないで」
「うっ……、うっ……、うぇ……。もう殺して……。うぇぇぇ」
気丈に振る舞おうとしていた少女の奮闘はむなしく、更に涙は溢れ出てきてしまう始末。
ピサはここは私に任せてと言い、俺たち男三人を竜車に戻らせる。一応、暴れた時の用心としてロープで縛るのを忘れない。
まぁ、ここは女同士のほうが良いのかもしれない。というか、理由が理由なだけにピサが事実を知ったらまた機嫌を悪くしそうで、不安である。
早速、薔薇庭園の攻略に入ろうとしていた矢先、このトラブル。自分が招いた事とは言えちょっと勘弁してほしい。俺はファヴの背中に飛び乗り、のの字を書きながら謎の少女が泣き止むのを待った。
しばらくすると、ピサに連れられ泣き止んだ少女がガックリと肩を落としたまま竜車にまでやってくる。
色々と事情を聞きだしてくれたピサが俺たちに掻い摘んで説明をしてくれた。
「――ってことみたいで、要するに私たちが薔薇庭園を焼き尽くすとか言ってるのを聞いて、そんなことさせてたまるもんか! って司令官っぽいマサヒロに攻撃をしたみたい。ねぇマサヒロ? この子も薔薇を大事に思って必死に守ろうとしてただけなの。見逃してあげることはできない?」
ピサが上目遣いに懇願してくる。
俺としちゃあ、特に怪我もなかったし許してもかまわんのだが、それを許さない奴が一人。
「姫様、それはなりませんぞ。人の命を狙うというのは決して軽い事ではないのです。謝って済むのなら、この世は阿鼻叫喚の地獄と化しましょうぞ。それに、その小娘はいまだに謝罪すらしていない。論外甚だしい。――姫様、命を奪う者は命を奪われる覚悟で事に臨まなければなりません。けじめは、つけなければなりませぬ」
「でも……っ!!」
しかし、ピサの口から続く言葉は出てこなかった。
オルガの言っていることは正論で、反論の余地はない。
「少佐。ここを少しばかり開けます。ワシが、この落とし前をつけてきます」
少女の目には怯えの色が見えた。
確かに、オルガの言っていることに間違いはない。けれども、少女が死を免れる方法が一つだけ存在した。
それは――
「オルガ。少し待て」
ピサの目に入らないようにエルフの少女を離れた場所へ連れて行こうとしていたオルガを制止させ、俺は再び少女に歩み寄り、少女の目を見つめる。
「お前はエルフだな?」
少女はビクッと身体を揺らし、驚愕の表情を浮かべる。
「なぜ、それを知っている」
「俺にはなんでもお見通しなのさ。で、これからけじめをつけなければならない……えーっと名前なんだっけ?」
「くっ……! これから死に行くものに対して名を聞くのか!」
「名前のない墓標なんて味気ないだろ? 無名のまま死ぬより、俺に一矢報いようとしたか弱き英雄の名前を聞かせてくれ」
少女は逡巡したあと、しぶしぶと名乗る。
「……リズ。リズ=ホズ」
「へぇ。可愛い名前じゃねえか。それで、エルフの少女リズに一つ提案がある。命を奪わない代わりに、リズの知恵を俺に提供してくれ」
「知恵……?」
「ああ。知恵だ。エルフということは俺たちの目的地、エルフが住まう聖域の果てから来たと言う事だ。そこからここまで一人できた。そうだな?」
「……そうだ」
俺は大仰に振り返り、いまの言葉を周りで窺っていた三人にももう一度聞かせる」
「おい、お前ら聞いたか! このリズは、聖域の果てから一人で難所を越えてここまでやってきたそうだ! こんなか弱い少女が一人で難所を超えるんだぜ! すごくねぇか? ……おっと~。俺、良いこと思いついちまったかも……」
ピサも思い至ったのか、死んでいた表情が花開くようにぱぁっと明るくなり、言葉を引き継ぐ。
「つ、つまり! リズちゃんは難所を超える秘訣を知ってる?!」
俺はニヤリと笑い、頷いた。
「そういうことだ。それで、リズに改めて提案する。俺と取引だ。命を救う代わりに、道案内をしてくれ。いまの俺たちにとっちゃなによりも欲しいものをリズが持ってる」
「な、なぜ私がお前らに協力など……っ!!」
「別に構わんぜ、俺は。リズの首を刎ね、薔薇を燃やし尽くし、先に進むこともできる。俺はどっちでも構わない」
「くっ……。卑怯な……」
リズはしばらく顔を伏せ考え込んでいたが、薔薇のことが決めてになったのか、しぶしぶと折れた。
「わかった……。取引に応じる。だから……約束だっっ!! 薔薇には、手を出さないで!!」
待っていた言葉を聞け安心の一息を漏らしながら、ニコリとリズに笑いかける。
「オーケー。取引成立だ。良い返事が聞けて何よりだ。それと、約束もする。薔薇に火を付けたりはしない。全員の前で誓おう。俺は、薔薇を傷付けない」
「……お前が誓うのなら、私も誓おう。私はお前たちを最後まで案内する。絶対だ」
じっと瞳を確認する。うむ。人を騙すような腐った魚のような目はしてねえな。俺みたいに。
だったらもう拘束する意味もないだろう。
「オルガ。縄を解いてやれ」
「ハッ」
オルガはすんなりリズを解放してやった。
リズは赤くなってしまった手首をさすっている。少々、キツく縛り過ぎたようだ。俺は竜車に一旦戻り、荷台から薬や包帯なんかが入った救急箱を取り出す。包帯と消毒用のアルコールを探し出し、手をさすっているリズの前に膝をつく。
「おら、手を出しな。仕方がなかったとはいえ、女の肌を傷付けちまった。悪い事をしたな。ただ、道案内してもらう間柄だが、仲良くしようや」
「……お前は一体全体、なぜカッコつけているんだ?」
なんということでしょう。百戦錬磨、この俺様の決め台詞に動じない?!
「ぷふーっ!」
「こ、こら! ピサータさん?! 笑うんじゃありません! いま、俺すっごい恥ずかしいから! 顔から火が出そうだから!!」
やんややんやと騒ぎつつ、手当てを終え、改めてリズが薔薇庭園越えについての話を始めた。
「薔薇庭園の歩き方は簡単だ。蚊やヒル、吸血生物たちが私たちを避けるように仕向ければいい」
「いや、理屈としてはまさにその通りだがよ、そんな方法あんのか?」
「ある。これを使う」
ちゃぷんと音を鳴らし、取り出したのは小瓶に入った何かの液体。
「これは、この薔薇庭園の薔薇から作られた香水だ。この香水をひとかけすると、吸血生物たちは襲ってこない」
「ま、まじで? なにその便利道具……。最高すぎんだろ」
「薔薇の香水?! うわー! リズちゃんリズちゃん! 香り嗅がせて!」
ピサが香水と聞きつけ、物凄い勢いで喰いついた。
剣のことばかり考えてるのかと思ってたが、一応女の子っぽい感性も持ち合わせてるんだな~、とはしゃぐピサと勢いにたじろぐリズをやれやれと見ていると、後ろから声を掛けられる。
「少佐。先程はお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「ん? おう、別に謝るほどのことでもねえだろ。それよりも、俺のほうが謝らんとならん。ピサに諫言してやってただろ? あれは俺が言うべきだった。憎まれ役させて悪かったな」
「な、なにを仰るのです! すべてはワシの不徳の致す所」
「やめろやめろ。今回はオルガが正しかった。どうにも俺はピサに、つか、女に甘いからよ。これからもピサに色々助言してやれ。あいつはまだまだ経験が足りてない。これからのためにも一人一人の成長は必須になる。ピサも、俺も、オルガもデカくなっていかなきゃなんねえ。俺もオルガになにかあれば言うし、俺になにかあれば遠慮なく言え。わかったな?」
「……ハッ。心得ました! ……う~む、ワシ滾ってきましたぞ! すぐ出発できるように竜車とチビ竜の様子を見てきます!!」
士気が上がったかのように、オルガは意気揚々と竜車に走って行く。
「なかなかの人格者ですね、マサヒロ殿は」
「そうか? こんなもん普通だろ」
近くで話を聞いていたブラッドが、オルガのあとを引き継ぐように話題を振ってきた。
「いえいえ、外から聞いていた私ですら少々滾りましたよ。やはり、この隊は良い隊です」
「なーに他人事みたいに言ってんだ。ブラッドにもデカくなってもらうぞ。お前もれっきとした俺の隊員だ」
「ふっ……。御意。恐ろしいお方だ。すっかり私も感化されてしまった。人たらしの才能がおありのようです」
「どアホぅ。男に好かれてもちっとも嬉しくねえよ。おら、ブラッドもオルガの手伝いしてこい」
「了解です。では、ピサータ殿が落ち着き次第出発ということで」
「おう。頼んだぞ」
さて。再び女性陣の方を見てみると、ピサが大変ご機嫌な様子で薔薇の香水の香りにうっとりとした表情をしていた。
「ほれほれお嬢様方。あんまり待たせたらダメだぞ。リズ。その香水みんなに早く使ってやってくれ。早いとこ出発したい」
「あ、はーい! すぐ行くよー!」
「わかっている! 急かすな!」
三人で竜車に戻り、香水を振り、準備はできた。ちなみにファヴにも香水を付けてやったが、気持ち悪そうに、キョロキョロと挙動不審にしていた。
「うし! 出鼻をくじかれたが、薔薇庭園を越えて行こう。出発だ」
パチンと手綱を叩き、竜車は動き始める。
先導するようにリズがファヴの前を進む。リズの横にはピサの姿。少し進み、そろそろ薔薇庭園に入ろうという頃、ピサがくるりと反転して、駆け寄ってくる。ドカッと俺の横に腰を降ろし、嬉しそうな声で話し始めた。
「マサヒロ、ありがとね。リズちゃんのこと」
「あん? なんのことだよ?」
「……オルガさんの言ってた事、私も納得したし、仕方ないんだって、諦めてた。でも、マサヒロは助けてくれた。解決してくれた。リズちゃんも、薔薇庭園のことも。下手な憎まれ口まで叩いちゃったりして」
ピサは本当に嬉しそうに、そしてころころと楽しそうに笑う。
なんだが、むず痒いような、気恥ずかしいようなでなんとも言えず、俺は黙ったまま煙草に火を付ける。
「ふふっ。照れちゃって。じゃ、そのお礼言いたかっただけだから。私、リズちゃんの所戻るね!」
言いたいことだけ言って、ピサはすぐさまリズの下に戻っていった。
そして、俺たちは血染め薔薇の庭園に足を踏み入れて行った。




