第三十六話 「謎の少女」
めそめそ泣いているレイちゃんをなだめつつ、次の難所『血染め薔薇庭園』について話し始める。
「んで、レイちゃん。続いての難所、血染め薔薇庭園のこと聞かせてくれよ。なんか、霧谷よりヤバい場所的なこと言ってたよな?」
(グスッグスッ……。うん。ヤバい)
「どうやばいんだよ?」
(着けばわかる。ヤバい)
こんな調子で大丈夫なのかよ、まじで……。
レイちゃんはそのまま指環の中に帰って行ってしまったので、仕方なく竜車に追いつき手綱を握るピサの横にドカッと座る。
「あ、おかえり。なんかね〜、ファヴ懐いたかも。でへへ」
「お、念願のって感じだな。どれ、手綱を貸してみ。ファヴ触ってきてみろよ」
「いくいくー! はい、じゃあ手綱返すね!」
ピサは駆け出し、ファヴの横に並んで話しかけ始める。……が、無反応。反応してくれないファヴに業を煮やし、触れよう近付くが、ファヴが唸り声出し始めた。
こりゃ、もうしばらくはおあずけのようだ。
しょげた様子で俺の隣に座りなおすピサ。
「……」
「……ぷっ」
「笑うなっ!」
ボコボコと地味に痛いパンチを肩に受けつつ、竜車を進ませた。
霧谷を抜けた後は、岩肌が目立つ道を進んでいたが、しばらくすると、徐々に緑が増えていきその装いをガラリと変えて行った。
そして、更に二時間程。鬱蒼と茂り出した木々をすり抜け、やっとこさ樹林の切れ目が見え始める。そこを突き抜けると、視界が一気に開けた。
樹林が途切れた先には、地盤が沈んでいるかのように大きく下がった大地と、深紅が広がっていた。
「おいおい……まじかよ。これ、全部薔薇か?」
いまいる高い場所より数段低くなっている地面の光景を見渡すと、眼下に広がるは一面に咲き誇った目の覚めるよう深紅の薔薇。それはまるで、どこまでも続く赤い絨毯。薔薇の香りもむせ返りそうなほどプンプン香ってくる。
「あわわわ〜。綺麗〜。それにこの香り。う〜ん、幸せ」
女のピサには好評なようだけど、男の俺、もといオルガとブラッドと若干顔をしかめていた。
ちょっと、香りが強過ぎるよな。わかる。俺もそうだ。こんな強い薔薇の香りなんて、加齢臭気にしだした厚化粧のご婦人からしか嗅ぐことはないと思っていたが。軽くえずきそうになったけど、ここは我慢我慢。これから眼下に広がる薔薇の庭園に足を踏み入れるのだ。さらに匂いはキツくなるはず。気張っていこう……。
「お前ら聞け。とりあえず庭園の前に休憩を入れる。ファヴも少しは休ませてやらねえと。休憩に十五分、作戦会議に十五分。三十分後に出発する、いいな? では、各自休め」
返事をした三人はそれぞれちらばって行き、装備の確認や、戦闘に備えてだろうか、身体の柔軟体操などをして過ごすようだった。
俺はと言うと、まあいつも通りレイちゃん頼りの負んぶに抱っこである。煙草を咥えながら、竜車から距離をとり指環をノックする。
「オラッ! 起きろレイレイ! お仕事の時間だぞ」
指環からノロノロとレイちゃんが姿を現す。
しかし――
「めそめそ」
……うぜえ。
まだグズってたのかよ。
「ほら泣くな泣くな。あんまり時間ないんだから頼むぜ。ていうかよ、薔薇庭園はヤバいみたいなこと言ってたけど、まじでただの庭園みたいじゃねえか。ヤバい気配微塵もなくね? トロールのほうがよっぽどヤバいだろ」
(そんなこと言ってると、グスッ……死んじゃうよ。……あふぅ。十秒ちょうだい。一旦落ち着く)
レイちゃんは数回深呼吸をして、めそめそうじうじしていた顔を引き締まらせる。
(ふぅ。もう大丈夫。で、庭園についてよね? 甘い! 甘すぎるよマサヒロ氏! あのね、トロールは妨害みたいなことされたせいで、結果的に危なかったのは確かよ。でも、妨害がなければ本当に安全なの。だがしかーし! 庭園は違う。どう転ぼうと危険度マックス。だって名前からして危ない感じするでしょ? 血染めよ? 血に染まっちゃうってことよ? ヤバいでしょ!)
「抽象的過ぎてわかるわけねぇ……。血染めって要はなんなんだよ?」
(いや、簡単な話。薔薇庭園は吸血生物の生息地なの)
「まじかよ……。変な病気とかあったら怖いんですけど。……いやちょっと待て。え、もしかして吸血生物がいるだけ?」
(甘いって言ってるでしょうが! そもそも吸血生物舐めすぎ。あいつらホント怖いからね? ……うぅ、思い出しただけで貧血になりそう……)
レイちゃんの顔は少し青ざめている。
幽霊のレイスが青ざめてるってのもなかなか笑えるが、とりあえず知っているだけ吸血生物について聞き出しておこう。こちらでもなにか対策できることがあるかもしれない。
「レイちゃんがわかる範囲で良い。吸血生物はどんな種類のがいるんだ?」
(ん~、そうねぇ……。まず一番数が多いのは蚊ね)
「蚊かよ! しょぼいな!」
(バカチン! 甘くみないの! 蚊って言っても十センチくらいあるからね? 鎧とか平気で貫通してくるから奴ら! それが何千何万といる。…………あ、ちょっと待って。ホントに頭クラァってきた)
十センチて……。デカすぎるだろ……。
一刺しでもくらえばそれなりの量の血を吸われちまう。それが十匹二十匹ともなれば……。あ、ヤバい。俺も一瞬クラァってきた。
(いまさらビビってきても遅いんだからね。まだまだそんなもんじゃ済まない。ダニやノミなんかもいるし、あととーってもヤバいスポットがあるの! 人が生きていくのに欠かせない飲み水。基本的には現地調達よね? かさ張るし、重いものね。それで、水場を探すわけじゃない? で、やっと見つけた貴重な水場に手でも突っ込んでみなさい。水から引き揚げた手はヒルだらけになってるから。知ってると思うけど。ヒルに血吸われたらなかなか血止まらないわよ。水場はヒルだけじゃない、ヤツメウナギっていう凶悪なのもいるの。そいつに襲われたら一溜まりも……)
「オ、オーケーオーケー。わかった、わかったよレイちゃん。だったらあれだろ? 危険な場所を進む必須条件。どれだけ危険を回避して、安全な道を進むか。その方向で話を進めよう。完璧に安全とは言わないまでも、比較的危険の少ない道とか知ってんだろ? レイちゃんなら」
(まぁそうだけどさ……。でも、危険なのは変わらない。だって一番危険なのは蚊でもダニでもない、ましてやヒルでもヤツメウナギでも。この庭園でもっとも危険なもの。それは、この一面に広がる薔薇なの)
「……はっ? ど、どういうことだよ。確かに臭いはちとキツいが、綺麗なただの薔薇だろ」
(――綺麗な花には棘がある。庭園に住む吸血生物に血を吸われ、止まらなくなった血の匂いを嗅ぎ付け、薔薇たちは襲ってくる。見てみてよ、あの庭園。全部薔薇。もし、一度でも血を流せば、逃げ場はない。薔薇の茨に絡み付かれ、薔薇たちは赤よりさらに赤い、こきくれない……深紅へと染まっていくでしょう。あなた達の血で、ね)
ゴクリと喉が鳴る。
久々にビビっちまった。血染め薔薇の庭園――。
一度でも、吸血生物にやられたらアウト。この縛りはかなりの難易度だ。俺やピサ達も危険だが、図体のデカいファヴは余計にいい的になってしまう。
対策を練ろうにも、血を吸われにくくするために全身なにかで身を包めば、と思ったが、鎧を貫通するほどだからほぼ無意味。
こりゃレイちゃんの言う通り、『嘆きの霧谷』所じゃない。下手したら今までで一番厄介な危険地帯に足を踏み入れることになりそうだ。
……そろそろ休憩も終わり。情報は手に入った。あとは出揃った材料で作戦会議。
「あんがとよ、レイちゃん。とりあえずいまからピサ達と作戦考えてみるわ。レイちゃんもなにか閃いたら言ってくれ」
(弱気なマサヒロくん復活するかと思ったけど、大丈夫みたいね。うんうん、成長してるね。そうよ、道は前にしかないんだから。前進あるのみよ)
「へいへい、お褒めに預かり光栄でございますよ~っと。んじゃ、戻るとするか」
(あ、最後に一つ。生々しい話で悪いけど、ピサちゃんに確認してよね。女の子の日かどうか)
「ぶふっ!」
思わず吹き出しちまった。
なにを聞けって?!
「おまっ、レイちゃんさん? 冗談だろ? 俺にそんな気持ち悪いこと聞けってか? さっき肩にパンチされたとこ見てみやがれ! 軽く青あざになってんだろ?! そんな質問したら青あざ程度じゃ済まねえ!」
(いやいや、さっきの話もう忘れたの? 私は真剣よ。もし、その日だったら冗談じゃ済まないことになるからね。確かに嫌な役かもしれない。でもね、皆の命が懸かってるの。わかるでしょ? これは事情を知っているマサヒロくんにしかできないことなんだよ。無理強いはしたくないけど、私は信じてる。仲間のためなら、あなたは一時の恥辱を甘んじて受け入れる人だって。私は、そう信じてる!)
「レイちゃん……」
俺は一呼吸置き、真面目な声で返事をした。
「……にやけ面じゃなかったら最高だったんだけどな、今の」
(えっ? ウソ? 笑ってた? そ、そんなことないよ~。イヒッ。こんな真剣なんだから笑うわけがないじゃない)
「いいや。確実に笑ってるから。イヒッ! て声出てたから」
(でも、マサヒロくんも内心ちょっと面白そうかもって思ってるでしょ。レイちゃんにはお見通しなんだから!)
「べべべ、別にスケベなこと聞けると思って元気になんてなってないんだからね!」
やんややんやと騒ぎながら、竜車へと戻る。
そこにはすでに整列して待っている三人。これから先程の情報をあたかも知ってたという体で説明し、庭園突破の作戦を立案していく。
予想以上に庭園の脅威度が高かったので、十五分で作戦会議が終わるかどうか……。
「俺が今から話すことに色々と疑問が出てくるだろうが、一旦それは忘れてくれ。いま考えるべきことは庭園をいかにして抜けるか。この一点について話し合っていく。まず、薔薇庭園に住む吸血生物について――」
かいつまんでレイちゃんから聞いた庭園の仕組みについて説明していくと、皆顔が強張っていってしまう。ひと通り話し終えた時には、ゲンナリしている始末。まあ、気持ちはよく分かるんだけどよ。
「まぁ、そんなわけで、この庭園は今までで一番危険かもしれねぇ。対策も無しで庭園に入ったら最後、全滅は必至。死にたくねえし、全力で知恵を絞るぞ」
そこからピサやブラッドが意見を出してくれたが、どれも対策としては弱い。
作戦会議を始め、とっくに十五分は過ぎ、三十分は経とうとした時、天啓のように舞い降りる案。それはオルガにもたらされた。
「ワシ、思い付きましたぞ! 簡単なことです。この状況は戦場と同じ。無数の敵が潜んでいるなら、一網打尽にするのが最適解。火計で焼き払ってみるのはどうでしょう」
シンプルイズベストとはまさにこのこと。
危険な庭園があるなら、それを亡き者にしてしまえばいい。かなり乱暴な手だが、綺麗事を言った所で死んでしまったら元も子もない。
ブラッドも頷き、了解してくれた。
「待って、待ってよ! 他の方法あるかもしれないよ? こんな綺麗な場所燃やしちゃうなんて……。ねぇ、マサヒロ。違う方法考えるから!」
ピサは納得がいかないようで、駄々をこね始める。
こいつは根っからの冒険大好きちゃんだからな。普通では拝めない幻の庭園を失くすことが本当に辛いのだろう。ピサの気持ちも汲んでやりたいのは山々だけど、背に腹は代えられない。
「ピサ。悪いが、燃やす。これが一番安全で確実な方法だ。お前の気持ち、わからんでもないが、よーく考えろ。それは仲間の命を危険に晒してまで貫きたいものか?」
「……」
ピサは俯いてしまった。いまのは言い方がズルかったと後悔の念があったが、それは後回し。
対策はこれで決まり。あとは実行に移すのみ。
俺たちは竜車に乗り込み、薔薇庭園に近付いていく。ピサは隣には座らなかった。
薔薇庭園の前に着くと、皆竜車から降りて、改めてその姿を眺める。
本当に、綺麗だ。ピサじゃないが、失うには惜しいと思ってしまう。俺は心に芽生えかけたモノを振り払い、バルログのクリスタル取り出す。
このまま使えば強力な爆破を放つクリスタルだが、もう一つ違う使用方法がある。
それはギグリが最初に見せてくれたクリスタルより小さな欠片を乗せた小規模な爆破を放つ方法だ。クリスタル少しずつ削り、それを使い各所で火を付けていく。
――さて、気は進まないがはじめていこうか。
クリスタルを削り始めるため、懐からおやっさんの包丁を取り出そうした時――――
「動くな」
何者かの声と同時に、キリキリと弓矢が絞られる音。
俺はピタリと手を止める。
「全員動くな。動けば、派手な鎧を着た男を射殺す」
声がした瞬間には剣へ手をかけていたオルガとブラッドだったが、それも完全に読まれている。二人は悔しそうに手を下に降ろす。
ピサはどこから狙われているか探してくれているが察知はできない。
俺の額に冷たい汗が流れる。見えない敵。何者?
「オーケー。降参だ。全員武器を捨てろ。言う事聞いてくれ」
俺は指示を出し、全員に武装を解除させる。
「そのまま動くな」
ガサガサと草むらから音がする。次第に音は近付いてきて、とうとう草むらから姿を現した。
「女……? しかもまだガキ?」
そこにはピサと同い年くらいだろうか。まだ幼さが残る顔。見たこともない色をした白銀の髪。目の色は左右で色が違う。右目はピサたちと変わらない色をしているが、左目はエメラルドのような宝石のような瞳。そして、一番特徴的な、尖った耳。
この世の者とは思えない神秘的な美しさを秘めた少女が、鋭い矢じりをこちらに向け、俺の心臓に正確に狙いを定めていたのだ。
「お前は、何者なんだ?」
思わず口からこぼれた俺の言葉に、呟いたのはレイちゃんだった。
(あなたは……もしかして……)
次の瞬間、引き絞られていた弓は解放され、矢は放たれた――――




