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第三十二話 「暗がりのワルツ」

 

 スヴァジルファリから真っ逆さまに転落した俺はブラッドとオルガがロープを手繰り寄せてくれたおかげでなんとか生きて戻ってこられた。

 レイちゃんの野郎、あれから姿を見せやがらねえ……。たまにはきつく叱ってやらにゃイカン。


「マサヒロ大丈夫?! ケガしてない?」


「お、おお。大丈夫だ。すまねえ、ついつい奥に行きすぎちまった。オルガもブラッドもサンキューな。まじで助かったわ」


「ご無事でなによりです少佐!」

「ロープを持っていて良かったですマサヒロ殿」


「マサヒロ気を付けてよもう! こんな所でマサヒロに死なれたら私たち勝てる戦も勝てなくなっちゃうよ」


「悪かったって」


「べ、別に心配したわけじゃないけどね。いや、心配はしたんだけど。……じゃなくて! そんなことより霧の中はどうだったの? いけそう?」


「結論から言えば、いける」


(あ、ちょっと待って。案内はするけど、今日は本当にやめておいて。いまの時間から出発すると陽が暮れちゃうから。出発は明日の早朝にしましょう)


 姿は見せずに声だけでレイちゃんが提案してきた。

 こってりお説教してやりたいが今は我慢である。


「ホント?! じゃあ早速出発しよ!」


「まぁ待てピサ。もしかすると進軍の最中に陽が暮れちまう可能性もある。霧の中で、さらに夜にでもなっちまったらそれこそ身動き取れなくなって危険だ。だから、出発は明日の早朝にしようと思う。今日はこの町でたらふく美味い飯と酒をいただいて、ふかふかのベッドで休息を取り英気を養おう」


「……お酒飲みたいだけじゃない? それ」


「ちちち、違えし! ホントに英気を養うだけだし!」


「私もマサヒロ殿の意見に賛成です。不慣れな土地で夜を過ごすの危険なのも事実。今宵はこの町でゆるりと休みましょう」

「ワシも賛成です。……酒」


 オルガはちょいと怪しいが、ピサも三対一では納得せざるを得ないのか渋々と了承してくれた。


 そうと決まれば宴の準備だ。

 町長に一晩だけ世話になる旨伝えると、町を挙げてのパーティーを開いてくれることになった。

 町の中央広場には瞬く間にテーブルやイスが並べられ、広場の外側には屋台がぞろぞろと店を構え出す。そこらの家屋には飾り付けもされ、まるでお祭り状態。

 多少は歓迎されて、それなりのおもてなしをされるだろうとは思ってたが、それを軽く超えてくる歓迎っぷりだった。ここまでしてもらっちゃうと逆に悪い気がしてしまう。

 客人はゆっくりしてくださいと言われたが、これだけの作業を任せっぱなしも良くないので、俺たちも準備を手伝い、夕方頃に宴の用意は整った。

 中央広場はすでにたくさんの人で溢れかえっている。お祭り騒ぎに走り回ってはしゃぐ女の子たちを母親が追いかけたり、屋台のお姉さまが腰をくねらせ料理を作ったりしていた。

 俺たちは広場の一際目立つように設けられた貴賓用のテーブルに座らされる。テーブルの上には食べきれない程の食事が並び、テーブルの脇にはたくさんの酒樽が積まれ、いよいよ宴の始まりが近いようだ。

 それぞれに飲み物が行き渡ったのを見計らい、町長が開会の挨拶を始めてくれる。


「皆の者、静粛に。今宵はシルフヘイムの王女殿下様と竜殺しの英雄マサヒロ少佐様が、この町に立ち寄ってくだされた。この町の魅力を存分に味わっていただこうではありませんか。恐縮ではありますが、ここでご挨拶と乾杯の音頭を賜りたく存じます。ピサータ様、マサヒロ様。お願いします」


「あ、はい。マサヒロどうする?」


「ピサは挨拶だけしてくれ。乾杯の音頭は俺がとるから」


「わかった。じゃあーー」


 ピサはコホンと咳払いをし、宴の前の挨拶を始める。


「えっと、お邪魔してます。シルフヘイム王国王女のピサータ・ピータ・シルフリオンです。今日は私たちのためにこんな素敵な場を設けてもらっちゃって、ありがとうございます。いま……、シルフヘイムが大変な時にあるのは皆さんもご存知のことだと思います。はっきり言って今の私たちはお尋ね者みたいなものかもしれません。でも、こうやって暖かく歓迎してくれたこと、本当に嬉しい。今日はエルインガングの皆さんと、とことんまで飲み明かすつもりです! 私はジュースだけど! なんかうまくまとめられないけど、次ー!」


 ワーッと暖かな声援と拍手が沸き起こった。ピサは少し照れくさそうだ。

 続いて、俺の挨拶の番。


「突然の来訪にも関わらず、暖かく迎えてくれた事、まず感謝の言葉を送りたい。ありがとう。俺は、シルフヘイム王国少佐のマサヒロってもんだ。今日は久しぶりの宴だから、ワクワクしてる。今ァ、世の中どうなるかわかんねえご時世だがよ、そんな時こそ飲んで、食べて、笑っているべきじゃねえかと思うんだ。だから、今日はとことんバカ騒ぎしようや」


 俺はジョッキを掴み、頭上に掲げる。


「んではッ! 皆さんお手を拝借! 今日の出会いと、この町の美しい町民たちに! カンパーイ!!」


「「「カンパーイ」」」


 一気に酒を煽り、一息で飲み干す。エルインガングの酒も絶品だった。巨大山脈に囲まれたこの地では綺麗な水とそのひんやりとした空気を一年中保っているため、酒の製造に関しては最高の環境だと言える。

 空いたジョッキに町娘がお酌をしてくれる。

 ……ふむ。なかなかのべっぴんさんだ。じゅるり。


「シルフヘイムの少佐様。とっても素敵な飲みっぷりですね。ささ、我が町自慢のお酒はたくさんありますので、もっといっちゃってください」


「デュフフ。チミチミ~。ボクを酔わせてどうする気だい? ほれほれかまわんよ? ボクの膝に上に座ってお酌をしておくれ」


「やですわ、恥ずかしい……」


「そんな慎ましい君も素敵だ。ほら……」


 俺は手を引き膝の上に乗せる。

 女の子は顔を真っ赤にして照れまくって俯く。


「あ~! ミミずる~い! 私も少佐様にお酌したい!」

「ミミ変わってよー!」

「あ、でもミミの顔見て! 真っ赤っ赤! 照れてる照れてるー!」

「ひゅーひゅー! 流石、処女の生娘!」


「ちょ、皆やめてよ! 少佐様の前でっ!!」


 膝の上の少女は水中でもがくみたいに手をバタバタさせ、必死に誤魔化そうとしているようだ。


「君の名前はミミっていうのか? 可愛い名前だね。俺はマサヒロってんだ。愛を込めてマサヒロと呼んでくれてかまわない」


「そそそ、そんな! 滅相もありません!」


「ほら、呼んでみて」


「で、でもぉ……」


 俺は迫真のキメ顔でミミに微笑んで見せる。

 ……テーブルの反対に座るピサから軽い舌打ちと、「気持ち悪い……」と聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにしておきたい。

 この戦いは俺の今夜の予定(・・・・・)を決める大事な一戦だからである。

 まだ言い渋るミミの頭を俺は優しく撫でてやり、止めを刺した。


「マ、マサヒロ……様……」


 キャー! と周りの女の子からも大歓声が上がり、ミミは耳まで真っ赤になるほど恥ずかしがっていた。

 女の子の歓声とほぼ同時に、町中に音楽が鳴り響きだす。音のする方を見ると、お立ち台に楽器を持った女性たちがエルインガングの民族音楽を奏でているのが見える。それは、どこか幻想的で、陽気でいて、そして懐かしさを覚える音色。あちこちのテーブルから歌声が聞こえてきて、その町特有の宴の臭いを感じさせた。

 やっぱり、宴に音楽や歌は外せないものである。


「ミミだけずるいから私たちも!」

「だよね! このまま指くわえてちゃ勿体無い!」

「ミミに独り占めはさせないんだから!」

「今夜は踊るぜー!」


 ミミの友人らしき四人の女の子が気合いを入れている。そして、そのまま俺のほうに突っ込んでくる勢いで迫ってきた。


「少佐様! 踊りましょ!」

「私も私も!」

「少佐様エスコートしてくださ~い」

「十代のエロい腰使い見せたる!」


 さっきから一人だけ、テンションおかしい子いるんだよなぁ。

 俺はあれよあれよと言う間に四人に引っ張られる町民が躍っている場所の真ん中まで連れていかれる。


「ま、待ってよー! 私もマサヒロ様と踊りたいー!」


 ミミも追いかけてきて、六人で音楽に合わせ踊る。

 と言ってもそれはダンスと言うより、ただただはしゃいでるだけのものだ。でも、それが楽しい。

 身体がぶつかり合いながらも、感情のおもむくままに手を振り、ステップを刻む。

 平地と比べて少し寒い、それに夜な事もあってさらに肌寒いはずなのに、陽気な雰囲気と女の子たちの情熱的な若いパワーによって、身体はポカポカと暖かかった。

 踊っていた最中、ミミが突如足をもつれさせ俺に倒れ込むように寄りかかってくる。


「ご、ごめんなさい。足がもつれちゃって」


「大丈夫か? まったく。ミミは踊りも満足にできないのかい?」


 俺のちょっぴり冷たい対応に、ミミはあからさまにショックを受けたようにしょぼくれてしまう。


「しょうがない。俺がイカした踊りを教えてやる」


 ミミの左手を取り、その手の甲にキスしてみせる。

 笑いが止まらん。ミミが完全に雌の顔になっておるわ。これぞ我が必殺の口説き技。その六十九。突き放したと思ったら、すぐに懐に飛び込み止めを刺す。

 突き放された女の子は一瞬パニックを起こし、頭が真っ白になる。その一瞬の混乱状態に乗じ、思考させる前に落とす。


「は、はひぃ」


 ミミはとうとう限界を迎えたようで、顔から火が出る勢いで目を回していた。

 竜を殺し、魔界の森を抜け、地底の宝花の園から帰還した俺から、危険な男のフェロモンがプンプン香っちゃってるおかげか、ミミだけではなく、友人四人も目がハートになっている。


「と、その前に小休止だ。喉が渇いたな。ミミ、それと、友人の可愛らしい君たち。お酌をしてくれるかい?」


 一旦テーブルに戻り、飯と酒を再び楽しむ。

 俺の周りにはミミを始め、ミミの友人やそれ以外の女性がわらわらとたくさん集まってきていた。

 ミミは定位置の、俺の膝の上に座ってお酌をし、周りの女の子たちは果物や肉を口に運んでくれる。


 まさに酒池肉林の宴よのぅ。夜の帝王の異名が付けられるのも時間の問題だぜ……。

 宴も中盤に差し掛かり、もはや恒例行事のような声が上がり始めた。


「少佐様の武勇伝聞きたーい! 皆も聞きたいよねー? 聞きたい人ー?」


「「「はぁーい」」」


 やれやれ。まったく仕方のないお嬢様たちだよ。

 ま、語っちゃいますけど!

 俺はテーブルを離れ、楽器隊がいるお立ち台の上に駆け上り、神殺しの霊剣ミストルテインを抜き、天高く掲げる。

 すると、散り散りに宴を楽しんでいた町民が押し寄せてきて、瞬く間に熱狂の演説会場へと変貌を遂げた。

 町民たちの熱烈な声援に応え、俺は雄弁に、今までの旅先で経験した出来事を物語調に語っていく。

 楽器隊のお姉さまたちの粋な計らいで、俺が語る物語に合わせ即興で演奏を入れてくれたりして、物語の真実味を深めていった。


 初お披露目のバルログ戦までを語り終え、俺は、ふぅと一息つき、町民を見渡しながら再びミストルテインを夜空に向かい掲げた。

 ドンッ! と爆発したように湧き上がる町民たち。

 話し終えた俺は席に戻る時も、周りを囲まれ揉みくちゃにされながら、やっとこさ元の席に着く。まぁ、これも人気者の宿命ゆえか。モテる男はつらいねぇ~。


 席に着き、再び酒を飲み始めようとしたのだが、あれだけあった酒がほとんどなくなっていた。というか、飲み干されている。アホルガめ……。飲み過ぎだろうが。

 オルガを見てみるとかなりデキあがった様子でブラッドに絡みつくように酒を飲み交わしていた。

 ま、あいつもあいつで嬉しいのだろう。レヴィもシンも強くはあるが、やはりオルガに比べてしまうと五合目ほどしか実力はない。それに加え二人は部下で弟分。ブラッドのように、自分レベルの武のにおいをさせ、同格に語れる存在はこのうえなくありがたいものなのだ。

 明日から頑張ってもらうことで、今日の泥酔は水に流してやろうか。


「マ、マサヒロ様!」


 俺がオルガたちの様子を見ていると、上擦った声で呼びかけてくる者がいた。


「こここ、今夜の予定とかって……決まってたりします、でしょうか?」


 もじもじと初々しさをほとばしらせながら、上目遣いで尋ねてくるミミ。お友達の四人の女の子たちはキャーキャー叫び散らし大興奮である。

 このまま甘い夜のひとときへ誘われるままに身体を任せてしまっても俺は一向にかまわないのだが、あんまりハメを外し過ぎても後が怖いからな。誰とは言わんが、某国の姫様とか。

 ミミは生娘らしい。そんな子が勇気を振り絞り俺を誘ってくれたのも事実。無碍に断るのは彼女に対してとても心苦しい。なので、やんわりと、低調に、傷付かないように返事をする。


「予定か。予定はまだ決まってない。つか、まだまだ全然飲み足りないわ。とりあえず、美味いもんと酒を持ってきてくれないか? このテーブルにはアホみたいに飲み食いするゴリラがいるからな。たくさん持ってきてくれ。一人じゃ大変だろうから、君たち四人もミミを手伝ってやりな」


「は、はい! すぐ持ってきます! 少々お待ちください!」

「「「「喜んで~」」」」


 女三人集まれば姦しいとは良く言ったものだ。まぁ、若い子はあんくらい騒がしいほうが可愛げがあるってもんだが。

 懐から煙草を取り出し火を付け、煙を夜空に吐き出す。


「町の若い娘が騒がしくてしてしまい申し訳ございません、少佐様」


「……町長さんか。いや、歓迎の気持ちは伝わってるし、良くしてもらってるよ」


「ありがとうございます」


 俺は、町長に聞こうか聞くまいか、悩んでいた事があった。それを察してなのかはわからないが、町長が自らその事に関して触れてくる。


「少佐様の事ですから、もうお気付きかと思います。この町には、男がおりません」


 この町の違和感の正体はまさにそれだった。

 男が一人たりとも存在していないのだ。それはあまりにも異常で、ありえないこと。


「理由を、聞いてもいいかい?」


「はい……。この町には、呪いがあるのです。男は皆、なにかに誘われるように聖域の奥に消えてしまう。少佐様たちは滞在一日目なので影響はないでしょうが、一週間もすると聖域に誘われてしまう。そのためこの町には男は住めないのです。あの子たちがはしゃいでいたのも、男性自体に会うことがなく、男性と触れ合う機会が初めてだったので、あんなに大騒ぎをしてしまったのです。もちろん既婚者もこの町には住んでいます。ですが、夫に会えるのはわずかな間のみ。家族が共にいられないのはとても悲しいことです」


「……この町を離れるという選択肢はなかったのか?」


「それはなりません。この町は防衛のために作られています。人を聖域から遠ざけるために壁は作られ、その門番として我らはここに住まっている。この役割は我々のご先祖様が脈々と受け継ぎ、守ってきた血の約束なのです。私情で、この地を離れることは絶対にありません。……と言いたい所ですが、それも年々消えつつある意識です。いまの若い子は外に出たくて仕方がないのでしょう。町の中で衝突もありました。血の約束を守り抜くと決めた者と、外で自由に生きたいと思う者の。最初話し合いで解決しようと模索したのですが、その均衡は崩れはじめ、ついには暴力による解決に走ろうとしました。しかし、そんな事態に国王様が胸を痛め、わざわざこの町に見舞いに来てくだすったのです。国王様はこの広場に町民全員を集め、高らかに宣言しました。防衛の放棄を。いままで良くやってくれた、と労ってくだされた。これからは騎士の方々に交代制で防衛にあたらせる、と。それはとても大変なことです。先ほど言った聖域に誘われてしまう期限は一週間と言いましたが、それにも個人差があります。早い者で四日で誘われ消えてしまった方もいました。それを考えると滞在できる限界の日数は三日。三日で交代制となると、かなりの負担を強いることになるでしょうし、なにより、いつ聖域に呼ばれ、還らずの霧の向こうに消えてしまうかもという見えない恐怖に晒され続けることは……とてつもない心の負担になってしまう。我々エルインガングの女達はその時、やっと思い出したのです。誰でもできることではなかったのだと。我々だから任されていた、我々にしかできない仕事なのだ、と。もちろん全ての者ではなかったですが。町から出て行く者もちらほらといました。国王様は任務の放棄をした者たちを不問とし、エルインガングの内部分裂は収束して、それにより現在のエルインガングとして落ち着きを取り戻したのです」


 どの国や町や村にも歴史があるんだと思った。


「苦労の連続だったんだろうな。あんたたちは立派だ。これからもこの町とこの国の人々を守ってあげてくれ。あと、ついでに騒がしい娘たちも」


「ありがとうございます。その言葉だけで救われる心地。マサヒロ少佐様、どうかご用心を。男性だけがかかる呪いは、あなた方にも降りかかるはずです」


「ああ、了解した。注意しておく。色々と話が聞けて良かったよ。ありがとな、町長」


「たいした事もできずに申し訳ないばかりでございます」


「十分だって。と、最後に一つ。いや、二つか。ミミたち五人が帰ってきたら、俺は酒の飲み過ぎでダウンしたからもう宿で休んでることにしといてくれ」


「あら、いいのですか? あの子たちは少佐様との逢瀬を楽しみにしているのに。少佐様がお望みならそう伝えておきますが……。それで、もう一つの頼みとは?」


「花を一輪。先約のレディーのご機嫌取りさ」


 町長は得心がいったように、ゆっくり頷き、すぐ花を一輪用意してくれた。遠くからミミたち五人の姦しい声が近付いてきている。


「んじゃ、ホント色々ありがとな! ミミたちは任せた!」


「はい。頑張ってきてくださいませ」


 俺はお祭りの灯りが煌めく中央広場からファヴが寝ているうす暗い場所までを歩いて行く。

 楽しい宴の途中から一人だけ抜け出したお転婆お姫様の様子を見に行くためだ。

 もしかすると、機嫌を損ねているのかもしれない。少々ミミたちとはしゃぎすぎてしまった。

 

 ファヴがいる場所まで来ると、ぼそぼそと話声が聞こえたので、音を立てないようにして、耳を澄ませてみる。


「マサヒロのアホ。かっこつけ。キザ変態……」


 思ってたより俺への不満が募っているようだ。いまだに触れさせてくれないファヴから微妙に距離を取って、人の言葉を理解できるわけのないファヴに向かって、たらたらと愚痴を漏らしていた。

 俺は煙草に火を付けながら、ピサに声を掛けてみる。


「おやおや? こんなとこにおりますのはシルフヘイムの高嶺の花、ピサータ姫ではございませんか」


「……なによ。お楽しみじゃなかったの?」


 女ってのはつくづく難しくて、めんどうな生き物だ。

 でも、そんな所が愛すに値する。


「そんなに怒るなよ。酒の付き合いみたいなもんだ。せっかくの宴なんだ、楽しまなきゃ損だろ?」


「じゃあ、戻りなよ。私はここでファヴとお話ししてるんだから」


 ピサの隣に腰掛け、わざとらしいくらいに素っ頓狂な叫びを上げる。


「ピ、ピサ!! 髪に虫が!!」


「え?! やっ! 取って取って!」


 俺は髪についていない虫を取る振りをして、ピサに代わりのものを見せる。


「ほい、取れた。プレゼント」


「やっ! いらないよ虫なんて! 早くどこかに逃が……し……、え?」


 その瞬間、酒場の姉ちゃんを口説くために特訓した手品が火を噴き、掌から一輪の花が咲いた。


「これで機嫌直せ。なっ?」


 ピサは最初だけは不満顔だったが、いつまでも意地を張ってるのがバカらしくなってしまったのか、その花を受け取り、香りを嗅いで、笑ってくれた。


「ホントにくだらないことばっかり出来るんだから。あーやだやだ。こんな軽薄な人、他にいないんだから」


「たまには役に立つ。そう、いまみたいにお転婆お姫様を笑顔にさせたりとか」


「うるさーい! もう……」


 ピサの表情は拗ねたようでいて、どこかいじらしかった。


「どれ、ピサ。ちょいと花を拝借。ここにこうして……、よし、良い感じだ。似合ってる」


 髪飾りのようにピサの頭に花を挿してやる。もともと可愛い顔してるが、黄色い花がその可愛さをさらに引き立ててくれていた。お世辞でもなんでもなく、本当に綺麗だ。

 そして、最後のダメ押し。俺は立ち上がり、お辞儀をしながらピサに手を差し出す。


「ピサータ姫。踊りませんか?」


 町の中央からもタイミング良く、ダンスに打って付けの静かで甘い旋律が流れてきている。

 しかし、こんなお誂え向きな場面なのにピサは手は取らずにもごもごとなにかを言いよどむ。


「どうしたピサ?」


「ダンス踊れない……」


「え、なんて?」


「だから! ダンス踊れないの!」


「は? おま、冗談だろ? 一国の姫がダンスの一つや二つ……」


「もう~! 察してよ! 私、剣のお稽古ばっかりしてたからあんまり女性っぽい習い事は疎かにしちゃってたの」


 思わず俺は噴き出してしまった。


「なっ!? 笑うな~!」


 ピサをなだめつつ、俺はまだ笑ってしまう。

 良いじゃねえか。なんともピサらしくて、お転婆お姫様らしい。


 俺は涙が出るほど笑ってしまっている自分を落ち着かせ、改めて手を差し伸べる。


「だから、無理だってば……」


「できないなら俺が教えてやる。ほらっ!」


 俺は強引にピサの手を掴み、立ち上がらせる。


「きゃっ」


「左手は俺の肩に。右手は上に掲げて、そうだ、いいぞ。んで、俺の足の動きに合わせて足を動かしてみな。いいな? よし、いくぞ」


「わわわ! ちょ、あっ……」


 おっかなびっくりなステップを刻み、ピサが俺のマネをしながら必死に食らいついてくる。

 最初は足元ばかりを見ていたピサだったが、次第に動きが滑らかになっていき、ステップも安定してきた。運動神経が良いからか、飲み込みも早い。

 だったら、最後に――


「ピサ。前を向いて。ダンスは相手と心を重ねるんだ。目を見ながら相手を感じろ」


「う、うん。やってみる」


 ピサは視線を上げ、俺の目を見つめてくる。



 観客は誰もいない。俺とピサ二人の時間。そのダンスは、宴の灯りが僅かにしか届かない、暗がりのワルツ。

 地面には、踊る薄いかげ法師が伸びていた。



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