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第三十一話 「天空の町」

 

 準備も整い、出発の時間がやってきた。

 壁の中央にやってきて改めて見上げると、やはり圧倒される荘厳さである。

 何者をも通さぬ巨大防壁の存在が、その奥に待ち受けている脅威の大きさの証左に他ならない。


 やれやれ。今回も命がけの道程になりそうだ。まっ、聖騎士の俺にとっちゃ余裕なわけだが。ふふっ、血が騒ぐぜ……。


「――さて。野郎ども! 準備は整ったな。俺たちは、魔界の森、宝花の園という恐ろしい難所を乗り越えてきた精鋭であるッ! そして、新たな仲間、ミルドラードの剣聖ブラッドも加わり更に精強になった! だがしかしッッ!! 慢心してはならない! 挑むは、幻の種族エルフが住まう聖域である! 気を引き締めて臨め! では、出陣ッッ!!」


「「「おおっっ!!」」」


 咆哮を上げ、ザッザッと壁に突き進んで行く。

 ……が、今更になって一つ重大なことに気付いた。あると思っていたものがない。……壁の向こう側に行くための門だ。

 俺アホじゃん。この壁にはそれらしきものが見当たらないのだ。門が、ない……。文字通りの意味でスヴァジルファリはまっさらな壁だった。


「マサヒロ?」


 立ち止まってしまった俺を心配してか、ピサが話掛けてくる。


「いや、カッコつけてみたものの、門がねえんだよ。まさにただの壁。どうなってんだこりゃ?」


 俺とピサが頭をひねっていると、すかさずブラッドが前に出てきて話始める。


「ここは本当にただの壁なのです。門などは備えていません。そのかわり……」


 ブラッドはおもむろに、壁を触診するようにトントンと叩いてなにかを探っている。


「確かこのへんに……。お、ビンゴですね。見つかりましたよ」


 ブラッドはおもむろに、壁の一部を引き抜く。そこには、なにかの仕掛けが隠されていた。

 それを作動させる……。


 すると、壁がゴゴッ! 軋みをあげ、歯車が回るような音を放ち始めた。


「おい、ブラッド!? いったいなにが始まるんだ?」


「まあ、見ていてください。あ、少々お下がりください。潰されかねませんから」


 壁から離れ様子を見る。

 いまだに歯車が回るような音が聞こえてはいるのだが、壁に変わった様子はない。もうしばらく待っていると、ピサが「あっ!」と声をあげた。


「どうした? ピサ」


「下じゃなかったんだ! 見るべきは上だったんだよ」


 バッと上を見上げる。

 わお……。床が、大きな床が降りてきていた。

 大きな床が、ドスン! と大地を揺らしながら地面に降り立ち、風が捲き起こる。


「この壁はくぐるのではありません。乗り越えるのです。この巨大昇降機に乗って」


 ほへー。すんげえ仕掛けだこりゃ。一軒家がすっぽり収まってしまうほどの大きさだ。壁のデカさもデカさなら昇降機もそれに比例してバカデカい。

 巨大昇降機に度肝を抜かされていると、そそくさと先に乗り込んでいたピサが手招きしながら嬉しそうに呼びかけてくる。


「マサヒロすごいよー! 早く早く! 早く上に行こうよ!!」


 俺たち男組は顔を見合わせ、やれやれと苦笑いを浮かべる。


「姫様の好奇心旺盛さも日に日に増していっていますな」


「まったくだ。――おいオルガ。お前も、実はすぐにでも昇降機に乗りたいと思ってんだろ? 俺にはわかるぜ」


「そ、そんなことはありませんぞ。ワシもいい歳ですからな。子供のようにはしゃいだりなどはしませぬ」


「……ふっ、だよな。悪い悪い。それにしてもピサはガキみたいにはしゃいじまってまー。いまがどういう状況かわかってんのかねー……と言いつつ俺もひゃっほーい!」


「な、なんですとー! 少佐ー! ずるいですぞー!!」


 やんややんやと騒ぎながら昇降機に乗り込んでいく。

 ブラッドに確認したところ、ファヴや竜車を乗せることも問題ないようなので一緒に乗り込ませる。

 人や荷物を積み込んだことを確認したブラッドが再び仕掛けを作動させると、歯車が回る音が響き昇降機がゆっくりと上昇し始めた。


「上に着くまでにしばらく時間が掛かります。景色でも見ながらゆるりとお待ちください。ここから見える景色は絶景ですよ」


 地面が遠く離れていき、眼前には広大な大地が広がっており彼方にガルディナビア山脈も見えた。

 確かに、これはなかなかの絶景である。


「すんげえ良い景色だな、ブラッド。つか、お前こういう仕掛けあるんだったら教えとけって! びびるじゃねーか!」


「すみません。マサヒロ殿があまりにも堂々と振舞っておいでだったので、把握済みかと思い口を挟めませんでした」


「まあ、確認しなかった俺も悪いけどよ」


「口を挟めなかったのもありますが、実は少しだけ悪戯心もありましたけどね」


「お前なぁ……。ま、それはいいや。んで、悪戯心発揮する前に聞いとくが、この上にもなにかあるんじゃねえだろうな?」


「ふふっ」


 なんという胡散臭い笑み。ブラッドの野郎、男前でクールな奴だと思ってたが意外と腹黒い? 上になにがあるが教えてくれねえし。

 ……着けばわかることか。


 ピサとオルガがはしゃぎながら絶景を眺めているので、近付いて俺も一緒になって眺めることにした。


「あんまりはしゃぎすぎて、手すりから落っこちるなよ」


「わかってるー! ねぇねぇ! 景色凄いね! こんなおっきな昇降機も初めて乗ったし!」


「姫様、危ないですぞ! せめて片手だけでも手すりに掴まってくだされ」


 そんな感じで、昇降機が登り切るまでの間、景色を見たりしながら時間を過ごした。


 しばらくすると、ガコン! と大きな音を立てながら昇降機が止まる。どうやら、上に着いたようだ。

 昇降機から降りて行くと、出迎えるように一人の老婆が頭を下げ待ち構えていた。


「お待ちしておりました、ブラッド様。それからシルフヘイムの姫君とその御一行様」


「町長、久しいな。邪魔をするぞ」


「かまいませんとも」


「感謝する。こちらシルフヘイムの姫殿下のピサータ殿と、護衛の二人、マサヒロ少佐殿とオルガ殿だ」


 ブラッドと町長は顔馴染みらしい。紹介されたので、俺たちも挨拶をしておくことにした。


「お邪魔します町長さん。シルフヘイム王国王女のピサータです」

「どうも。シルフヘイムの聖騎士、マサヒロというものだ」

「少佐の一番弟子オルガ・ローライルであります」


 弟子にした覚えはないのだが……。


「私のような老婆にご丁寧な挨拶、ありがき幸せでございます。あなた方の噂は聞き及んでおりますよ。特に竜殺しの英雄マサヒロ様の噂は。お目にかかれ光栄にございます。景色しか取り柄のないなにもない村なので、たいしたおもてなしはできませんが」


「なに言ってんだ町長! 絶景だけで十分じゃねえか! これで酒でも飲めりゃ最高の宴になるのは間違いねえよ!」


「……フォッフォッ。お優しいですなシルフの少佐様は。嬉しく涙が零れそうですよ、そう言っていただけると。改めて歓迎致します。ようこそ、天空の町『エルインガング』へ」


 スヴァジルファリとはただの壁ではなかった。その上に、小さな町エルインガングが作られ、そこに人が住み、初代ミルドラード王の役割を受け継いでいたのだ。

 この町は標高六百六十メートルにあり、周りにはその高さをもゆうに超える巨大な山脈に囲まれた、天然の城塞だった。その山脈の僅かな隙間にある山道が『嘆きの霧谷』であり、それに蓋をする形でスヴァジルファリは作られていたのだ。周りに巨大な山脈があるため、人の足で踏破するのは困難を極める。つまり、いまのようにスヴァジルファリで蓋をするのがベストで、一番簡単な対処法だと言うことだ。


 町長に事情を話し、聖域の入り口までの案内を頼んだのだが、困ったような顔をされてしまった。


「一応、反対側の昇降機までは案内致します。ですが、今日はやめておいたほうがよろしいかと……」


 町長はそう言いながら歩き始めたので、それに着いて行く。

 天空の町エルインガングの町中には家屋が立ち並び、それなりの人が住んでいる。町長に総人口を聞いてみると、現在は約千人程の人がいるらしい。

 景色以外は特に代わり映えしない普通の町並みだ。客人がめずらしいのか、チラチラと視線を感じる。視線を感じた方に目をやると少女たちがキャッキャッとはしゃぎながら、散り散りに逃げて行く。

 それからも、奥様方がヒソヒソ話しながらこちらを見てきたり、婆さんがガン見してきたり、エロそうなお姉さまが投げキッスをしてきたりと、やたらとこちらを気にしている様子だった。お姉さまたまんねえ……。

 しかし、その様子は俺に少しの違和感を覚えさせた。あるはずのものがないような……。欠けている、と言うべきか。


 違和感を覚えたまま進むが、なかなか反対側に着かない。結構奥行きもあるんだな、スヴァジルファリって。もはや壁というより、土台と言われたほうがしっくりきそうだ。

 さらに進んでいくと、前方がモヤがかかったように白く霞み始めていた。


「本来なら、霧の侵食はここまできておらんのです。しかし、ここ数日は反対側の昇降機から百メートルも離れた場所まで霧が溢れてきていて。視界も三十センチと効かぬのです」


 町長は歩みを止め、申し訳なさそうに説明してくれた。

 なるほど。これが俺らにやめといたほうがいいと言った理由か。霧がいつもより濃く、深いようだ。

 町長の言葉を信じないわけではないが、何事も百聞は一見に如かずである。まずは自分で体感してみることにした。俺は一人、さらに進んで行こうとする。


「お待ちくださいマサヒロ殿。一応、ロープを持っていてください。下手をすると、迷い込みます」


 ……ヒュー、まじでビビるわ。おどかしてきやがるぜブラッドの野郎。

 俺は急いで、ブラッドから渡されたロープを身体に巻き付け、反対側をブラッドに返す。


「ちゃんと持っててね? 約束だよ?」


 精一杯かわいい声でブラッドにお願いする。


「は、はい。念のためオルガ殿と一緒にロープを掴みますので、ご安心ください」


「信じるからな! 俺の悲鳴とか聞こえたら全力で引っ張ってくれよ!?」


「はいはい、マサヒロ行ってらっしゃ〜い。いつまでも話が進まないでしょ」


 ピサに背中を押され、一気に霧の中に入った。振り返ってみるが、すでに誰の姿も見えない。ちょっと入っただけだぞ? 霧深すぎだろ……。

 折角、霧の中に来たのでもう少しだけ調べてみることにした。一部だけ霧が深い可能性もないこともないだろう。――と思って進むが、どこまで行っても霧は深いままだった。

 というか、自分がどれだけ歩いたのか、どの方向を向いているのかすらわからなくなってくる。

 たかが霧だと侮るなかれ。五感の一つ、視界はもっとも情報量を仕入れている機能だ。その一つが完全に遮断されるのはかなりのストレスだし、逆に見えない状態でふいに聞こえる物音がそりゃ恐ろしいのなんのって……。ここはエルインガングの中だから、霧から突然魔物が襲いかかってくるとかはないだろうが、それでも、人の本能が、俺に確実な恐怖を侵食させてくる。頭を振り、恐怖を払いのける。

 ビビって立ち止まってる場合じゃねえ。この霧をどうやって抜けて行くか考えなくては……。


(チラッ。チラチラッ)


 いまなにか聞こえた気がしたが、絶対気のせいだからスルーしよう。


(ピュ〜。ピュ〜ピュ〜」


 めっちゃ下手な口笛が聞こえた気がしたが、十中八九気のせいだからスルーが安定。


(ふんッ!!)


 スコーン! 小気味良い音を鳴らし後頭部に衝撃が走る。


「てめっ! なにすんだポンコツレイス!」


(また言ったわね! ていうかなんで無視するの? ねぇなんで? 知識の指環様であるこの私を無視するとかありえないことよ!」


「……だってめんどくせぇし」


(あ゛っ?)


 怖っ! なにいまのおっさんみたいな野太い声……。

 レイちゃんすんごい冷たい目で睨んでるし。あまりいじりすぎるのも良くない。今日はこの辺にして素直にレイちゃんの力に頼ることにしよう。……めんどくせぇことになりませんように!!


「悪ふざけが過ぎたよ。すまんかったレイちゃん。で、力貸してくれるんだろ?」


(うふふっ。やっと頼る気になったわね。最初からそうしてればいいのに。ひれ伏して教えを乞いなさい!)


 うぜえ……。すぐ調子乗るんだよなこのアホレイス。

 とりあえずご機嫌取りでもして、さっさと協力を願おう。


「ワー、レイチャンスゴイナー。サスガチシキノユビワダナー」


(そう? やっぱりそう? うふふ! 流石私のご主人様! その慧眼(けいがん)は見事よ! いいわ! このレイちゃんが力を貸してあげましょう)


 鼻息荒くして満足そうだ。やれやれだよ、本当に……。


「で、この霧って晴らしたりできんものなのか?」


(無理ね。この霧は万年霧。霧が晴れたとこなんて一度もないわ。だから、あなた達はこの深い霧を歩いて突破しなくてはいけない)


「ふむ。レイちゃん、一つ気になったんだが、レイちゃんの姿はこの霧の中でもはっきり見えるんだよ。もしかして……」


(へー。なかなか目の付け所が良いわね。正解よ。私はこの霧の影響をまったく受けていない)


「つまり、視界もバッチリ?」


(ええ、ばっちり見えてるわ。だから、霧の中の案内は任してちょうだい。安全安心をモットーに目的地まで誘導する)


「心強いよ。流石だなレイちゃん。これで最初の難所はなんとかなりそうだな」


(まぁ、霧だけがこの谷の敵ではないんだけどね…………)


「は? なんか言ったかレイちゃん」


(あ、うん。気を付けてそのまま歩いてると落ちるわよ?)


「へっ?」


 次の瞬間、地面の感覚がなくなり浮遊感が俺を支配した。いつの間にか反対側の終わりまで歩いてきちまってた!

 ていうか、落ちてるよ俺! やばいッ! 死ぬぅぅッッ!!


「言うのが遅ええええええええ!!!! ぎゃーーーーー!! ブラッドー! オルガー! 引っ張ってー!!」


 霧の中に俺の絶叫がこだました……。



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