第三十話 「隔絶防壁スヴァジルファリ」
シャノン一行と別れ、南へと進み始める。
いつもファヴの面倒を見てくれていたシャノンがいなくなるのはちょっぴり痛手だが、いざファヴの面倒を見てやると、これが結構楽しかったりする。
ハッ……! これが、父性ってやつか?!
と、くだらない事は置いておいて、瑠璃色に染まった夜明け前の大地をさらに進んで行く。
今回から竜車以外に、二頭の馬も足として使っている。これもミルドラード王からの餞別だ。オルガとブラッドがその馬に乗り、ファヴが引く竜車に並走しながらついてくる。
王の話だと、ミルドラード王国王都からさらに十日ほど進んだ所に目的地の聖域と呼ばれる場所に到着するらしい。
何日目かの夜の事。
今日も晩飯を食べ終え、各々寛いでいた。ちなみに、食料や酒なんかをミルドラード王がしこたま譲ってくれたので、意外と毎食豪勢な飯を食えている。何気にこれって大事な事だったりするんだよな。
なにをするにしてもエネルギーが必要だ。そのエネルギーは食事から始まる。食事が潤沢であれば活気が生まれ、活気が生まれれば向上心が生まれるのだ。
いまのような小隊では効果は薄く感じるかもしれないが、これが万を超える軍になると効果はてきめんである。向上心が生まれた軍は強い。喝を入れずとも、ノルマを与えなくとも、自然に良い働きを見せるようになる。
つまり、なにが言いたいかと言うと、飯は重要ってことだ。
俺は食事の後の一服に、煙草をプカプカとふかす。ピサは俺の横に座り、リラックスしたように焚火の火を見つめていた。
オルガとブラッドは相変わらず、剣についての話や戦場での話が主だった。しばらく二人の話に耳を傾けていると、面白そうな話が聞こえてきた。
「所で、クーパー殿。あなたの剣技、『居合い』と言いましたか? あれはどこで? この大陸ではお目にかかった事がない技術です」
「これは、私がまだ十代の頃の話です。お恥ずかしながら、昔は私もやんちゃをする悪ガキでした。とにかく大人が気に食わなかったのです。今にして思えばなにが気に食わなかったのすらわかりませんが」
「ぶはは! いまの立派な騎士であるあなたからは想像もつきませんな。して、どんな悪行三昧をしていたので?」
「そんな大層なものでもないんですがね。ただ喧嘩を売って、殴り倒してました。それはもう毎晩のように。しばらくそんなことをしていると、噂が広まりまして。いままでは一般人の大人を相手にしてたんですが、噂を聞いた騎士が私に喧嘩を売ってくるようになったんです」
「ほうほう! 面白い展開ですな!」
「本当に馬鹿なことをしていたと今では後悔の日々です。……いや、あの頃の野良犬のような凶暴な私だからこそ王に拾われることになったんですが。まぁ、それで騎士が喧嘩をふっかけてくるわけですよ。もちろん、全戦無敗でしたけど」
あれだけ反省した素振りをしておきながら、ブラッドの野郎……。実はあんまり反省してねえな?
オルガは大盛り上がりで、ブラッドの話を急かす。
「そうすると、次は複数で襲ってくるようになるわけです。まぁ、全部返り討ちですが」
「ヒャー! でしょうな! でしょうな! クーパー殿ならその程度余裕でしょう!」
オルガのアホは完全にデキあがってんな。
「そこからが私の失敗でした。この国で私に敵う奴はいないんじゃないか? そう考えるようになって。だったら大人の一番偉い奴に喧嘩売ってやろうと。もちろん、一番偉い大人となれば国王です。若さ故の無謀ですね、私は王に喧嘩を売ることにしました」
話半分で聞いていたが、なかなかに盛り上がってきたじゃねーか。王に喧嘩を売るたぁ度胸がある。
「と言っても相手は国のトップ。城に殴り込みに行った所で門前払いです。私は期を伺いました。意外にも機会はすぐにやってきた。王は頻繁に城下町にやってきて、民と食事をしたり、酒を呑んだりする方でしたから。私は王が城下町に来ているという話を聞きつけ、駆けつけました。王の指示だったんでしょうね。護衛は僅かばかりで、絶好の機会でした。私は群衆を押し退け、王に近付いていきます。護衛の騎士が飛び出してきましたが、全部返り討ちです。護衛もいなくなり、あとは王のみ。俺が一番だと確信しきってました。でも、次の瞬間には意識はなかった。水をかけられ、飛び起きると、王の前には一人の男がいました。変わった格好をしていました。一枚の布を羽織り、それを帯で留めただけの奇怪な出で立ちでした。その男が私を見下ろしているのです。直観しました。私はこの男に倒されたのだ、と。頭の中が真っ白でした。生涯初の敗北でしたから。私が呆然自失しているそんな時、王が声を掛けてくれたのです。……今でも忘れません。一緒に、飯を食おう、と。ついさっき襲われそうになったにも関わらず、王は笑顔で食事に誘ってくれました。その瞬間ですね。私の中の価値観が壊れたのは。力で、暴力で解決できることは限られている。本物の強さとはなにか。私は食事をしながら、王と、その隣に座る食客の布一枚男に質問攻めで聞きまくりました。とても良い話をたくさん聞けた。いまでも私の財産いなっています。それからその布一枚男とは親交を深めていきました。まぁ、その布一枚男が私の師匠なんですが。彼は遥か東の海に浮かぶ小さな島、ジパングからやってきたお人で、サムライという称号をお持ちだと言っていましたね。居合いも彼から習いました。ジパングでは基本的な剣術らしいのですが、あの一刀のもとに切り伏せる技は芸術……と、すいません。つい長話になってしまいました。私が居合いを習得した経緯はそんな所です」
「いや〜! 実に痛快で、豪快な出会いだったのですな! 実はですな、ワシ、居合いに興味があるのです! クーパー殿に教えを請いたい! 頼むぅ!」
「教えるのは構わないのですが、オルガ殿の戦闘スタイル、それに得物の大きさを鑑みると、あまりお勧めはできませんが……」
困った様子のブラッドを尻目に、オルガは立ち上がり剣を抜きながら「さあ、早く!」と急かす。
オルガのアホたれ、フラフラしてるじゃねえか。最近、飲み過ぎだな。気持ちはわからんでもないが。
しゃあない。助け舟でも出してやるかい。
「おいオルガ。俺は眠い。寝床の用意をしといてくれ」
「はい! ぃ喜んでー!!」
フラフラだったオルガは瞬時にシャキーンと直立し、すぐさま寝床の用意をしに走った。忠犬みたいだな。
俺はオルガの後ろ姿を見送り、ブラッドに声を掛ける。
「俺の隊はいつもこんなもんだからよ。ブラッドも早く馴染めるといいな」
「ありがたきお言葉。早く隊に溶け込み、力になりたいと思っております」
「まあ、気負わずにな。意見があれば気軽にしてくれ。酒もいくらでもつき合うからよ」
「ありがとうございます。こんなに気さくな聖騎士階級の人と出会えたのはマサヒロ殿が初めてですよ。これがあなたの魅力であり、人徳というものなのでしょう。付き従う部下の顔を見ればわかりますからね。その隊が満たされているか、渇いているかは」
「……まぁ、人の上に立つっていうのは容易なことではないわな」
「ですね。参考になることばかりです」
少し離れた場所で、オルガが寝床の用意ができたことを知らせてくる。
「さあ、休みましょう。聖域の入り口まであと少しです。中に踏み入ったことはないので、確かな事は言えませんが、困難が待ち受けているのは間違いないでしょう。いまから体調を万全にするために早めに休むのが得策です」
「だな。うっし、今日はもうお開きだ。火を消して、眠ろう」
後片付けをさっさと済ませ、さっさと寝床に入る。
目をつぶり、しばらくするとブラッドの静かな寝息とオルガのうるさいいびきとピサの可愛らしい寝息が聞こえはじめた。
あと数日で聖域に到着である。
次は、どのような困難が待ち受けているのだろうか。不安も確かにあったが、いまは頼れる仲間もいるし、なによりこれまでの経験が俺に自信を与えてくれていた。
そして、なにより重要である、聖域についての情報。それを道中や、いまのような夜寝る前などにレイちゃんが教えてくれる。
話を聞く限り、今回も一筋縄ではいかない試練が待ち受けていそうである。
いまできることは、たっぷり食事を取り、ゆっくりと睡眠をとって万全の体調で聖域に臨むことだ。
レイちゃんの知識の吸収もそこそこに俺は眠りへと落ちていった。
それからさらに数日。
「おええええええええっっっっ!!!!」
「マサヒロ大丈夫? だから言ったでしょ? あんまり飲み過ぎちゃダメだって」
俺は酷い二日酔いで吐きまくっていた。数日前の気概はどこへやら……。
ピサに背中をさすられつつ、手綱を握る。
あまり綺麗ではない道を行くとガタガタと揺れ、さらに気持ち悪くなる。
……オルガやブラッドと飲む酒がどうしても楽しくてつい飲み過ぎてしまった。反省である。
しばらく死にそうな思いをしながら進んでいると、ブラッドから声が上がった。
「マサヒロ殿! 見えてきましたよ」
ブラッドの声に、遠くを見ると城壁のようなものが見えた。さらに近付いていく。思ったよりも早く着きそうだ。――と暢気な事を考えていたが、どうも変な感覚があった。
近付けど近付けど、壁にたどり着かない。さらに近付いていくと、変な感覚の正体を理解する。
そのまま進み、壁の目の前に到着する。俺は竜車から飛び降り、壁に走った。
「で、でけぇ……。こんな高い壁お目にかかったことねぇ。シルフヘイムやミルドラードの壁の倍以上あるぞ」
謎の感覚のカラクリはこのデカさにあった。これほどまでに大きく、壮大な壁など存在するわけがないという固定観念からくる錯覚。遠くにあるはずの壁が、あまりのデカさに近くにあると思ってしまったのだ。
「す、すごい……」
「……」
ピサもオルガも口をあんぐりと開け、驚愕の表情を浮かべていた。
ブラッドは前に進み出て、語り始める。
「これが、聖域と人の世を隔てる世界最大の巨壁、『隔絶防壁スヴァジルファリ』です」
スヴァジルファリ……。
とんでもねえなこれは。これほどの建造物は世界に一つもない。というより、人に作れる代物ではない。
(久しぶりに見たけど、おっきいなー。この感動は口じゃなく、自分の目で見るべきだよね)
レイちゃんもわかっててわざと黙ってやがったな。まあ、今回の判断はナイスだけど。
これは自分の目で見て体感してこそのものだ。
「おいブラッド。このアホみたいにデカい壁は何メートルくらいあるんだ?」
「確か六百六十メートルほどだったかと」
「六百六十……。そりゃ目が錯覚起こすわけだ……。それにしてもこの巨大さ……。人間技じゃねえぞ」
「この壁には言い伝えがあります」
「言い伝え?」
「はい。それは遥か昔の事。初代ミルドラード王が生きる時代、まだ神と人が隣り合い共存していた時代の話。初代様は聖域の果てから帰ってきた後、この辺り一帯を拠点とし暮らしはじめました。次第に人が集まり、やがて村になり、さらに人が増え町になった。人も増え、富もふんだんに蓄えられた頃、初代様はここに巨大な壁を作る計画を立てました。建築の技術がある者を大陸中から集め、世界最大の壁を作ろうとしていたそうです。ですが、建築家は初代様の言う大きさの壁を作るのは不可能だと言いました。どうしたものかと悩んでいると、町に大きな馬を連れた巨人が現れました。神が地上にいる時代ですからね、巨人も当たり前のようにいます。その巨人は山のように大きいことから、山の巨人と呼ばれていました。そして、その巨人は初代様にこう言うのです。「私が壁を作ってやる。その変わり、美しい女を一人寄越せ」と。初代様は承諾しました。山の巨人は頷き、愛馬と共に作業をはじめ冬至から夏至までの間に壁を完成させました。初代様は約束通り、一番美しい女を差し出し、現在に至ったとされています。山の巨人の愛馬の名前がスヴァジルファリというらしく、壁の名もそれにちなんだものにしたそうですよ」
「へぇ。まるでおとぎ話だ。つか、その差し出された女も可哀想にな。初代ミルドラード王は、いまの王とはちょっと違うな」
「…………実はその女、初代様の愛娘だったという話です」
「おいおい……。まじかよ……。そこまでして壁作りたかったってのか、初代ミルドラード王は」
「初代様の真意はわかりませんが、そこまでさせるものが、聖域の果てにあるということなのでしょうね……」
自分の愛娘を差し出してまで作りたかった、この壁の先、か……。
いったいなにがあるのやら。レイちゃんもそこんとこははぐらかすし。
……まぁ、行けばわかるか。
「うっし。とりあえず、準備だ。装備も整えておけ! なにかと交戦する可能性もある! 準備を怠るなよ。三十分後に突入するぞ!」
「「ハッ!」」
俺は煙草に火を着け、天にまで届きそうな壁、スヴァジルファリを見据えるのだった。




