第二十九話 「春の終わりに」
「エルフ……ですか?」
「左様。エルフという種族は知っているか?」
「いえ、聞いたことがないです。ピサ、聞いたことは?」
ピサは首を横にふるふると振る。
「では、説明しよう。もっとも、私もほとんど知らない事だらけだがな。この国ができる以前、ここが防衛拠点になる前のこと。私のご先祖様、すなわち初代ミルドラード王が、南の果てにあるエルフが住まう幻の都に奇跡的にたどり着いた。その時の記録が文献として、先祖代々王家に受け継がれている。なにぶん、古い資料ゆえ読めない箇所も多い。漏洩を防ぐため、複写などもされていないのだ。それを紐解き、得た知識だが、語り聞かせてやろう――」
それから、ミルドラード王は文献から掘り起こした、幻の都までの道程と、たどり着いた場所で見たとされる物語を話してくれた。
嘆きの霧谷に消えた慟哭、血染め薔薇庭園で見た飛沫、久遠孔雀に舞う求愛の舞踏。数々の死線を潜り垣間見た、聖域の果てにある幻の都。そこに住まうエルフと呼ばれる超常の力を操る種族――。
摩訶不思議な話を大真面目に淡々と語るミルドラード王。
出し惜しみは微塵もなく、ありのままをすべて語ってくれた。
「とまぁ、こんなところだな……。自分で語ってはみたものの、やはり信じ難い物語だ」
ミルドラード王は困り顔で、苦笑を漏らした。
「そうですか? 割と納得というか、しっくりくる話でしたよ。禁断の地と呼ばれる地がこの大陸には六つもありますので、公にされていない危険な土地が他にあってもおかしくないと思ってましたから」
「やはり、現場の人間は一味違うな」
ミルドラード王は快活に笑い酒を飲みほす。
「もしや、ミルドラード王、そのエルフとかいう種族に頼れってことでしょうか?」
「うむ。黄昏の魔物を従えるアークガルドに対抗するには、同じように古の力を頼るしかあるまい。いかんせん曖昧な情報で、信憑性に欠けるが、無策で突っ込むよりはできるだけのことをしておくに越したことはない。実際にエルフがいるのかいないのか、また幻の都は存在するのかしないのか、すべてが不確かな物だ。判断はそちらに任せる。勧めと言うよりは、選択肢の一つと考えてみてくれ」
「わかりました。お気遣い感謝します」
「気にするな。出来る限りの事はしてやりたいのでな。ふむ……、伝えられることも伝えられたし、夜も深くなってきた。私はそろそろ帰るとしよう。実はな、大臣共には黙ってここに来たのだ。今頃城中大騒ぎになっているだろうな」
イタズラに成功した少年のように王は笑った。
「王も、なかなかやんちゃですね」
「ハハッ! 体は老いても、心はまだまだ若いもんに負けんつもりだ。聖域に向かう先でわからないことがあれば、ブラッドに聞くと良い。では、失礼する」
ミルドラード王が立ち上がったので、俺もピサも立ち上がり見送ることにした。
「おじ様。たくさん、頂き物をしました。この感謝は一生忘れません」
「はて、なんのことやら。私は今日、一人酒を呑みにきただけだが?」
ピサは困ったように笑う。
ミルドラード王は俺のほうを向き、拱手包拳しながら――
「マサヒロよ。ピサータを頼んだぞ。武運を祈る」
「――ありがたく。ピサの事もお任せください」
「実に頼もしい。竜佐の英雄の再来か……。フハハっ! ではな、マサヒロ、ピサータ」
どこから湧いて出たのか、護衛と思われる騎士がワラワラと現れ、王と共に王城方向へと去って行った。
俺たちも最後の一杯を飲み終え、立ち上がる。
お留守番組にもなにか土産を持っていってやらねーとな。酒や食料は好きにしていいそうなので、持てるだけ持ち、酒場の外に出て歩き始める。
俺は、ピサとブラッドから少し遅れるようにゆっくりと歩く。
指にハマるアンドヴァラナウトの指環をコンコンっとノックをする要領で叩き、レイちゃんを呼び出す。
すると、レイちゃんがドヤ顔で現れる。……こいつは自分の知識を頼られると、嬉しすぎて最近ドヤ顔するようになっちまったんだよな。
……それにしても、うざい顔である。
気を取り直し、抑えめの声で問いかけた。
「レイちゃん。簡潔に二つだけ教えてくれ。エルフはいるのか? それと、そいつらの超常の力とやらは黄昏の魔物に通用するのか」
(では、リクエストにお応えして簡潔にお答えしましょう~。前者はイエス。後者はイエスであり、ノーよ)
「おい、レイちゃん。いまは問答してるほど余裕ねえぞ」
(行けばわかるわよ。少なくともイエスが含まれてるんだから、十分に行く価値はあるわよ」
まぁ……、それもそうか。
時間は限られている。もし、無駄足になるなら違う案を考えなければならなかったが、ひとまず聖域にあるエルフの都を目指すで問題ないな。細かい話は後で聞くことにして、俺は急ぎ足でピサとブラッドと共にシャノンたちの下に向かった。
シャノンたちの下に着くと、皆起きて待ってくれていた。
シャノンの目つきが普段より鋭く、少し眠そうだったので早速、貰ってきた酒や食料を配りつつ、ミルドラード王と話したことや、聖域のことも含め今後の方針を話す。
シルフヘイム王都の状態を聞いた時は一様に重い空気を滲ませていたが、まだ他の町村、生き残りが多数いることを知ると、息を吹き返したように活気づくオルガたち。
「まあ、現状はそんな所だ。で、これから俺たちがやることは――」
「待って、マサヒロ」
俺の言葉遮ったのはピサ。
一歩前に出て、全員の顔を見渡しながら話し始める。
「私はアークガルドと戦おうと思ってる。それも、かなり分の悪い戦いを。だから、無理に戦ってとは言わない。抜けたい人は抜けても罰則には問いません。遠慮なく言って」
ピサは少し怯えたような声音だった。内心は着いてきて欲しいんだろうな。でも、傷つけたくない死地に送り込みたくない、という葛藤が見える。
まっ、どうせ無用な心配に終わるだろうがな。
「「「ぶっ、ぶははっ!」」」
「え、ちょ、ちょっとなに? なんでオルガ曹長たち笑ってるの?!」
ピサはオロオロとうろたえながら俺とオルガたちの間を視線がキョロキョロとせわしない。
オルガはニカッと笑いながら――
「姫様。我らの心は一つですぞ。シルフヘイムに忠節を尽くす騎士なのですから、ワシらは。戦います。いや、逆に誉れ高き王の親衛隊として戦えるのは騎士の本懐であります。是非、最後までご一緒させてください」
オルガは跪き、拱手した。レヴィもシンも頷き、そしてオルガ同様に拱手してみせた。
ピサは、オルガの言葉に涙を流し喜んだ。シャノンは聞くまでもなく、最後まで付き従うと言ってくれた。
「うし、結束が固まったところでさっきの続きだ。まず、俺たちがやらなければならないことは、二つ。軍の確保と、戦力の増強だ」
「ですね。軍の確保は各地を回り、生き残っている獅子王騎士団や、傭兵などで確保できるとして、戦力の増強とは具体的にはどうするのですか?」
こういう話になると積極的になるシャノンが早速食いついてきた。
「そこで、エルフだ。ミルドラード王の話だと、エルフという種族は超常の力を使えるんだとか。藁にも縋るとはまさにこのことだが、相手が黄昏の魔物、フェンリル、ヨルムンガンド、ヘルの三匹となれば、それ相応の対策が必要になるだろうからな」
「……無謀、行き当たりばったり。としか言いようがありませんが、こちらの切れるカードは限られていますから、わずかでも可能性があるなら、選択肢の一つに加えても良いかと」
シャノンは多少納得がいかないようだが、本人が言った通り、こちらが打てる手は限りなく少なく、か細い。であれば、クモの糸のような不確かな物でも頼らざるを得ない。
「それで少佐、全員でエルフの都に向かうのですか?」
今度はシンからの質問だ。
「いや、二組に別れる。それぞれ聖域に向かう隊と、シルフヘイムの各地を回ってもらう隊だ。エルフの都に向かう隊は実際にエルフに会い、協力を仰げるか交渉する。シルフヘイムを回る隊は、王の血は途切れていないこと、最後の王位継承者ピサータ姫と竜佐の再来マサヒロが反撃の機会を伺っていることを伝えてもらう。住民は怯えきって反撃はしないとは思うが、各地に散らばった獅子王騎士団が心配だな。あいつら、アークガルドの軍をみつけるやいなや襲い掛かっちまうだろうし。恐らく、すでに小競り合い程度のことは起こっているだろう。それを鎮めるのも頼みたい。いまは耐え忍ぶ時。反撃の狼煙は必ず上げる。そう伝えろ」
「効率良くですね。わかりました。では、組み分けはどうしましょう」
「組み分けはもう決めてある。俺とピサ、オルガが聖域のエルフの都を目指す。シャノン、レヴィ、シン。お前らはシルフヘイムを回ってくれ。なにか異論がある者は申し出てくれ」
誰も異論はないようで、組み分けはすんなりと終わった。
「あ、ちなみにファヴはこっちで連れてく。流石にドラゴン連れて歩いてたら目立ってしょうがねえだろうからな。シャノンがいるから大丈夫だろうが、騒ぎを起こして、アークガルドの連中と衝突がないようにしろよ。特に、シン」
「えっ?! 私ですか? てっきり、レヴィかと……」
「おい、てめえシン。俺をなんだと思ってやがる?」
レヴィは顔を引きつらせ、シンに文句を付ける。
「レヴィ、兄貴分だろ? 許してやれ。つか、お前も気を付けるんだよ! レヴィ」
俺はシンの目を見ながら改めて釘を刺す。
「シン、お前は真っ直ぐ過ぎる。もし、町や村でナニかを見ても堪えろ。いまはその時じゃない。薄情に聞こえるかもしれんが、すべては勝利のためだ。勝たなければ、なにもかもが終わる。俺の言葉、決して忘れるなよ」
「……ハッ」
シンは頭を下げながら返事をした。表情はわからなかった。
「シャノン。大変な役を任せることになるがよろしく頼むぞ」
「承りました。軍師シャノン・パルクール、マサヒロ様が戻って来る頃には、大軍を引き連れお待ちしています」
「ほう〜。そりゃ、楽しみだ」
「はい。神算鬼謀にお任せください。それで、アークガルドが設けた降伏の期間は一年ということですが、いつまで別行動なのでしょうか?」
「そうだな……。できるだけ早くとしか言えないが、一応集まる日は決めておくか。いまは春先だな。今日よりひと月。桜の花が散り切ったひと月後に、宝花の園の入り口、地獄の門で落ち合おう」
「承知致しました。では、時間も限られていることですし、できるだけ早く事を進めましょう。私たちは早速、シルフヘイム国内に向かいます」
シャノンの言葉にレヴィもシンも迅速に反応し、出立の準備を始める。
すぐにでも行ってしまいそうなので、全員が揃っているいまのうちに紹介しておくことにした。
「出立の前にサプライズだ。え〜、本日より我が隊に新たな仲間が加わる! 紹介しよう。ミルドラード王国が大陸に誇る、安らぎの剣聖ことブラッドレイだ。ブラッド、挨拶を」
「ハッ! 名はブラッドレイ=ザン・クーパー。ミルドラードの軍を除籍処分となり、いまは一介の傭兵といった所です。未熟ではありますが、皆様、よろしくお願い致します」
「ヒャー! たまりませんな! これ以上心強い新入隊員はいませんぞ!」
「ヤバイっすね! ヤバイっすね!」
「安らぎの剣聖と同じ隊に所属することになるとは。感激です」
「素晴らしいです。よろしくお願いしますクーパー殿」
オルガたちは大喜びでブラッドに駆け寄り、胴上げを始めてしまいそうなくらい熱烈に入隊を歓迎していた。
「ご歓談中悪いな、ブラッドは俺たちと共に聖域に向かうぞ。色々、わからないことをブラッドに聞けとミルドラード王にも言われたしな。それに土地勘ある奴がいたほうがいい」
「ハッ。承りました」
それぞれ、準備を終え出立の用意が整った。
俺たちは南へ。シャノンたちは北へ。
互いに向かい合い、一時の別れを惜しむ。俺は右の空を指さした。
「夜明けはまだ先だ。次ぎ会う時は、夜明け前。そして、俺たちの手で陽を昇らせよう。――武運を祈るッ!」
別れの挨拶はしない。それは同じ目標に向かい、共に走る仲間だから。
また生きて会おう。
俺たちは南の聖域に向かい歩き始めるのだった。




