第二十八話 「聖域」
ミルドラード王はピサの言葉を一言一句聞き漏らさぬように、耳を傾けていた。
すべてを話し終えたピサは、満足げに俺の手を思いっきりギュッと握る。しかし、その手は……少しだけ震えていた。
「ピサータよ。お前の考えはわかった。お前の、王たる資質を垣間見た気がする。その歳にして、尋常ならざる王気を纏っているな。私がお前くらいの歳では考えられぬ程だ。やはり、私の目に狂いはなかったということよの。……だが、だからと言ってやはり賛成はできぬ。私は反対だ」
当然の反応だと言える。
俺はピサが決めたことなら最後まで共にあるつもりだが、はっきり言って負け戦もいい所だ。十人中十人はミルドラード王と同じ事を言うはずだ。
これから徹夜でミルドラード王の説得が始まるのかと思いきや、次の王の言葉は意外なものだった。
「……まぁ、反対した所で変わるほど簡単な決断ではないのも承知している。最終的にはお前の気持ちを尊重しよう。しかし、やはり私はなにも協力はできぬ」
「当然です。おじ様が守るべきものは私に非ず。あなたの国民です」
「……許せ、ピサータ」
「いえ、もう十分おじ様には助けられています。それより、心配事があって……」
「私にできることがあるなら言ってみなさい」
「はい。私たちはミラーズで捕縛されている事になっているはずです。それはきっとアークガルドにも伝わっている情報。その私たちが逃げおおせた場合、ミルドラードに因縁を付けて責任の追及をされるかもしれません。最悪、降伏が受け入れられなくなる可能性が……」
「うむ、当然の成り行きであるな。しかし、大丈夫だ。取り逃がした責任は、ブラッドレイに取らせよう。この国最強の男を除隊処分とすれば反抗の意思なしだと、十分に伝わるであろう」
「え、え? ちょ、ちょっと待っておじ様! クーパー中尉は悪くありません! それはあんまりでは……」
事の成り行きを見守っていた俺はミルドラード王の意図を察知し、王に噛みつく勢いでブラッドをかばっていたピサを落ち着かせ、ミルドラード王の言葉を待った。
「ブラッドレイ=ザン・クーパー中尉。お前には、ピサータ姫ならびにマサヒロ少佐とその隊の人間を取り逃がした責任を取らせ、除隊処分を言い渡す。どこへなりと行くがよい。そうだな、例えば他国の少数精鋭部隊に引き抜かれるという道もあろう」
王は少年のように無邪気に笑い、ブラッドの新たな道を作った。
……つくづく、頭が上がらねえ。この王はなんてデカいんだ。
自国の最強の男を俺たちのような敗残の兵に託すと言っている。ただただデカい。器がデカすぎて俺にはただデカいとしかわからないが、王の粋な計らいを無駄にしない為、俺はわざとらしくピサに話を振る。
「なあ、ピサ。俺の隊は強い奴が三人いるが、内二人はアホだ。だから、最近考えてたんだよ。頭がキレて、できれば並以上の戦闘力ある奴が加われば、戦術の幅が広がるんじゃないかと」
「……あ! う、うん! うんうん! 必要! 絶対必要だよ! でもでも、そんな都合良く良い騎士が見つかるわけ……、って、いたぁー! クーパー中尉さん! どう? マサヒロ!」
ピサの大根役者ぶりが非常に愉快でたまらない。
「ぶはは! ピサでかした! いい人材だ。ブラッド。お前いま無職だろ? うちの隊はな、かつてない程に危険を伴う戦いに身を投じることになる。だが、生き残り、勝利を掴むことができれば俺たちと共に、永遠にお前の名を歴史に刻むことを約束する。――来いよ。ブラッド!」
ブラッドも王と俺の意図を汲み、椅子から立ち上がり王の前で跪きながら――
「王よ。我が偉大なる王。今日の私があるのはあなたのご尽力あっての賜物であります。町の荒くれ者だった私を拾い上げ、ここまで大きく、そして強くして下された。なにもかもすべて、あなたのお陰です。感謝致します」
「よい。私もお前の力に幾度となく助けられた。感謝する。我が愛すべき国民よ」
ブラッドは感極まり、嗚咽を漏らし、すすり泣いていた。
カッコイイな。王もブラッドも。こういうのを『絆』って言うんだろう。どんな鎖よりも頑強で、ちぎれない仁義の心。勉強になることばかりだ。この出会いは俺にとっても、ピサにとっても、とてつもなく大きな財産になる。
しばし、別離を惜しむように王の前に跪いていたブラッドは、心の整理がついたのか、立ち上がり、今度は俺とピサの前にやってきて、再び跪き、腰下げた剣を抜きそれを俺たちの前に掲げながら――
「不肖、ブラッドレイ=ザン・クーパー。頭は少々まわり、剣にも少しばかり自信があります。その程度の男でかまわなければ、是非あなた方の隊に加えていただきたい。加えていただけたあかつきには、この剣に誓い、身命を賭してあなた方をお守りいたす所存であります」
俺がチラッとミルドラード王を見ると、満足そうにうなずいていた。
だったら、返事は一つだ。
「今日からお前は仲間だ! よろしく頼むぜ! 安らぎのブラッドレイ!」
「ハッ!!」
こうして、ミルドラード王国が誇った最強の男、安らぎの剣聖ことブラッドレイ=ザン・クーパーは、俺の隊に加わることとなった。
ピサの決意とブラッドの新たな門出に再び乾杯し、場のしめっぽい空気を吹き飛ばす。吹き飛ばそうとはするが、やはりブラッドは感謝の念が次から次へと溢れて来るかのように、男泣きしていた。ミルドラード王は優しげな微笑みを浮かべ、ずっと背中をさすってやっていた。
そんな空気の中、水を差すようで悪かったが、俺は気掛かりになっていることを聞いてみることにした。
「あと一つお伺いしたいんですけど、攻撃されたのは王都だけですか? 他の町村、オド・シルフは……」
「おお、そうだったそうだった。大事な事を言い忘れていたな。オド・シルフも、その他の町村は皆無事だそうだ」
「そ、そうですか……」
「良かった……、良かったよマシャヒロ~……。王都だけでも頭いっぱいいっぱいで泣きそうだったから、聞くの怖かった~」
ピサが泣いているのに笑っているという、なんとも言えない顔で俺に抱きついてくる。さっきまで立派に凛々しく弁舌振るってた奴とは思えない振れ幅だな。まあ、見てるこっちはコロコロ変わる表情で飽きることがなくていいんだけど。
俺は頭を撫でてやりながら、話を続けた。
「良かった。まだシルフヘイムは死んでないということですね」
「だが、完全に安全というわけではないぞ」
「……というと、どういうことですか?」
「現在、シルフヘイム王国内にはアークガルドの軍が大量に入ってきている。降伏の猶予を設けたということは、略奪や殺戮を禁止はしているはずだ。だが、軍にも様々な人間がいる。いつタガが外れ、町村に被害を出すやもしれない故、完全に安全ではないと言ったのだ」
「なるほど……。アークガルドの連中は……侵略が目的なんでしょうか?」
「わからぬ。だが、私は今回の件に関して、違和感があるのだ。なにかこう、歯車が微妙に噛み合っていないというか。あやつらの行動には複数の意思が介在している気がする。……あくまで憶測の域ではあるが」
まあ、王が言わんとしていることはわかる。
つまるところ、戦争とは奪い合いである。それは、食物であったり、水であったり、土地や資源、思想なども含まれる。
アークガルドの行動を照らし合わせてみて、奴らの目的がまるっきり見えてこないのだ。いや、正確に言うならば、見えていたが見えなくなったが正しい。
というのも、俺が酒場で聞いた噂、最近アークガルドが大人しいという噂を耳にした。その時点から少しずつ違和感が膨れてきていた気がする。
アークガルドは大陸最強にして、最大の侵略の国である。それが突然大人しくなり、あまつさえ黄昏の秘宝を探し出し、黄昏の魔物と呼ばれる、フェンリル、ヨルムンガンド、ヘルを復活させ、シルフヘイムの王都をデモンストレーションとかいうわけのわからん理由で壊滅させた。
そこだよ。そこからが決定的におかしい。もちろん、軍の精強さを誇りに思う血気盛んなアークガルドの軍が大人しくなり始めてからおかしいのは間違いないが、何故、デモンストレーションで一旦打ち止めたのか。
これはあまり考えたくないことだが、デモンストレーションを実施し、降伏を提案した者は今までアークガルドが持ち合わせていなかった新しいベストな選択をしたと思う。敵を褒めるような真似はしたくないが、この一点だけは敵ながら素晴らしい判断だと言わざるを得ない。
戦争とは奪い合いだが、結局、蓋を開けてみれば互いに赤字になるのだ。得るものより失うもののほうが多くなっている、なんてのは良くある話で、基本的に戦うというのは失策と断じてしまうこともできる。我々人類は知能の低い動物ではない。外交で済ませることだってできるのだ。
しかし、それをせず、散々暴れまわってきたアークガルドが黄昏の秘宝の一つ、ヘイムダルの角笛を手に入れたとなれば、一気に大陸を支配してもおかしくなかった。そのはずだった、今までのアークガルドなら。
だけど、何故か猶予の期間を与えた。……やはりおかしい。いままでとは別の意思が存在している。
きっとミルドラード王も同じ部分で違和を感じているのだろう。
言い知れぬ不安がつのる。アークガルドの中に産まれた異端が存在する。いままでにない、新たな思想の持ち主が軍の上層部に――。
必ず、この先ぶつかることになる。言いたいことは山ほどあるが、とりあえず会えた時は一発ぶん殴ってやる。
「まずは足場を固める必要があるな、ピサ。各地を回り、生き残っているシルフヘイムの民や、猛り狂ってるだろう獅子王騎士団の奴らが、敵討ち始める前に保護すべきだ。そして、王の血筋は途絶えていないと教えてやらにゃならん。アークガルドを打ち倒す前に、守るべきものはしっかり守らねぇとな」
「だね。これからのことはシャノンを交えて話し合おっか。まず、保護だもんね。保護には安全な場所が必要になってくるけど、いまこの大陸にそんな場所あるのかな……」
「これは独り言なのだが……」
ミルドラード王が突然、誰に話し掛けるでもポツポツと語り出した。
「ミルドラード王国のさらに南には聖域と呼ばれる幻の都があるそうだ」
「南……? そりゃ、おかしくありませんか? 俺は、いえ、私はこの大陸の地図見たことありますけど、ミルドラード王国の南は海が広がっているはずでは……」
「表向きわな。この国は本来、小さな防衛拠点から大きくなり、やがて国となったのだ」
「本当ですか? そんな話噂でも聞いたことありませんが」
「それはそうであろう。この事は、王家に口伝のみで伝わる話だからな」
「そんな話私らが聞いても良かったんですか……」
「かまわんよ。他言するような真似はするまい、貴公らわ」
「まあ、そうですが。……それでその国の元となったという防衛拠点は、その幻の都を守るためにあったのですか?」
「幻の都を守っているのではないのだ。正確に言うと、そこに迷いこまぬように人を守っているのだ」
「人を……?」
「うむ。幻の都に至る道にはいくつかの難関が設けられている。私の先祖はそれらを、『嘆きの霧谷』『血染め薔薇庭園』『久遠孔雀の丘』と呼んでいた」
「それは……、その先には、一体なにがあるのですか……?」
「何人たりとも寄せ付けず、何人たりとも踏み入れることを許さぬ、『エルフ』と呼ばれる種族が住まう、幻の都よ――」




