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第二十六話 「南の賢王」

 

 夜道に荷馬車のガラガラという車輪の音だけが響く。

 俺は荷馬車の後ろで足をブラつかせ、しばらくしんみりと一人酒を飲んだ後、オルガたちが開いている酒の席に加わった。

 オルガたちも気丈に、考えないように振る舞っているが、祖国が滅亡の危機に瀕しているという時の真っただ中にいる。

 ――呑んでなきゃ……正気でいられないよな。俺も、なるべく考えないようにしていた。一度考え出すと、多分止まらなくなる。だから、ただ酒を呑んで、騒ぐ。これしか、俺たちは慰めを知らないのだ。


 ピサとシャノンは疲れもあって早々に床につき、俺たちは遅くまで飲み明かした。


 ミルドラードの王都には十日ほどかかるらしく、翌日からも俺たちはひたすらに馬車に揺られていた。途中、いくつかの町に立ち寄ったが、フードを深くかぶってコソコソと行動していたため、まるで罪人になったみたいで釈然としなかった。

 時間はあっという間に過ぎてゆき、十日後の夕方頃にミルドラード王都へたどり着いた。

 人目を避けるため、夜中にミルドラード王と会うということになっているそうなので、それまでの間、王都近郊の平原でで時間を潰すことになった。


 俺は原っぱに寝転がり、流れる雲を眺めていた。

 近くではオルガたち三人衆が剣の稽古に勤しんでいたのだが、オルガは手を止め、ブラッドに歩み寄っていく。 


「クーパー殿。身体が鈍ってしまいそうなので、軽く手合わせ願えませんか?」


 オルガがブラッドに剣の手合わせを願い出ていた。

 ブラッドは困った表情を浮かべ、申し訳なさそうに返事をする。


「やめておきましょう。手合わせでは済まなくなる。あなたを相手にするにはそれ相応の覚悟が必要だ」


「……そうですか。残念ですが、仕方ありませんな」


「期待に応えられず、申し訳ない。しかし驚きですよ。あなたのような武を誇る騎士がいまだ曹長の称号しか持っていないのは」


「ワシには称号などより大事な物があります。ワシが求むるは血湧き肉躍る戦場なり」


「凄まじいですね。その破壊的な剣技は戦場で磨かれたものだったのですね。通りであなたの剣を捌いたとき走馬燈が見えたわけだ」


「なにを言いますか。涼しい顔で捌いていたではないですか」


 二人は顔を見合わせ、吹き出す。

 国や身分、性格もまったく違う二人が惹かれ合うのは、本物の武を持つゆえだろうか。

 二人は意気投合し、いままでの武勇伝を互いに語り合っていた。そこにはレヴィとシン、ブラッドの部下も加わって盛り上がっていた。

 シャノンは俺の近くに腰を下ろし、難しそうな兵法書を読みふける。

 ピサは――


「マサヒロ〜」


 寝転がる俺の腹に頭を預けてくる。


「どうしたピサ」


「んーん。なんでもない。ただこうしてたいだけ」


「……そうか。俺の腹で良けりゃ好きに使ってくれ」


「はーい」


 思い思いに、夜までの時間を過ごした。



 やがて陽は沈み、辺りには虫の鳴き声と少し肌寒い風だけが吹いていた。


「そろそろ時間だな」


 俺の声に皆立ち上がり、指示を待つ。

 全員でぞろぞろと向かうと人目につく可能性が高くなるので、最小限の数で向かうことにする。


「ファヴは目立つだろうから、ここに置いていく。シャノン、留守番頼めるか? ファヴの面倒見てやってくれ。あと、オルガとレヴィとシン。お前らはシャノンの護衛だ。ピサは俺と共にミルドラード王に謁見するぞ。ブラッド、案内よろしく頼む」


 留守番組を残し、王都に続く巨大な門の前までやってくる。

 巨大な門は夜中ということもあり、固く閉ざされていた。ブラッドが脇の小屋に話を通しに行く。しばらくすると、中からブラッドが出てきて、「こちらに」と誘導してくれる。巨大な門の脇にある小さな扉が開き、ミルドラード王都に問題なく入ることができた。


 夜中の王都は思ったよりも人がいて、ちらほらと歩く姿を見受けられた。

 遠くには王城が見えており、夜中にも関わらず、王城の窓と思われる箇所から明かりが漏れている。察するに軍議の真っ最中といった所か。降伏の構えを見せているとは言え、何事にも絶対はない。いつ、アークガルドが牙を剥くかもわからないなら対策を考えるのは当然といえる。

 そこで軍略家のお出ましだ。未曾有の危機が迫ってるとなれば軍議の時間がいくらあっても足りんだろうしな。案外、軍略家の連中は喜んでるかもしれんが。あいつらのような人種は寝ても覚めても、クソしてる時も女を抱いてる時でさえも軍略を思い描いてるド変態どもだし。比類なき脅威に、自分の脳みそで勝利を掴むのは軍略家にとっては至上の喜びだと聞く。

 ……シャノンも国を慮ってはいるが、心のどこかで軍略を練るのを喜んでいたりするのだろうか?


 考え事をしながら歩いていると、ふと不可解なことに気付いた。ブラッドの案内に従い暗い道を進んでいたのだが、明らかに王城が遠ざかっている。

 いったんは王都の中央付近まで来ていたが、大通りを外れ細い路地に入っていく。そのまま進んで行くと、みすぼらしい看板を掲げた小さな酒場を見つける。

 看板のボロさ加減といい、小汚い佇まいといい、どっかの強面マスターが営んでそうな懐かしさすら感じる酒場だ。似たような店がミルドラードにもあるんだな~と思っていると、ブラッドがその店の前で立ち止まる。


「着きました。王はここでお待ちです」


 まじすか。ミルドラード王ともあろう御方がこんなしょぼくれた酒場で待ってるとか世も末だなというブラックジョークは胸に留め、俺とピサは酒場に入っていく。後ろからブラッドも続いた。

 店内は人が一人だけ。奥のテーブルに座る初老の男。

 しかし、名乗られずともわかってしまう、圧倒的王気。座って瞑想している姿だけで気おされそうな覇気。

 とてつもねえ……。これが人の上に立つ男というものか。


「陛下。ピサータ姫殿下とマサヒロ少佐殿をお連れしました」


 ミルドラード王はゆっくりと目を開け、こちらを見据えた。

 その瞳は、深い湖のような――。なにもかも飲み込み、受け止める度量を感じさせる、慈愛に満ちた眼差しだった。


「ご無沙汰しております。ピサータです」


「おお、ピサータ。何年ぶりか。元気そうでなによりだ」


「確か、八年ぶりになると思います。おじ様もお元気そうでなによりです」


「ほほっ。おじ様なんて歳でもないがな。孫にはおじいちゃま、なんて言われてるんだ」


 どうやら二人は以前に会ったことがあるらしく、久しぶりの再会に旧交を温めていた。


 ……僕はどうちたらいいのかな、と、その場の空気に耐え切れずキョロキョロと不審者のように視線を泳がしていると、それに気付いてくれたミルドラード王が声を掛けてくれる。


「おお、すまぬすまぬ。ピサータに会えたものだから、ついはしゃいでしまった。貴公がマサヒロ少佐だな。改めて……」


 空気が……、一瞬にして変わるのがわかった。


「我が名はミルドラード国王、ラーズヴィズ=ダグハール・ミドガルズである」


 熱された空気の塊が、身体に直撃したような感覚だった。

 とにかく熱かった。この人に仕えたい。褒められたい。そんな欲求に駆られる、不思議な魅力を香り立つほど発していた。


「……マサヒロっ」


 ピサの声でハッとする。どうやら小声で俺を正気に戻してくれたようだ。あまりの王気にあてられて一瞬ボケっとしてしまった。

 気を持ち直し、慌てて跪き、拱手抱拳して礼を尽くしながら改めて自己紹介をする。


「わたくし、シルフヘイム王国少佐、マサヒロであります」


「かまわんかまわん。面を上げよ。今日は腹を割って話そうと思って、この酒場を選んだんだ。どれ、早速酒でも呑んで打ち解けておくとしよう。貴公は酒は飲めるだろう」


 緊張して言いよどんでいると、ピサが代わりに返事をしてくれる。


「マサヒロはお酒大好きだよ! いっつもお酒飲んでるから口臭いの」


 サラッと聞き捨てならないことを言ってくれたが、いまはミルドラード王の御前だ。ツッコミは控えよう……。

 恐れ多かったが、ピサとミルドラード王の座るテーブルに同席させてもらうことになった。ちなみにブラッドも座るよう言われ、座る際に俺とブラッドは顔を見合わせ、苦笑いしながら席に着いた。

 しばらくすると、酒とピサ用のジュースが届き全員に飲み物が行き渡る。

 ミルドラード王は酒を掲げ、乾杯の音頭をとった。


「諸君。今宵は身分や立場、なにもかも忘れ、腹を割り話をしようではないか。遠慮があれば即斬首ぞ。良いな? では、乾杯!」


「かんぱーい!!」

「「……か、かんぱーい」」


 そうして、王族二人とただの騎士二人だけの緊張感あふれる酒宴は始まった。


 ピサとミルドラード王は楽し気だけど、俺とブラッドは冷や汗だらだらですわ。

 対等に話せとか無理にも程がある。またも顔を見合わせ、苦笑する。ブラッドの口からは乾いた笑いだけがこぼれていた……。


 しばらく、酒を飲み酔いが回って来た頃、おもむろにミルドラード王が俺に話を振ってくる。


「マサヒロよ。貴公の噂は風の便りに聞いていたぞ。ファフニール討伐の件は心が踊る心地だった」


「は、はぁ。恐縮です」


「それに加えて、ピサータから聞いた冒険譚も若き日の血潮が戻ってきたように熱くさせられた。魔界の支配者死の王(ドラウグル)、地底に住まう旧世界の魔神バルログ。伝説に伝え聞いていた怪物を悉く退けてきた貴公に問いたい。黄昏の魔物をどう感じた?」


 一瞬にして張り詰める緊張感。

 ミルドラード王の真意はここにあり、か。

 逡巡し、真剣に答える。


「恐れながら、私は黄昏の魔物を遠目から見ただけですが、先述の怪物たちより格段に強力だと思われます」


「……ふむ。そうか。では仮に、アークガルド以外の国が協力し、連合軍をぶつけてみて勝機はいかほどか」


「……万に一つもないかと」


 口に出すのが苦しかった。テーブルの下でピサがそっと手を重ねて気遣ってくれる。

 ミルドラード王は目を閉じ、逡巡した後、まっすぐ俺の目を見つめながら――


「はっきり言おう。私はな、降伏しようと思っている」


「……勇気あるご決断かと」


 ミルドラード王の心の内は深淵に臨むが如しに違いなく、隷属か、滅ぶかを迫られ苦渋の決断だったであろう。本当は戦いたい、アークガルドの暴挙を止めたいと思っているはずだ。

 時に王とは最大の自由人であり、時に最大の不自由人となる。その肩に掛かる王の重責たるや――。


「これは国の上の者しか知らない情報だが、アークガルドは降伏の猶予として一年の期間をもうけた。その間に決めよ、と」


 誰も言葉が出てこなかった。一年もの期間を与えるということは、それだけ余裕があるということ。つまりは、アークガルドにとって自国以外が結託しようと、策を練ろうと、取るに足らぬ存在だと思われているとことの証明に他ならない。

 黄昏の魔物の脅威と恐怖以上に、ただ……悔しかった。


 重い空気が身体にのしかかり、沈黙がしばらく続いた後、ミルドラード王は言いづらそうにピサに――


「報告によると、シルフヘイム王都に生存者は確認できなかったそうだ。王族も(ことごと)くが殺され、首を晒されていたと……」


 頭の中で何かが崩れ去る音が鳴り響く。

 やはりというべきか。黄昏の魔物とアークガルドの軍勢に攻められたとなっては……。

 おやっさん、ヌル婆、ノア、……マリー。恐らくは皆、この世にいない……。

 視界が少しだけ、ボヤけた。


「して、ピサータ。お前はこれからどうする気でいる?」


 核心に迫る問いかけだった。

 ピサは淀みなく、凛とした声で宣言してみせる。


「祖国復活のため、敵を打ち倒すつもりです」


「……それが、どれほど無謀かわかっているであろう?」


「無論です」


「ピサータよ。いまお前は、生涯最大の分岐道にいることだろう。十代半ばでそれを決断するのが、いかほどに苦しく、難しいことか私には想像できぬ。ただ、私はお前を小さな頃から見てきた。お前を初めて見た時……感じたのだ。国をまとめ上げ、諸国とも平和な関係を築きつつ、国民を幸福にしてきたという自負。功績を称えられ、南の賢王とも呼ばれるようになった私が初めて、この人物になら仕えてみたいと思わされた。確信があったのだ。お前は否応なしに必ず大業を成す人物になる、と。しかし、時代が悪すぎた。いまの時代ではどのような才があろうとも、輝くことはできぬ。だがな、私はこれを一つの好機だと捉える」


 ミルドラード王は一呼吸置き、慈愛のこもった声でピサを諭す。


「ピサータ。お前には戦う以外にもう一つの道がある。普通の人間として、生きるという選択肢だ。いまなら、しがらみやしきたりなどすべてを置き、身軽になって自由に生きていける。もちろんこの大陸では無理だが、船なら何隻でも譲ってやろう。誰の意思も介在せず、風とお前の気持ちだけに従い世界を見て回ることもできる。お前の小さい頃の夢は世界を旅して、アイヴァルト冒険譚のような大冒険をすることだったな。いまもそれは変わってはいないのであろう? これは逃げではないぞ。機会が巡ってきたのだと捉えよ。新たな道に進むのも一つの選択肢だと、私は考える」


 優しいな、ミルドラード王は。

 逃げ道(・・・)を作ってやって、過酷で残酷になるであろう道に進まんとするピサを救おうとしている。


 俺を含めたその場にいる三人の視線が、ピサに集中する。次に発するピサの言葉は重い。この大陸の今後を左右しかねない選択だ。

 息を飲み込み、ピサの言葉を待った。


 ピサはしばらく顔を伏せ、思考した後、穏やかに話し始めた。


「私は――」








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