第二十五話 「異邦の剣聖」
心臓が早鐘を打っていた。
シルフヘイムが……落ちた? 国力的にはアークガルド帝国に次ぐ大国シルフヘイムがこの僅かな期間で?
おやっさんは? ヌル婆は? マリーは……?
言葉の意味は理解できるはずなのに、脳がその情報を受け入れてくれない。
「このクソガキがァ!! シルフヘイムを舐めんなッ!! 俺たちの国がそんな簡単に落ちるはずねえだろうがッッ!!」
俺が立ち尽くしていると、レヴィが顔を紅潮させ、絶叫しながら、報告にきていたミルドラードの騎士の首を絞め上げていた。
「レヴィ……。その手を離してやれ。まだ聞きたいことがある」
「少佐! こいつ、とんだホラ吹き野郎ですぜ! 締め上げてやりましょう!」
「離せ。命令だ」
「あ……。も、申し訳ありませんっす、少佐」
レヴィが手を離し、地面にへたり込むミルドラードの騎士。
「ゴホッゴホッ――!」
「手荒な真似をしてすまない。……シルフヘイムが落ちたって話、まじなんだな?」
「ゴホッ……。は、はい。確かな情報です。こんな誤報流したら打ち首どころでは済みませんから。一族郎党根絶やしにされてしまうほどの重罪です」
だよな。
間違いであって欲しかったが、どうやら状況は最悪だ。
ノアと連絡が取れなくなっている理由が理解できた。今は恐らく、逃げ落ちるのに必死で連絡できずにいるか、あるいはすでに死んでいるか……。
「信じられませんッ! なにかの間違いだッッ!」
レヴィに続き、シンまでもが喚き出した。いつも冷静沈着で思慮深いシンまでもが混乱の極みに達している。
俺はいまだに実感できない。シルフヘイムが落ちた。つまり、王都の人間がたくさん死んだということ。男は皆殺しにされ、女は犯され、子供は奴隷に。
そんな現実受け入れたくない。受け入れられない! でも……、だからと言って喚き散らし、泣き叫んだ所で事態は好転してはくれないだろう。
自分たちの置かれた状況を咀嚼し、整理する必要がある。
パニックになりつつあるレヴィやシン、それからミラーズの住民たちをなだめようと一歩踏み出した瞬間、一瞬だけ早くピサが皆の前に飛び出した。
「みんな落ち着いて! シルフヘイムが落ちたって聞いて頭の中がぐちゃぐちゃなのはわかる! 辛いかもしれない。泣きたいかもしれない。立ち止まってうずくまりたいかもしれない。多分、シルフヘイムを落としたのはアークガルドで間違いないと思う。シルフヘイムが落ちた今、次の目標を定めているはず。私たちにできることは、準備すること! いつ、アークガルドが攻めてくるかもわからない。だから、みんな立ち上がって! 前を向くの!」
恐らく、シルフヘイムの王族は皆殺しにされている。もし、良識ある人間が指揮官なら捕らえられているだけの可能性も捨てきれないが、それは限りなく低いだろう。
ピサだって気付いてるはずだ。自分の親兄弟が憂き目にあっているのは。なのに、この振る舞い。
強いな、ピサは。
「ピサの言う通りだ。我らが故郷、シルフヘイムが落ちた今、この大陸の均衡は崩れた。近いうちにデカい戦が起こるかもしれない。そのために俺たちができることをするぞ」
「一体なんの意味があるんですッ!?」
シンが涙を流し、睨みつけるように俺を見ながら噛み付いてくる。
「シン。お前も落ち着け。全部が終わったわけじゃない。王都の人間だって生き残りはいるだろうし、各地に散らばった獅子王騎士団だってまだ健在なはずだ。なのに、お前はもう白旗振っちまうつもりか?」
「……あ」
「俺はブチ切れてるぜ。黙ってこのまま引き下がるなんてしねえぞ」
オルガがレヴィとシンに拳骨をかまし、跪き拱手した。
「少佐。二人が無礼を働き申し訳ありませんでした。責任はワシが取ります。この命、差し出す覚悟です。ですがッ! もし生かしていただけるのであれば、アークガルドに天誅の一撃を刻んでやります。シルフヘイムは不滅ッ!」
レヴィもシンも慌てて地面に跪く。
「許す。戦うぞ。アークガルドのクソ共をぶっ潰……」
「それは叶いません」
俺の言葉は遮られた。
声のするほうに一斉に振り向くと、海が割れていくように住民が道を開け、声の人物が俺たちの前に姿を現した。
「お初にお目に掛かります。私はミルドラード王国中尉、ブラッドレイ=ザン・クーパーと申します。シルフヘイム王国落日の件はもうお聞きですね。心中お察し致します。傷心の只中で恐縮ですが、あなた方を捕縛させていただきます」
一斉に剣を抜く俺たち。
空気は一転、ピリピリとひりつき始める。
「理由を聞いてもいいかい、クーパー中尉」
「親しみを込めてブラッドとお呼びください。理由は簡単です。あなた方の首を手土産にアークガルドに降伏するためです」
「やっぱそうなるよな……」
シルフヘイムの王都が落ちて、滅びるかと思われているがそれは違う。何故なら、王族の最後の生き残りであろうピサがいるからだ。アークガルドからすれば最後に残った小さな芽だろうが、それを摘むのは最優先事項にされているはず。
それを捕らえ、生きたまま引き渡すとなるとかなりの功績になることは確定的に明らかだ。
「抵抗しないでくれますか? 無駄に傷付けたくはない」
オルガたちが一斉に笑い出した。
「ぶはは! 冗談だろ? 貴様のような優男がワシに勝てるとでも? まあ、仮に勝てたとして、後ろには竜佐の生まれ変わりでおられる少佐がいるんだぞ? 笑わせるにしても、もう少しましな冗談にしろや三下」
「……私は、試しても構いませんよ」
オルガの額には青筋が走り、いまにも飛びかかりそうな勢いだ。
「なにか様子が変ですね」
「どういうことだ?! シャノン」
「身柄を確保するのは理解できます。ですが、クーパー中尉は一人のようです。私だったら取り囲んで取り逃がさなくしますが……」
シャノンが話してる途中でオルガは地面を蹴り、ブラッドに飛び掛った。
オルガは粉竜砕を振りかぶりブラッド目掛け横薙ぎにする。ブラッドはゆったりと剣を抜き、撫でるようにオルガの剣筋をなぞった。ブラッドを捉えたと思われた粉竜砕はブラッドの横に流れる。
その一合だけで理解できる。ブラッドの底知れぬ技量。オルガの剣圧を正面から受けているのにも関わらず、平時と変わらない涼しい顔をしながら剣を捌いてみせた。
オルガは顔色を変える。軽いケガでは済まない。
命を懸けて臨まねば、首を刎ねらるのは自分自身。
オルガは一旦距離を取り、肩をゴキリと鳴らす。今度はオルガも本気だ。
ブラッドも今度は剣を構える。
「あいつ何者だ? オルガの剣を受け流しやがったぞ」
「聞いたことはありませんか? 『安らぎの剣聖』の異名を。彼はこの大陸で五指に入る強者です。かの、オージン大佐もミルドラードのブラッドレイには一目置いていると言うのを聞いたことがあります」
安らぎの剣聖……。
少しだけ聞いたことがある。というのも、ブラッドは若く、俺が軍を離れた頃に名が売れだした奴だからだ。
なんでも、ブラッドに斬られた者は死んだことを理解できないほど、一瞬で真っ二つにされるとか。死んだことを理解できない故に、真っ二つにされた者の表情は、眠っているように安らかなものになると聞いたことがある。
遥か東の国から伝わる、居合いと呼ばれる剣術を使いこなす、若き異邦の剣聖。安らぎのブラッドレイ。
再び、両者ぶつかろうとした瞬間。
ブラッドは構えを解き、柔らかく微笑んだ。
「我々の言うことを聞かなければ、ピサータ姫の首は保証できませんよ」
ハッとして、振り返るとピサの首に剣が当てられていた。報告に来ていたミルドラードの騎士だ……。
「貴様ァ! 誰に向けて剣を向けているッ! その剣を下ろせー!!」
レヴィが怒鳴り散らす。
「レヴィ。ここは大人しく従え」
「なっ?! 少佐! 正気ですかい?! このまま捕まったりしたら、アークガルドに天誅下すことができねえじゃないすか!」
「いいから! 黙ってブラッドに従え」
オルガもすでに剣を降ろしていた。
ブラッドは縄で俺たちを縛り上げ、武器を取り上げる。
「ご協力感謝致します、シルフの少佐様。では、荷馬車にお乗りください。あぁ、ドラゴンもいましたね。くれぐれも暴れさせないようにお願いしますよ。あなた方の命はこちらの手中にあるのをお忘れなきよう」
俺たちは荷馬車に押し込まれ、ミラーズの町からミルドラードの王都に向かい連行されることになった。
しばらく、荷馬車に揺られる。荷馬車の中では、オルガたちが怒りを我慢しているのか、目を血走らせ、貧乏揺すりをしている。
シャノンは眠いのか、船を漕いでいる。まったく。この先の展開がわかってるからって気が緩み過ぎじゃないのかね。いやね、メリハリ大事にとは言ったけれども。
「マサヒロ……。ごめんなさい、捕まっちゃって……」
ピサが申し訳なさそうに、しょげていた。
「気にすんなピサ。大丈夫だ。この捕縛は演技に過ぎない。だろ? ブラッド」
ブラッドは荷馬車を止め、俺たちの拘束を解いた。
「お見それしました、マサヒロ殿。同時に数々の無礼、お許しください」
「かまわんよ」
「流石ですね。いつお気付きになったので?」
「いや、最初に気付いたのはそこで半分夢の世界に行ってるシャノンだ。不可解な点は二つ。まず、捕縛に用いられた人員が二人だけということ。それとこれが決定的だったが、ピサ以外を生かしたことだ。最たる例が俺だな。将を残しておくのがどれほど危険かは語るまでもないだろう。恐らくお前らはミルドラード王の勅命で動いているな?」
「……いやはや。そこまでお見通しとは。恐ろしい程にすべて的中しています。マサヒロ殿の言う通り、我々は王の命を受けてあなた方の保護をするために動いていました」
「やはりそうか。で、詳しい状況は?」
「はっ! 現在、シルフヘイム陥落の知らせがアークガルドにより全土に発せられました。それに加え、各国に全面降伏せよとの勧告も発せられました。アークガルドは古の時代より黄昏の魔物を復活させたと。シルフヘイムを一夜にして陥落させたのもそのデモンストレーションだと言う事です」
ヘイムダルの角笛を使いやがったのか……。先程、ミラーズで見聞きした巨大な蛇と狼の遠吠えがその黄昏の魔物というやつだろう。
はっきり言って状況は絶望的。普通なら即刻降伏を願い出てもおかしくない。にも関わらず、俺たちを助けたってことは、なにか裏があるはずだ。
「……まあ、もちろんタダという旨い話はあるまい。ミルドラードの王様は俺たちに何か用があるんだな」
「私共はそこまでの内容を聞いていないのでなんとも言えないのですが、恐らくは」
ふむ。大方の予想通りではあるが、ミルドラード王の真意だけはわからん。
「少佐……。いったいなんの話をしているのでありますか? さっきからさっぱりなのですが……」
オルガが困惑の表情を浮かべている。右にレヴィも同じ。シンは理解していそうな感じだ。俺はため息をつきながらアホ二人に説明をする。
「いいかなるべく分かり易く説明してやるから耳の穴かっぽじって良く聞けよ。今どの国も選択を迫られてる。隷属か、滅びるかの二択だ。ミルドラード王の真意はわからんが、俺たちを助けたと大っぴらにはできないわけ。俺たちを助けたとなりゃ降伏が認められない可能性が高くなる。ミラーズにも何人かはアークガルドの密偵が潜んでいたはずだ。だから、ブラッドは一芝居打って俺たちを捕まえるフリして保護してくれたんだ」
「は、はぁ……」
もういいや。このアホ二人はほっとこう。
「お話し中すいません。マサヒロ殿御一行は酒を飲む途中だったとか。少ないですがこの荷馬車にも積んでありますのでよろしければ好きにやってください。煙草もありますよ」
「まじかよ。最高だなブラッド。お前うちの隊に入れ! アホ二人とトレードだ。強さも半端ねえしな」
「しょ、少佐~。そんな殺生なこと言わんでください」
「そうっすよ少佐! 俺たちともに死線をくぐり抜けた仲じゃないすか!」
「ははっ! 良い雰囲気の隊ですね。私が除隊になったら隊に加えてください」
ブラッドにさらっと振られてしまった。
アホ二人は俺の足にすがりついて暑苦しいったらありゃしねえ。
一通り話が済んだので、再び荷馬車はミルドラード王都に進み始める。
積んであった酒瓶を一本掴み、荷馬車の一番後ろに腰掛ける。酒瓶の栓を開け、一気に煽った。久々の酒は美味かった。ブラッドに貰った煙草に火を着け、空を見上げる。
外はすっかり夜の帳が下りていた。




