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詩月1日 〜勤務初日〜 その2

ミムラさんは、僕の席の後ろをターッと走り抜け、

窓際に行って窓を開けた。


キュラキュラキュルル......

古いのと立て付けが悪いのとで、ここんちの窓はこんな音を立てる。



窓をコツコツ叩いたのは、密書鳩だった。

どこかからか飛んで来たのだ。何か文書をしたがえて。



密書鳩は、平時なら通信文であるとか、戦時には軍令、あるいは文字通り密書を運ぶ、

訓練された鳩のことだ。

名に「密書」とあるが、これは古い時代の名残りであり、

この時代は文書一般を運ぶようになっている。

手紙の重要度や厳封度は、手紙を固く巻くひもの色によって識別される。


密書鳩は、手紙の本文を読むことはできないはずなのに、

送り手に命じられたように、宛先人のところを訪ねて行ける能力を持っている。

そのため、王国内の主要な通信手段の一つとして、重宝されている。



ミムラさんは、鳩を右腕にちょこんと乗せて、脚に装着された小さな筒を開け、

固く巻かれた紙を中から引っ張り出した。

(へえ、左利きなんだ)

僕は思った。

ミムラさんは、窓際に置かれた鳩の餌を手のひらに乗せ、鳩についばませる。

そして、鳩に顔を近づけ、くちばしにキスをして微笑む。

と、鳩は羽をひろげ、窓から外へ飛び去った。


ミムラさんは窓を閉め、巻き紐を解き、

密書をひろげてじっと読んでいたが、僕に近づいてきて、

「ドイさん宛でした」

言いながら僕に渡してきた。

僕は、くるんと内側に巻いているその密書を受け取った。





マドカ8世歴5年 詩月1日




摂政令達(任官)書




コウ・ドイ



王国近衛部領内巡察課怪物係主査を命ずる

エノ島詰所長補佐官を命ずる(兼務)



(任務の内容)

迷宮内の探索に関すること

未確認幻獣等の奉送に関すること

怪物係員室(エノ島詰所内)の庶務、経理および人事に関すること

エノ島詰所所長の補佐一般に関すること

以上



カニャガーウァ王国摂政付

院内部人事課長

タイラ・タイラノ




席に戻ってミムラさんは僕の方を向くと、

「ドイさん……っていうか、ここの席にいる人、偉かったんですね」

と言った。

「へ?」

僕はけげんな顔をした。

ここの、と言うのは、僕が座っている席を指しているようだ。

「えっと。なんで、そう思ったの」

「そこに、「人事」って書いてありました。係の中の人事やるって」

えーっそうなんだ、感心したふうな声を岡野さんがだす、

「じゃあもしかしてクロイワさんも偉かったんだ!

クロイワさん、でも、「偉いオーラ」みたいの、なかったよねえ」

タダノさんが言うと、

「あはは、もうぜんぜんでしたねー!」

とミムラさんが笑った。



この時。

僕の心の中では、様々な感情が去来しては消え、

それらのバトルが進むにまかせていた。

(マンガでよくある、心の天使と悪魔が諍う的アレだ。)



言おうか、言うまいか……。


言って得られるべきことと、言って買う反感とは見合うか……。


見合わないにしろ、言うべきではないのか……。


しかし今日は初日だぞ、初日からこれ、あまりに印象悪くないか……。


そこをあえて言うってのなら、さて、どう伝える……。





「あーっと……」

僕は、目の前の空中に、言葉をはきだす。


言い始めているのに、まだ迷いつつも。


「あのね、ごめんなんだけど……」、椅子を回し、座ったままでミムラさんに体を向けて、

「ミムラさんは、さっきの紐って、なに色だったか見ましたか?」


鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をミムラさんはして、

「ひも……ですか?」

「そう、密書の。巻いてた、ひも」

「ああ、そのときに捨てましたね」

捨てましたね、じゃねーえだろ!と内心毒づきながら、

僕は立ち、窓辺に行くと、ゴミ箱から朱色の紐をつまみ上げた。


「この色で巻いてある密書は、いちおう個人向けの、親展密書ってのかな、

つまり、他の人は開けないようにってしるしでもって、送られた密書なんだ」




沈黙。




2秒。




3秒。





「そうですよね、個人向けですよね」、タダノさんが割り込んだ。

「だいぶ前に、いつ頃か忘れましたけど、クロイワさんが決めたんです、

オレ宛ての親展は開けちゃっていいよ、めんどくさいからって。

私たちは、それに慣れてて……」

「ああ、そうでしたか」、僕は声のトーンを通常寄りに一段、落とす。

「前のクロイワさんは」、ミムラさんが低い声で言う、

「そういうの、うるさいことじゃないですけど、一切言わなかったんで。

はっきり言って、それより、もっと開けちゃまずそうなのも含めて、

私たち、見させてもらってました」

「そんな感じだったかもねえ」とタダノさん。

二人の言葉にはどこか棘というか、僕への当てつけが含まれていた。

共同戦線がここに貼られた感じだ、「vs 僕」の。



「なるほど、そうだったんですね。だったら、開けますよね。

で、とりあえず、ちょっと変更で申し訳ないんですが、

しばらくの間、ルールどおりの方に、戻させてくれませんか。

ということで、僕あて進展は一応、封をしたまま、渡してくださいね」


僕は二人に伝えた。



そして、ひとつ息を吸い込んで吐き出すと、言い放った、


「もういっこ、ごめんね、さっき、鳩にキスしてたんだけど。

……あれ、ちょっと、やめたほうがいい」



ミムラさんは、



えっ……?



と、固まった。




ぼくは、自分に言い聞かせていた、


もう、最初のやりとりで、気まずいのは確定だ。

だったら迷わずに伝えてしまえ。

僕は正しいことを言うだけなんだから。

ドイよ、心を強く持て、そして前進を続けるんだ!

怪物の住む暗がりに入って行く時よりも、

迷宮の開けていない扉の奥へ踏み込む時よりも、

心が強くなければ。



「以前、近衛隊のある小隊が、つぎつぎと病気を訴え、そのうちひとりが死亡した事件があった。

葬儀を執り行った黄砂供養師こうさくようしの連中が、医術で死者や病人を調べた、

すると、どうも鳥から人へ病が入り込み、広がったらしいことがわかった。



死んだ男は、軍用鳩使いだった。鳩への愛情が深く、いつも鳩にキスしてたそうだ。



この事件以降、お触れが出た。

鳩や鶏、ナナイロウズラのような身近な鳥に、口をつけたりは避けるように、ってね」



黙って聞いていたミムラさんが口を開いた。




「ごめんなさい、私それ、まったく聞いたことありません」




「え、そうか。君が入るよりも前の話かもしれないけど」


ミムラさんが王国の官吏として採用されたのは3年前だった。


「タダノさんは、その話、聞いたことありますか?」

ミムラさんがタダノさんを向いた。


「えっ…… ちょっと、私だと、わかんないかなあ」

私アルバイトで責任ないから、そう言いたげな口ぶりだ。


「だいいち、クロイワさんも、ずっと見てて、何も言わなかったですよ」、

ミムラさんの弁明は続いた。


「それはそうかもね。クロイワさんがそのお触れを見ていれば、

多分言うでしょうしねえ……」

タダノさんが同調した。



ちょっと待てよ、勘弁してよ……、と僕は思う。

クロイワさんがなんで注意しなかったのかなんて、知らんがな、だよ。

お触れを知ってても君に面と向かって注意できなかったか、

それか文書を見落としてて知らないか、とかじゃないの?


なにげなく正面のクロイワさんをにらむ。

すると、クロイワさんが、目をそらす。石なのに。……んなわけないか。




(まあ少なくとも)このとき、僕にわかったことがあった。


(クロイワさんのやったこと、あるいは、やらなかったことの方が、今の僕が言うどんなことより、

ふたりにとっては、ずっと意味があって、ずっとよりどころになる。

まあ、そういうことなんだろうな。)





僕は、言葉を選びながら、こう伝えた。

「僕も、そう言われると、あれっ本当だったかな、という気持ちになってきました。

僕に記憶が確かなら、事件があったのは4年前。4年前に来た文書の束を見返せば、きっとあると思います。」

するとタダノさんが、

「文書を綴るのは、私の仕事なんですね。だけど、おかしいな、記憶にないんですよね」


さあて、これは厄介なことになったぞ、と僕は思った。

もし文書が見つからなかったら、僕は初日から面目丸つぶれだ。

でもまあ、百歩譲って、それはいいとしよう。

もし文書が見つかったとしても、タダノさんのプライドを損なうことになる。

そうなったら、この先、とっても、やりにくそうだよなあ……。




イオキベ詰所長が部屋に入ってきた。

唐突に、何の前触れもなく。

「あ。詰所長」、タダノさんが僕の後ろに目をやり、呼びかけた。

僕が振り向くと、詰所長はこう言った、






「ドイっちさ。ちょっと、散歩行こ」



「あ。はい……」



僕はよくわからないまま、彼について部屋を出た。


いきなりイオキベ詰所長が来たとか、ドイっちって突然呼ばれちゃうとか、

いろいろとなんのこっちゃよくわからないが、

「そうすることが一番いいような」と直感したからだった。

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