詩月1日 〜勤務初日〜
ガラガラッ
横開きの扉を開け、僕が部屋に入っていくと、ミムラさんとタダノさんがすっと会話をやめた。
何かもっともらしいしかめ面で、それぞれ、書類に向かい合う。
その様子をながめつつ、あくまでそ知らぬそぶりでもって、
「戻りましたあー」
と僕は言い、
「おかえりなさーい」
と二人が返す。
僕は思う。
流れるように自然な、会話から「書類を見ている」への移行……。
見事と言うほかないな。惚れ惚れするほど洗練されている。
2人は、相当手練のテクニシャンだな。
職場女子のたしなみであるコソ話の。
この日、僕は勤務初日だった。
朝、出勤して、まずは詰所長に挨拶した。
詰所長は名をイオキベといって、60手前ぐらいに見える男だった。
それから、全体ミーティングで前に立ち、詰所の人々に挨拶を済ませる。
「ただいま紹介をいただきました、怪物係の、ドイ、と申します。
前任のクロイワさんは、誰からも愛される素晴らしいキャラクターの方であったと伺いました。
ですので、私も、少しでもクロイワさんにあやかれるよう、日々精進して参りたいと考えております。
まずは、一日も早く新しい仕事に慣れ、皆様の足を引っ張ることがないよう、心がけて参る所存です。
みなさま、どうぞよろしくお願いいたします!」
(拍手)
そして怪物係員室に案内され、ミムラさんとタダノさんに改めて挨拶をし、
新しく来た人だけで詰所内を見て回り、その後自席で書類に目を通したりしていたら、
もう、あっという間に昼になった。
昼、他係の男の職員たちからランチに誘われたので、行くことにした。
係内でランチに行ったりするだろうか、と、勝手がわからないなりに心の準備はしていたのだが、
女性二人は、部屋で、持ってきた弁当を食べるようだった。
で、ランチが終わって、この部屋に戻ってきたところだった。
(まあ大方、俺の品定めでもしてたんだろうけどさ……。
「ちょっと誰それに似てる」とか、「キレたら怖そうじゃないですか?」とか、「今にして思うと、前任の人のほうがだんぜん良かったよね!」とかの、アレ。
会ったばかりで全然見当もつかない中、外見やら印象オンリーでもって、好き勝手にやってくれちゃうアレだ……。)
僕の心の壁に、小さな黒い染みが生まれ、ゆっくりジリジリ不吉模様に、ひろがりはじめる。
「そういうもんですよね~余裕ッスよ」的強がりで、僕はそれを塗り込める。
なにくわぬ表情で、僕は部屋に入っていく。
ところで、ここの詰所の構造的な説明をする。
詰所は、5階建ての塔になっていて、僕たちがいる怪物係員室は2階にある。
部屋には机が4つあって、「田」の字の形に置かれており、
入り口に近い方の2つに、ミムラさんとタダノさんが向かい合って座っている。
窓に近い方の席に、僕が座っていて、向かいにはクロイワさんが置いてある。
……そう。置いてあるのだ、
石になったクロイワさんが、机に立てかけられている。
なんか、僕が座っていてふと顔上げると、たまに目があってしまう。
2週間前。
迷宮入口付近で、石化しているクロイワさんが発見された。
小太りで、唇がポテッと厚く、子犬のようにつぶらな瞳のおっさんの、見事な石像がそこにあった。
その事件が起きたのは、産月初旬だった。
王国の人事担当は、残す一か月については、ミムラさんとタダノさん2人体制に、イオキベ詰所長がサポートに入る形でなんとか回させ、詩月1日のタイミングで、クロイワさんの後任として、僕を配属した。
さて、クロイワさんは独身で、彼の(彼だった)石の引き取り手はいなかった。
事件の後処理でここ詰所を訪れた者たちは、他にどうする方法もなくて、
とりあえず、彼が使っていた机上に、彼を置いた。
机上に、斜めに、クロイワさんは置かれた。
その後何日か、クロイワさんは置かれた日のまま、そこに横たえられていたようだ。
だが、ある日ー結構最近のことー、クロイワさんは命を失いかけた。
朝、お掃除のおばさんが机を拭いていて、細心の注意を払いつつ彼の上半身をかたむけた時、
ドガシャアアアーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!
の物凄い音とともに、
クロイワさんが落ちた、机から床に。
仮眠室にいた係員が現場に急行すると、お掃除のおばさんが必死の形相で部屋から出てきたのとすれ違い、
さらに室内に入って、係員は見つけた、
クロイワさんの両足がぽっきり折れているのを。
さてその後、ミムラさんやイオキベ詰所長が努力してみたが、足はうまいことくっつかなかった。
今、クロイワさんは、彼の机と椅子の間に立てかけられていた。
両ひざから下は、椅子の座面に置いてある。
はじめ、イオキベ詰所長が、元の通りクロイワさんを机の上に置いておいたのだが、
数日後にタダノさんが、
「わたし、やっぱりダメ、両足もげたクロイワさんの石像見てるの、かわいそう!」
と主張し、ミムラさんが抱えて立てかけたそうだ。
要は、タダノさん的に、そんな石像、日がな見てるの気持ち悪いじゃない!
ってことらしいんだけれどもな......。
席で、引き続き書類に目を通していると、タダノさんが笑顔で僕に、
「どうでしたか、お昼。 みんなとどんなこと話されるんですか?」
僕はそれに答えて、
「や、特には……。まあ楽しくやりましょうとか、あと、前の方はずうっとラッキー続きだったけど、最後でアンラッキーだったねえ、とか、そういうことを言われました」
前の方、というのは、もちろん、僕の前任の (今、石化中の)クロイワさんだ。
彼の3年11ヶ月の在任中、一度も、迷宮深くまで探索に行くような経験は、しなくてすんだらしいのだ(その間、怪物が出なかったということなのだろうか。そこのところの詳しいことは、その時の僕にはわかっていなかった)。
だが、もうすぐ晴れてこの詰所から異動というこの産月になって、石になって発見されたのだから、アンラッキーもいいとこだ、と。
もっとも……男どもと話したのは、実は、それだけじゃなかった。
二人にちょっと言えないことが含まれている、
例えば隣の係の若い兄ちゃんは、焼き魚を食べながらこう言ってた、
ミムラ。
あいつは、ただの世間知らずっすよ。
きれいだけど。
鼻っ柱、超強くって。
まあ普通に言って、扱いづらい女っすよ。
ほんともう残念としかいいようがないかんじの。
例えば隣の係のおっちゃんは、粘豆をわっしゃわしゃかき混ぜながら、こう言ってた、
やっこさんよう。おぼえときな。
タダノさんは、ただのバイトじゃない。
この詰所のことを誰より知りぬいてる、陰の実力者だ。
あのおばさんに嫌われてみろ、こりゃあ、やりにくいぞ。
その後1時間あまり、僕ら3人は自己紹介だったり詰所内外の話などしながら、
まあ平和に、和やかに、過ごしていた。
あいつが訪れるまでは。
たしか、あれは獣余時50分ごろだったと思う。
少ししたらおやつにしましょうか、とタダノさんが言った、ちょっと後の出来事だった。
窓の方から、
コツコツ、コツコツ
と音がした。
と思った瞬間、ミムラさんがものすごいスピードで、バッ!と立ち上がったんだ......。




