お笑い連邦大学魔法研究所、到着
老人に案内され、一行は森の奥深くにある、古びた研究所に到着した。研究所の中には、すでに4人の人物が待っていた。
『……揃ったか』
老人が、静かに口を開いた。
『わしの名は、タケ。本名は北タケという。聖魔法の修行者であり……世界で唯一の「細かすぎて伝わらない物まね」の使い手だ』
タケは、金色の兜の鍔を、軽く指で弾いた。その下から覗く、あの濃い太眉が、ぐっと動いた。
「……物まね?」
タケは、何も言わず、急に変な動きを始めた。両手を妙な形に曲げ、片足を上げ、目を細める。
「……何してるんですか?」
『……「コンビニのレジで、ちょうど10円足りなくて、店員と気まずくなった瞬間の、店員の手の動き」じゃ』
「……全然、わかんない」
『そうじゃろう。誰にも伝わらん。それが、「細かすぎて伝わらない物まね」の極意じゃ』
クラスメートたちは、困惑した表情を浮かべた。
『……だが、この技、実は重要な意味を持つ。「誰も気づかない、些細な違和感」を捉える観察力――それこそが、笑界のモンスターと対峙する上で、最も重要な能力なのだ』
長介は、ふと、これまでの戦いを思い出した。ギャグボンバーとの戦いでも、最初は「面白い」と感じてしまいそうになったクラスメートたちの中で、自分だけが「二回目は同じネタ」という些細な違和感に気づけた。タケの言う「誰も気づかない違和感を捉える力」は、すでに自分の中にあったのだ。
「……確かに……」
タケは、満足げに頷いた。
『……では、次は、お前たちじゃ』
タケが、4人の指導者を紹介していく。
### 水魔法の教官・滝川
『……俺は、滝川。水魔法の教官をしている』
滝川は、淡々とした表情で、自己紹介した。
『……だが、俺の本職は、こっちだ』
滝川は、座布団に正座すると、おもむろに、扇子を取り出した。
『……えー、本日はお忙しい中、お集まりいただきまして……』
滝川は、突然、落語を始めた。クラスメートたちは、何が起きているのか理解できず、ただ見つめていた。
『……「まんじゅう怖い」って噺、知ってるか?』
「……知らないです」
『……長屋の連中が、ある男に「怖いものは何だ」って聞くんだ。男は「まんじゅうが怖い」って言う。それで、みんなで、男を怖がらせようと、まんじゅうをたくさん持ってくる』
「……それで?」
『……男は、まんじゅうを見て「ああ、怖い、怖い」って言いながら、実は、嬉しそうに、まんじゅうを食べていく』
「……それ、どういう話なんですか?」
滝川は、ゆっくりと、扇子を閉じた。
『……最後に、長屋の連中が聞くんだ。「お前、本当は何が怖いんだ?」って』
『……男は答える。「今度は、濃い茶が一杯怖い」』
クラスメートたちは、しばらく、無言だった。
「……それだけ、ですか?」
『……それだけだ。これが「オチ」だ』
滝川は、立ち上がった。
『……お前ら、笑界のモンスターと戦ってきて、何か気づいたことはないか?』
長介は、考えた。
「……モンスターたち、それぞれ、何かの『型』を持ってました。誇張、自虐、矛盾……」
『……その「型」には、必ず「オチ」が存在する。型が崩れる瞬間、矛盾が露呈する瞬間――それが「オチ」だ』
『……お前らがやってきたことは、結果的に、モンスターたちの「オチ」を、見つけ出していたんだ』
長介は、ハッとした。ギャグボンバーの「二回目以降は効かない」という崩れ方、クーデターミミックの「欲がない者には届かない」という限界――それぞれに「オチ」があった。
『……「オチ」を見つける視点。それが、俺が教えられることだ』
### 火魔法の教授・尾崎、通称「おっさー」
次に、一人の中年男性が、前に出てきた。スーツ姿だが、どこかくたびれた様子で、目の下にはクマがある。
『……どうも。火魔法の教授、尾崎です。みんなからは「おっさー」って呼ばれてます』
「……おっさー?」
『……昔、ピン芸人やってたとき、舞台に出てくるたびに、客席から「おっさんだー」って言われてたんですよ。それが、いつの間にか「おっさー」って略されて』
「……それ、いいんですか?」
『……いいんですよ。むしろ、それで覚えてもらえたから』
おっさーは、苦笑しながら続けた。
『……俺、20年間、ピン芸人やってたんですけど……正直、全然売れなかったんです』
「……そうなんですか」
『……でも、20年間、毎日、舞台に立ち続けた。どんなにスベっても、次の日も、舞台に立つ』
おっさーは、何かを思い出すような表情を見せた。
『……お前ら、ここまで来るまでに、色々なタイプと戦ってきたんだろ?』
「はい」
『……誇張するやつ、自虐するやつ……どの世界にも、いるんですよ』
「……どういうことですか?」
『……誇張するやつ、自虐するやつ……みんな、根っこは同じです。「自分を、どう見せるか」に、必死なんです』
『……そういう奴らに対して、必要なのは、論破じゃない。「お前のままで、大丈夫だよ」って、伝えることです』
長介は、研究所でおっさーから学んだ「肯定の力」を思い出した。論破では逆効果で、肯定によって自虐のスパイラルが止まることを、すでに知っていた。
『……俺は、20年間、誰にも認められなかった。でも、ある日、一人の客に「おっさーさんのネタ、好きです」って言われたんです』
『……それだけで、続けられたんです』
おっさーは、長介を見つめた。
『……お前らが、これから出会う敵にも、きっと、そういう奴がいる。「認めてくれる誰か」を、待ってる奴が』
「……肯定の力、ですね」
『……そうです』
### 風魔法の師匠・嵐山と土魔法の師範・岩田
最後に、二人の老人が、並んで前に出てきた。一人は痩せた長身、もう一人は小太りで、どちらも、修行僧のような服装をしている。
『……我々は、嵐山と岩田。風と土の師匠じゃ』
『……長年、チベットの山で、修行をしておった』
「……修行、って、魔法のですか?」
『……いや』
嵐山が、静かに答えた。
『……コントと、漫才の修行じゃ』
「……山で、コントと漫才……?」
『……山には、誰もおらん。観客もおらん。だが、我々は、毎日、ネタを作り、披露し合った』
岩田が、続けた。
『……誰もいない山で、漫才をやる、ということは……「相方の反応」だけが、全てになる』
『……嵐山が、ボケる。わしが、ツッコむ。それを、何百年(?)も、繰り返した』
「……何百年?」
『……いや、何十年じゃ。山の上だと、時間の感覚が、おかしくなる』
クラスメートたちは、思わず笑いそうになった。
『……ほっほっほ。今、ちょっと、面白いと思ったじゃろう?』
「……えっと……」
『……それでいい。それが、「ノリとツッコミ」じゃ』
嵐山が、説明を続けた。
『……ボケと、ツッコミ。それは、単なる「役割」ではない。「相手が何を求めているか」を、瞬時に察知する、コミュニケーションの技術じゃ』
長介は、嵐山と岩田から学んだ「間を読む」感覚を思い出した。相手が「何を伝えたいか」を、丁寧に確認するプロセスが、コミュニケーションの鍵だと知っていた。
岩田が、続けた。
『……漫才には、「間」がある。喋るタイミング、黙るタイミング……その「間」を、外すと、笑いは生まれん』
『……お前たちが、これから出会う敵にも、「間」が合わない奴、「噛み合わない」奴が、おるじゃろう』
「……見た目と中身が違うタイプとか……」
『……そういう奴には、「間」を合わせてやることが、何よりの攻略法じゃ』




