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あなたの知らないお笑いの世界  作者: 伝説の男前


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20/21

氷結の魔女

謁見の間に、静寂が訪れた。観客のモンスターたちは、しばらく、何が起きたのか理解できないような表情で、立ち尽くしていた。


『……出河様が……倒された……』

『……ど、どうしよう……』


クラスメートたちは、息を切らしながら、互いに顔を見合わせた。


「……勝った……のか……?」


「魔王、倒した……よな……?」


長介は、ステータス画面を確認した。


```

魔王討伐:完了

世界の状況:激変

警告:封印機構、解除を検出

```


「……『世界の状況、激変』……?」


「……どういうこと?」


長介は、不安な予感を覚えた。


謁見の間の窓の外を見ると、これまで世界を満たしていた虹色の発光が、急速に失われていく。代わりに、地平線の彼方から、青白く凍りついたような光が、ゆっくりと広がってきていた。


「……なんだ、あの光……」


『……まさか……』


倒れていた出河が、震える声で呟いた。


『……出河様!?』


観客のモンスターたちが、ざわめく。


『……魔王というのは……本来、この世界の「笑気バランス」を保つための、最後の防波堤だったんだ……』


「……防波堤……?」


『……魔王が倒れたことで……世界のどこかに封印されていた、最悪の存在の、封印が……解かれてしまった……』


出河は、苦しそうに、言葉を続けた。


『……史上最強・最悪……「氷結の魔女」……』


「……氷結の魔女……?」


```

新たな脅威を検出:氷結の魔女

種別:不明(封印級)

警告:接近を検出。推定到達時間:極めて短い

```


「……こっちに、向かってきてる……!?」


長介たちが身構える間もなく、謁見の間の扉が、音もなく、凍りついていく。扉の表面に、びっしりと霜が広がり、ガラスのように白く曇っていく。


『……来た……』


出河が、震える声で言った。


扉の向こうから、ゆっくりと、一人の女性が姿を現した。


雪のように白い肌、長い黒髪、纏っているのは、上品な和服。一見すれば、絶世の美女――雪女のような、幽玄な雰囲気を纏っている。


しかし、その手には、なぜか――使い古された一本のマイクが握られていた。


『……えー、皆さん、こんにちは……氷結の魔女と呼ばれております、雪乃(ゆきの)と申します……』


魔女は、深々と、お辞儀をした。


『……今日は、ちょっと、聞いてやってください……最近、こおりついた話で……』


その瞬間――。


謁見の間の空気が、一気に、凍りついた。


「……っ……さ、寒い……!」


「な、なんだ、これ……!」


クラスメートたちの体が、見る間に、表面から凍り始める。観客のモンスターたちも、悲鳴を上げる間もなく、次々と、氷の像のように固まっていく。


```

警告:笑気濃度、急激に低下

警告:全身凍結進行中

```


「……笑気が……下がってる……!?」


これまで、世界は「笑いすぎて死ぬ」という脅威に満ちていた。だが、この魔女は、真逆だった。彼女の「ネタ」――おそらく、本人としては全力の漫談なのだろう――は、あまりにも面白くなく、あまりにも寒く、聞いている者の心も、体も、芯から凍りつかせてしまう。


『……えー、続けます……先日、コンビニに行ったんですけど……』


魔女が、淡々と、話し続ける。


その一言一言が、まるで、冷気の刃のように、空間を凍らせていく。


「……ぐ……動け……ない……」


長介の体も、徐々に、感覚が失われていく。指先から、足元から、氷が這い上がってくる。


(……これは……まずい……)


長介は、これまでのモンスターとの戦いを思い出した。誇張、反復、自虐、誤解、ギャップ、風刺、矛盾――それぞれに「型」があり、それぞれに「対応」があった。


しかし、この魔女には、それが見当たらない。彼女は、誰かを攻撃しようとしているわけではない。ただ、ひたすら、つまらない話を――本人としては、おそらく心を込めて――話し続けているだけだった。


『……それで、店員さんに、「ポイントカードはお持ちですか」って聞かれたんですけど……』


(……これ、口プロレスも、肯定も、間も……何も、効かない……)


長介の視界が、白く、染まっていく。


(……このまま……みんな、凍って……)


長介の心臓が、ゆっくりと、止まりかけていた。


そのとき――。


謁見の間の、遥か遠く。窓の外、もう何キロも離れた草原のあたりから、かすかに、声が聞こえた。


「……くす」


それは、本当に、小さな――誰かが、思わず漏らしてしまった、というような、ごく短い笑い声だった。


その瞬間、長介の中で、何かが、わずかに、緩んだ。


(……今……笑った……?)


長介は、凍りつきかけた意識の中で、必死に、その小さな笑い声の方向に、思考を向けた。


(……あの声……知ってる……)


長介の脳裏に、緑色の、間の抜けた笑顔のような模様を浮かべた、あのスライムの姿が浮かんだ。


(……ボケスライム……お前、今……俺たちのこと、何も知らずに……どこかで……笑ったのか……?)


その「クスッ」という、たった一度の、誰のためでもない、誰に向けたものでもない、ただの笑い――それが、凍りついていた長介の心臓に、わずかな「温度」を、取り戻させた。


「……っ……」


長介の指先が、わずかに、動いた。


『……あら?』


魔女が、初めて、長介に視線を向けた。


『……あなた、まだ、動けるんですか……?私の話、面白くなかったですか……?』


魔女の声には、悪意はなかった。むしろ、どこか、寂しそうな響きがあった。


「……いや……」


長介は、震える声で、答えた。


「……面白くない、っていうか……寒すぎて、それ以前の問題、っていうか……」


『……そう、ですか……すみません……私、昔から、つまらないって、言われ続けてきて……でも、やめられなくて……』


魔女は、続けて、別のネタを話そうとした。


『……えー、では、次は……』


長介は、その瞬間、ある「ひらめき」を得た。


(……このネタ、止められないなら……俺が、ツッコめばいいんだ)


長介は、ボケスライムの「クスッ」が解凍してくれた、わずかな体の自由を使い、震える唇を、何とか動かした。


「……あの、ちょっといいですか」


『……はい……?』


「コンビニの話、ですよね。ポイントカード持ってますかって聞かれて」


『……はい……』


「それで、お持ちじゃなかったんですよね?」


『……はい……持ってなくて……「いえ、持ってないです」って……答えました……』


「……それ、お辞儀のタイミング、ちょっと早かったですよね?さっき、話し始める前に、もうお辞儀してましたけど」


『……え?』


「あと、さっきから、ずっと、マイクの持ち方、左右逆ですよ。それ、わざとですか?」


『……え、え……?』


魔女が、初めて、狼狽したような表情を見せた。


長介は、これまでの旅で培ってきた「観察力」を、全力で発動させていた。タケの「細かすぎる物まね」――誰も気づかない、些細な違和感を捉える力。それを、今、この魔女自身の「ネタ」に向けていた。


「あと、『えー』っていう、その口癖、さっきから、7回、言ってますよね。数えてました」


『……7、7回……?そんな、数えないで……』


「あと、さっき、『コンビニに行ったんですけど』って言ったあと、一回、深呼吸してましたよね。あれ、緊張してます?」


『……し、してます……いつも、緊張するんです……』


魔女の体から、わずかに、冷気が緩んでいくのが、長介には感じられた。


「ちなみに、その和服、すごく綺麗ですけど……ネタやるとき、いつもその格好なんですか?」


『……は、はい……一張羅で……でも、これ、実は、ちょっと、裾、踏んでて……さっきから、歩きにくくて……』


「……それ、ネタにすればいいのに」


『……ネタに……?』


「『この格好、綺麗に見えるけど、実は裾踏んで、めちゃ歩きにくいんです』って言えば、それ、ちょっと面白いと思いますけど」


『………………』


魔女は、しばらく、長介を見つめていた。


その間に、クラスメートたちの体を覆っていた氷が、少しずつ、溶け始めていた。


「……長介……動けるように、なってきた……」


「……魔女の、冷気が……弱まってる……?」


長介は、続けた。


「あと、最初の『えー、皆さん、こんにちは』のとき、お辞儀、深すぎませんか?ネタ始める前に、そんな丁寧にお辞儀する人、初めて見ました」


『……丁寧、ですか……?』


「うん。あと、声、ちょっと震えてましたよね。緊張してます、って、もう自分で言っちゃってますけど」


『……あ……』


魔女は、自分の手――マイクを持つ手が、わずかに震えていることに、初めて気づいたようだった。


「……あなた……私の、ネタの『ツッコミどころ』……全部、見つけてる……?」


「はい。さっきから、ずっと」


『……今まで……誰も……私のネタに、ツッコんでくれたこと、なかった……みんな、ただ、凍っていくだけで……』


魔女の声が、わずかに、揺れた。


『……私……本当は……ツッコミ、欲しかったんです……』


長介は、静かに、答えた。


「じゃあ、もう一回、やってみてください。今度は、俺が、ちゃんとツッコみます」


『……本当に……いいんですか……?』


「はい」


魔女は、深呼吸をした(今度は、本当に、緊張をほぐすための、深呼吸だった)。


『……えー……では……改めまして……』


魔女は、マイクを――今度は、正しい向きに持ち直した。


『……先日、コンビニに行ったんですけど……ポイントカード、持ってますかって、聞かれて……』


「うん」


『……「持ってないです」って、答えたんですけど……』


「うん」


『……その後……「ポイントカード、お作りになりますか」って、聞かれて……』


「うん」


『……断るタイミング、わからなくて……結局、作っちゃいました……今、ポイントカード、3枚持ってます……』


「……3枚って、多すぎますよね。断れない人が、なんで3枚も持ってるんですか」


『……断れない人だから、3枚、持ってるんです……』


「いや、それ、矛盾してますよ」


『……矛盾してるのに……断れないから……増えるんです……』


長介は、思わず、わずかに――笑気耐性の範囲内で――口角を上げた。


「……それ、ちょっと、面白いですね」


『……ほ、本当ですか……?』


その瞬間――。


謁見の間に満ちていた氷が、一気に、輝きながら、溶けていった。凍りついていたクラスメートたちが、次々と、自由を取り戻す。


「……うわ、動ける!」


「な、なんだ、今の……!」


魔女の体からも、これまでの冷気が、すっかり消えていた。代わりに、その表情には――初めて、誰かに「面白い」と言われた、純粋な喜びが浮かんでいた。


『……私……初めて……「面白い」って、言ってもらえました……』


魔女は、目に、涙を浮かべていた。


『……ずっと……つまらないって、言われ続けて……それで、悲しくて……気づいたら、周りが、凍ってて……』


「……そうだったんですね」


『……でも……今……ちゃんと、ツッコんでもらえて……自分のネタが、ちゃんと「成立」したのが……初めて、わかりました……』


```

氷結の魔女「雪乃」:討伐成功

備考:乗りツッコミにより、ネタが「成立」。大爆笑により呪縛が解除

```


「……『大爆笑により呪縛が解除』……?」


長介が読み上げた、その直後――。


『……うふ……うふふ……あはははは!!』


魔女が、突然、大きく笑い出した。


「……え?」


『……自分の話、自分で聞いて、思ったんですけど……ポイントカード3枚って……本当に、何やってるんですかね、私……あはははは!』


魔女の笑い声は、これまでの「冷気」とは正反対に、暖かい光を放っていた。その光は、謁見の間全体、そして、窓の外、世界全体に、優しく広がっていく。


謁見の間の窓から見える景色――先ほどまで、青白い冷気に覆われていた地平線が、少しずつ、元の色を取り戻していく。


```

世界笑気濃度:正常値に回復

備考:「氷結の魔女」討伐により、世界の笑気バランスが安定

```


「……世界が……戻った……?」


「うん……あの魔女の笑い声が、世界中に、広がっていった……」


魔女は、笑いながら、深々と、頭を下げた。


『……ありがとう、ございました……私……これから、もっと、頑張って……ネタ、磨きます……今度は、つまらなくて凍らせるんじゃなくて……面白くて、笑ってもらえるように……』


「……はい。期待してます」


長介は、静かに、頷いた。


そのとき、長介は、ふと、窓の外の、遥か遠くの草原に視線を向けた。


そこには、相変わらず、何も知らない様子で、ぽよぽよと跳ねている、緑色の小さな影が見えた。


(……お前……さっき……何が起きたか、全然、わかってないんだろうな……)


(……ただ、なんとなく……「クスッ」て、笑っただけ、なんだろうな……)


長介は、小さく、笑った。


「……ありがとな」


その声は、遠いボケスライムには、もちろん、届かなかった。


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