ギャグボンバーとの戦い
一夜が明けた。長介たちは草原の真ん中に焚き火を作り、簡易キャンプを組んでいた。幸い、笑気中毒から回復した生徒たちは元気を取り戻していたが、誰もが不安げな表情を浮かべている。
「とりあえず、笑わないように気をつけよう。みんな、面白いこと言うの禁止な」
長介がそう告げると、クラスのムードメーカーである男子・坂本が苦笑した。
「無理だろそれ。俺たち、しょっちゅう誰かのギャグで笑ってんのに」
「だから、気をつけるしかないんだよ」
そのとき、草原の向こうから、奇妙な気配が近づいてきた。身長2メートルほどの、丸々としたピンク色の物体。表面には顔のようなものが描かれており、手にはマイクを持っている。
『ヒュー!見てくれよこいつら!新入りじゃないか!』
その生物――モンスター図鑑によれば「ギャグボンバー」――は、唐突にネタを始めた。
『俺の名前はギャグボンバー!なんでかって?
俺が現れると…ボンバーッ!って具合に、お前らの腹筋が爆発するからさ!
あ、それと俺、最近彼女にフラれてさ!理由?
「あなたといると、お腹が痛くなる」だって!
そりゃそうだよ、俺、ギャグボンバーだもん!』
その瞬間――。
「ふ、ふふ……」
クラスメートの数名が、こらえきれずに笑い始めた。最初は小さな笑い声だったが、瞬く間に伝播し、笑いの渦が広がっていく。
「だ、ダメだ…笑っちゃ……ふふっ……」
「あはは!なんかこのネタ、ツボに入っ……あはははは!」
長介は唯一、笑気耐性のおかげで平然としていた。だが、笑い始めたクラスメートたちは止まらない。腹筋が痙攣し、顎が小刻みに震え始めている。
「みんな!深呼吸して!笑っちゃダメだ!」
長介の声は届かない。一度発動した笑気中毒は、自力では止められないらしい。
『おっ、ウケてるウケてる!じゃあもう一発!
俺の必殺ギャグ――聞いてくれ!
「最近、地球が回ってるって聞いてビビった!俺、ずっと座ってるだけなのに、めっちゃ移動してるってことじゃん!」』
「あはははは!!!」「だめ、おなか、おなかが……!」「息が……できな……!」
数名のクラスメートが、笑いながら倒れていく。顎が完全に外れ、目には涙、表情は笑顔のまま、呼吸が止まっていく。
「やめろ!!」
長介は叫んだが、ギャグボンバーは満足げに笑っていた。
『はっはっは!俺のギャグは一発で十分なんだよ!何度も聞かせる必要なんてない!』
そのとき、長介は気づいた。ステータス画面に表示された「特殊技能:口プロレス」の文字。直感的に、それを発動させてみる。
「お、お前さ…」
長介はギャグボンバーに向かって、低い声で語りかけた。
「そのネタ、さっき聞いたんだけど」
『な、なんだと!?』
「彼女にフラれた話も、地球が回ってる話も……もう聞いた。同じネタ、二回言うタイプ?」
ギャグボンバーの顔色が変わった。
『そ、そんなことは……俺のギャグは何度聞いても面白い…はずだ……』
「いや、一回目ですら微妙だったよ」
『なん…だと……!?』
口プロレスとは、相手の自信や勢いを、言葉だけで切り崩す技術だった。長介の冷静な指摘が、ギャグボンバーの「自分のギャグは無敵」という自己評価を直撃する。
『う、うるさい!もう一回聞かせてやる!俺のギャグは――』
「同じネタでしょ、それ」
『ぐ、ぐああああ!!!』
二度目のギャグを口にした瞬間、ギャグボンバーの体が内側から崩れ始めた。「二回目以降は誰も笑わない」という設定が、ギャグボンバー自身にブーメランのように突き刺さったのだ。一発ギャグ系モンスターは、自分のギャグの「賞味期限切れ」によって自爆するように消滅していった。
戦いが終わったあと、長介は倒れたクラスメートたちのもとへ駆け寄った。坂本含む数名は、笑い顔のまま、息をしていなかった。
「……坂本……」
長介は、初めて「同級生の死」を目の当たりにした。涙すら出ない。笑界では、笑いすぎて死ぬ。それが、この世界の現実だった。
残されたクラスメートたちは、亡くなった仲間を丁寧に埋葬し、しばらく無言のまま、その場に立ち尽くしていた。
「……これから、絶対に気をつけよう。誰のギャグにも、簡単に笑わない」
長介の言葉に、誰もが静かに頷いた。笑界での旅は、まだ始まったばかりだった。




