第六話 疾風の剣
第六話 疾風の剣
朝霧が、地を覆っていた。
視界は悪い。
だが――
「……速いな」
犬山道節が呟く。
「ああ」
犬川荘助も頷く。
「これは……人の気配じゃない」
四人は、街道を進んでいた。
だが、さきほどから妙な感覚が続いている。
何かがいる。
だが、捉えきれない。
「……来るぞ」
犬塚信乃が低く言った。
次の瞬間――
風が走った。
「っ!?」
気づいた時には、目の前に“影”がいた。
剣が振り下ろされる。
速い。
反応が遅れる。
だが――
ギィン!
信乃が間一髪で受け止める。
「……何者だ!」
叫ぶ。
だが、その影はすぐに距離を取った。
霧の中へ溶けるように消える。
「……速すぎる」
犬田小文吾が歯を食いしばる。
「見えねえぞ、あれ」
「いや」
荘助が目を細める。
「見えている」
「……?」
「ただ、“追いつけない”だけだ」
その時だった。
再び、風。
今度は横から。
道節が反応する。
剣を振るう。
だが――空を切る。
「……っ!」
その直後、背後から一撃。
小文吾が吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
「ちっ……!」
信乃が舌打ちする。
「一人で全員を翻弄してるのか……!」
霧の奥から、声がした。
「……遅い」
短い一言。
だが、はっきりとした意思があった。
「その程度で、珠を持つ者か」
ゆっくりと、姿が現れる。
細身の青年。
無駄のない動き。
そして、その目。
鋭いが、どこか冷めている。
「……名を聞こうか」
信乃が言う。
青年は、淡々と答えた。
「犬坂毛野」
そして、胸元に触れる。
そこにある珠。
刻まれているのは――
「礼」
「……っ!」
道節が反応する。
「三つ目の“礼”か」
「いや」
毛野は首を振る。
「“本来の礼”だ」
「……どういう意味だ」
信乃が問う。
「形だけの礼ではない」
毛野の声は冷静だった。
「無駄を削ぎ落とし、最短で結果に至る」
「それが、礼だ」
「……それは礼じゃねえだろ」
小文吾が立ち上がりながら言う。
「ただの効率だ」
毛野は、わずかに目を細めた。
「……違うな」
「無駄な戦いをしないこと」
「それもまた、人としての在り方だ」
信乃は、ゆっくりと刀を構える。
「なら――」
「証明してみろ」
その一言で、空気が変わる。
次の瞬間。
毛野が消えた。
「来る!」
信乃が叫ぶ。
だが――
見えない。
速すぎる。
その時。
「……感じろ」
荘助の声。
信乃は、目を閉じた。
まただ。
現八の時と同じ。
視覚を捨てる。
気配を読む。
風を感じる。
「……そこだ!」
振り向きざまに斬る。
火花。
今度は、確かに当たった。
「……ほう」
毛野の声に、わずかな変化。
「やるな」
だが、まだ浅い。
決定打にはならない。
「だが――」
毛野が、さらに加速する。
「足りない」
その時だった。
前方に、道節。
横に、荘助。
背後に、小文吾。
三方向から、同時に動く。
「……囲んだ!」
小文吾が叫ぶ。
だが――
毛野は、止まらない。
むしろ、その動きがさらに研ぎ澄まされる。
「遅い」
一瞬で、包囲を抜ける。
そのまま――信乃へ。
「……っ!」
だが、信乃は動かない。
ただ、構える。
そして――
「……来い」
静かに言った。
毛野の刃が迫る。
その瞬間。
信乃は、一歩だけ動いた。
最小の動き。
だが――
完全に捉えた。
刃が交差する。
止まる。
「……!」
毛野の目が、見開かれる。
「読んだのか」
「違う」
信乃は言う。
「お前が、“最短”で来るなら」
「そこしかない」
一瞬の静寂。
そして――
毛野は、ゆっくりと剣を下ろした。
「……なるほど」
小さく呟く。
「無駄がないな」
その言葉に、信乃は少しだけ笑う。
「お前もな」
毛野は、しばらく黙っていた。
やがて、珠に触れる。
それは、穏やかに光っていた。
「……いいだろう」
顔を上げる。
「同行する」
「……仲間になるのか?」
小文吾が聞く。
「まだ分からない」
毛野は答える。
「だが――」
一拍。
「確かめる価値はある」
五人目。
新たな珠。
新たな価値観。
だがそれは、ぶつかり合いでもある。
風が吹く。
霧が、ゆっくりと晴れていく。
その先には――
まだ見ぬ仲間。
そして、試練。
物語は、さらに加速していく。




