トゥーロン市内市庁舎
「後は統合軍参謀本部とキャンプ自治組織に任せておけばいいわ。私たちは帰りましょう」
緊張のとれたセリア・ケイ少佐から指揮官らしさが抜け少女の面影が戻っていた。
「お言葉を返すようですが、少佐は欲が無さ過ぎます。この機会に少佐の名前を売り出すべきだと思います」
アルテア・アルテミス少尉が、この時を待っていたとばかりにケイ少佐に詰め寄った。彼女は普段からケイ少佐の闘争心のなさに不満だったのである。
「売り出す?」
「そうです。少佐はこの件に関しては最大の功労者です。それをもっと、アピールしておくべきだと思います。その資格は充分すぎる程にあると思います。きっと、マクエアーも協力してくれるでしょう」
「嬉しい提案だけれども、やめておくわ。私は今までのように、静かに生活していたいわ。それに、あまりでしゃばって睨まれたくないもの」
出る釘は打たれる、それはフランクリン・シナトラ少将に対する配慮を暗示していた。ただでさえ少将の港湾警備の管轄を勝手に侵犯していたのであり、理由は何であれ、厄介がられかねないのである。
「それは、無責任ではありませんか? 大きな責任を負うことから逃げているようにも見えます。少佐は才能があるのですから、平凡な指揮官に大事をまかせるよりも率先して責任を負うべきです」
「困ったわ。どうしたら、納得してくれるのかしら?」
「どうやら、少しばかり言い過ぎたようです。今のことは、お忘れください。ですが、折をみてお考え下さるようにお願いします」
アルテミス少尉は、意外とあっさり引き下がった。ケイ少佐の性格を充分に知っているだけに、無理強いをする気はないようだった。
「考えておくわ。そうすれば皆が昇進できるから給料が上がるかもしれないわね」
あまりにもその気が無い返事だけが返ってきた。
市庁舎周辺は刻一刻と状況が変化していた。フリードリッヒ・エッカーマン副長官の「反乱」発言により、統合軍はその重い腰をあげるに至った。いよいよ陸上部隊の投入が決定された。さらに、安全保障隊に合流するか判断を決めかねていた統合軍の将校は、事態の静観を決め込み、安全保障隊に合流することを思いとどまる結果となった。
エデュアール・ガンベタ少将が率いる第2機甲旅団のVAB裝甲兵員輸送車が陸上部隊の兵隊をのせて、一台、また一台と、基地正面ゲートを抜けてトゥーロン市内に入っていった。
戦力的に優位なポートブリッジ統合軍は市庁舎に至るまでは快進撃を続けていた。それに気をよくしていた群衆たちは、市庁舎を陥落させるのも時間の問題だと確信した。
一時間後、銃撃戦装備に身を固めたポートブリッジ統合軍陸上部隊を乗せたVAB裝甲兵員輸送車群が市庁舎の正面玄関に集結した。そして戦いは始まった。
市庁舎内のC4Iが停止した今となっては、市庁舎にはポートブリッジ統合軍を撃退する要塞能力はない。ただのコンクリートのジャングルである。しかしながら市庁舎のエントランスの守りは単純な入口一方向からの正面防御である。
VAB裝甲兵員輸送車が、バリケードを押しのけて市庁舎の正面と背面のそれぞれのエントランスに突進を開始した。それに合わせて、都市迷彩を着た陸上部隊も遮蔽物を巧妙に利用して前進を始めた。
その時を待っていましたといわんばかりに、市庁舎から光るものが飛んできた直後、VAB裝甲兵員輸送車が大爆発を起こした。市庁舎からの攻撃である。その攻撃は、装甲車が突入を試みようとした両方のエントランスにおいて、同様に行われた。
ポートブリッジ統合軍は突出したVAB裝甲兵員輸送車を援護することもできなかった。VAB裝甲兵員輸送車は安全保障隊の射程に引きずりこまれたまま、集中砲火を浴びて火だるまになった。乗員は絶望的で、自分の身体を焼かれる恐怖の悲鳴さえも爆発音にかき消されてしまった。
これをきっかけとして、市庁舎は悲鳴と炎に包まれることになった。VAB裝甲兵員輸送車の突入に失敗したことに気づいた統合軍第2機甲旅団は、続いて市庁舎を砲撃する作戦に出た。ルクレール戦車群による市庁舎一斉砲撃である。
市庁舎前にルクレール戦車が現れ、砲塔が回転して市庁舎のエントランスにねらいを定めると、エントランス付近に陣取っていた安全保障隊の兵士たちは奥に逃げっていった。その隙をついてポートブリッジ統合軍陸上部隊が突入を試みられた。最初は辛うじて抵抗を試みていたものの、戦闘が激しくなるにつれて安全保障隊の砲火に統一性が欠けると、次第にエントランスの守りに死角ができるようになった。
さらにポートブリッジ統合軍に集中的な砲火が続くと、ついにエントランスを守り抜くことができなくなった。一度でも内部に入り込まれると巨大で複雑な構造を持つ市庁舎では抵抗らしい抵抗は不可能だった。
和田継矢中尉のコンパクトディスクから得た情報により周到な作戦を立てていた統合軍は特殊任務部隊を突入させ、奥深くで警戒に当たっていた多くの安全保障隊は戦闘状況がわからないまま次々と射殺されていった。
最後の戦場は市庁舎の執務室で行われた。執務室のシャンデリアが銃撃によって天井から落下して砕け散った時、安全保障隊の最後の運命は尽きた。
フリードリッヒ・エッカーマン副長官は最後の瞬間まで忠誠を通しつづけ、身を挺してルドルフ・フォン・シュバイツァー参謀本部長官を守り抜いて銃弾に倒れた。彼にとっては、シュバイツァーといえでも上官だったのである。
市庁舎は統合軍により奪回された。彼らはシュバイツァー参謀本部長官の他、安全保障隊の官僚たちを集め、おまえたちは失業したと告げた。そして、このように追加した。
「以後、ここはトゥーロン市民が民主的に選んだ代表に返されるのだ。おまえたちには、市庁舎のようなしゃれた場所ではなく留置場の方がお似合いだな」
シュバイツァー参謀本部長官が身を乗り出して、苛立たしげに言った。
「自分の首を絞めていることがわからんのか?」
統合軍の兵隊たちはまったく動揺さえしない。自分たちとその家族を委せられる人物を知っているのだ。
「演説ばかりしているような人気取りなんて政治だけやっていればいい。本当に信頼できる人物というのは俺たちと同じ視線で物を見られる人なのだ」
市庁舎に再び静寂が訪れると、統合軍に投降した安全保障隊の兵士が外に連行されてきた。その数は、およそ五十名でしかなく、全員が血にまみれ疲れ切った顔をしていた。
投降した安全保障隊を見つけると、周囲に集まっていた市民がどっと歓声をあげた。勝利の興奮に湧き上がったのである。キャンプ場の住民は今までの耐えてきた怒りを一気に爆発させた。安全保障隊に罵声を浴びせ、投石をするものが現れた。それでも安全保障隊の兵士はじっと耐えるしかなかったのである。
その後、負傷した安全保障隊の兵士が連れ出されてきた。彼らは自力で歩くことすらできず、統合軍の衛生兵に担がれていた。苦痛にうめき、出血に生気が欠落していた。その中に混じってシュバイツァー参謀本部長官の姿もあった。今の彼の姿はみじめそのものであり、権力を盾にやりたい放題をしてきた安全保障隊の最後の姿だった。
(第八章へ続く)




