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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第八章 帰郷
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ポートブリッジ統合軍基地内データバンク室

『トゥーロンおよびイエールが生き残る確率は?』

ポートブリッジ統合軍基地のデータバンク室で、大きなあくびをしながら和田継矢中尉は、既に何度も試しているこのシミュレーションのコマンドを、再びDRINCSの端末に入力した。海上部隊事務局で発生した爆破事件の片づけが終わったばかりで、すっかり夜が遅くなっていたが、しばらくシミュレーションができていなかったので、状況が変わるか試したかったのである。

 DRINCSはデータマイニング手法を中心にしたシステムである。したがって、コンピュータ・ネットワーク内に膨大な情報が蓄えられ、その中からあいまいで、かつ、特定の目的の情報を探すとき、ネットワークにテープワームが放たれ、増殖しながら見つけた情報を送り返してくるように動作する。つまり、DRINCSの端末から検索コマンドが実行されると、その回答を得るためにネットワーク内の全ての情報が検索され、そして解析されるのである。それは偵察部隊の一兵士の全く注目されなかった日報でさえも、検索と解析が行われることを意味している。統合軍のように巨大な組織において、どんなに些細な情報も見逃さないため、このシステムを採用しているのである。

 テープワームと聞くと悪意のあるマルウェアが一般的であり、語源となったSF作家のジョン・ブラナーの小説『衝撃波を乗り切れ(The Shockwave Rider)』でも、自己増殖が加速してネットワークに過負荷を引き起こしている。しかしながら、DRINCSがネットワークに放ったテープワームには寿命があり、また明らかに不要な検索結果を削除するためのテープワームや、テープワームの増殖を牽制するテープワームも存在し、ネットワークに過負荷を引き起こさないように考慮されている。

今、DRINCSはトゥーロンおよびイエールの生存確率を調べるために新しい情報を求めてテープワームを放った。前回にシュミレーションした時点から、何か新しい要素が誰かによって発見されていれば、答えは変わってくるはずである。たとえ、発見したその誰かには重要性が認識されていなくても見逃しはしない。

 しばらくして、端末のディスプレイにセル・オートマトンの方眼紙が表示された。セル・オートマトンは、簡単に言えばライフゲームである。ドラゴンやルシファー、さらに人類の生存をめぐる誕生、生存、淘汰などのプロセスを簡易的なモデルで再現したシミュレーションである。DRINCSはデータマイニング手法により検索した結果から、ライフゲームのルールを決定し、ライフゲームを開始した。

 新しい情報の検索に時間がかかったが、すぐにライフゲームの結果が浮かび上がった。

『0パーセント』

やはり、結果は同じであった。ディスプレイの方眼紙には人類を示す青いセルは残らなかった。和田中尉は、肘をついて考えなおしてみた。

 トゥーロンおよびイエールで、人類は現実に生き残っている。さらにわかっているだけでも、ルテチアにも人類は生き残っている。DRINCSは決して見落としはしない。あるとすれば、我々人間が何か大切なことを見落としているはずある。それが、DRINCSのネットワーク内に情報として入力されていないから、ライフゲームでも人類は負け続けるのである。

 ライフゲームをリセットして初期状態に戻すと、人類の一部を障害物で囲い込み、再度最初からライフゲームを始めた。しかし結果は変わらなかった。トゥーロンおよびイエールのような大型のコミュニティでは、閉鎖という状態であっても、ルシファーの侵入に何の妨げになりえないのが結論であった。

『では、なぜ未だにトゥーロン・イエールが存在しているのか?』

 和田中尉は自問自答した。残念ながら、DRINCSは求める結果にたどり着くためのルールを推測する機能はない、入力されている膨大な情報を解析し、そこからルールを決定する。DRINCSの機能は、過去に知られた知識であるか、たった今現在に獲得した知識から、推測するだけである。知りえた情報から起こりうる未来を推測することしかできないのである。あくまでもDRINCSは大きな決断ビッグディシジョンをするための補完ツールにしかすぎなかった。

 何度目のトライであったか忘れてしまったが、いつものようにルールとの睨めっこになっていた。今回も新しい結果は得られなかった。何か見落としていることが必ずあるはずである。トゥーロンおよびイエールが未だに生き残れた理由が単なる偶然ではないはずである。現状を打破するためにも答えはどうしても必要であった。

 和田中尉はライフゲームを再度リセットして初期状態に戻すと、今度は人類の一部を地中海沿岸特有の夏の日差しや乾燥状態に置いてみた。ルールに気候の条件を取り込むには、さすがに面倒な手間が必要であったが、答えがどうしても欲しいという思いから、やり遂げた。

 DRINCSは、ただちに新しい環境のライフゲームを開始した。気候に関する情報が再検索されることとなったが、データベースの検索時間は人間の行動をはるかに上回っている。すぐに、ディスプレイの方眼紙上で、青色の人類、黄色のドラゴン、赤色のルシファーが動き始めた。しかし、結果にはなんの影響もなかった。再び、人類を示す青いセルは残らなかったからである。無機的な知能は冷たい結果を繰り返すことになんのためらいもしなかった。


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