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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第七章 セリア・ケイの憂鬱
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トゥーロン市内市庁舎前

 セリア・ケイ少佐が市庁舎の地下工事用通路から先頭で地上に出て、新たな問題に気づいた。ケイ少佐たちが地上に出た場所は、皮肉にも市庁舎に立てこもる安全保障隊とバリケードを築いた民衆の中間であった。

「よりによって、ここなの?」

 市庁舎とバリケードの両方から注目を浴びる中、彼女は後ろ手で、後に続く人に出口から出ないで待つように合図を送りつつも、なんとかごまかそうとした。あまりの不幸続きを呪いながらも、なにがなんでも、この場をつくろうしかない。ひょっとして、アルテミス少尉と和田中尉は最初から私をここへ担ぎ出すことが目的で、こんなことをしでかしたのではないかと疑いたくなってきた。あまりにもでき過ぎである。ケイ少佐は二人を心の中で睨みつけていた。

 バリケードから<群衆の歌>が先ほどまで聞こえていたが、ケイ少佐が突然にあらわれることで、その成り行きに注目が集まったのか、歌は止んでいた。バリケードの群衆は、蜂起のきっかけを求めている。突然にあらあわれたケイ少佐は市庁舎の正面玄関に近づいた。彼女には、目の前の市庁舎が大きな墓標のように見えていた。

「とまれっ!」

 市庁舎の正面玄関は土嚢が積み上げられて封鎖されていた。正面玄関の奥から安全保障隊の兵士が警告を発した。彼女はそんなことはおかまいなしだった。

「安全保障委員会特務警察省参謀本部長官シュバイツァーに告げます。私はセリア・ケイ。統合軍海上部隊の少佐です。話し合いにやってきました」さらに、彼女は続けた。「ルシファーが市内に出現した時、私は、ただちに市長と連絡を取り、即座にルシファーを追撃しました。そのため、何人かの部下に負傷者が出ました。閣下にお尋ねします。その時、閣下は何をしておられたのでしょうか? 私の知る限り、行政区の確保に専念し地下のシェルターに潜んで警察が対応するのをじっと見ていただけのように思えます。さらに、部下にマクネアーを暗殺するように命令を出したようですね。なぜ、自分でなさろうとしなかったのですか? そうやって自分は安全な場所に隠れていて、どうしていつも人に頼ってばかりなのですか? それでは、いくら立派な理想や政策を唱えたところで、今のポートブリッジとトゥーロンの二百万の人間をおまかせすることはできません。自分にそのような器量があるとお考えならば、正々堂々と本来の職務を通して、正当な手段で実施すべきではありませんか? もう、私は、これ以上の流血を望みません。もし、閣下が出てこないのでしたら、自分にそのような器量はなかったことを自覚されたと解釈しても異義はないということですね。それとも、また、部下に頼って私を狙撃させますか? だから、いつまでも表舞台に出られない二流の役者のままなんです」

 皮肉たっぷりと、それでいて、言うべきことをケイ少佐はしっかりと心得ていた。彼女は根がお人好しのためにめったなことでは怒ったりとか、人を傷つけるような言葉を口にしたりとかはしないのであるが、今回は違っていた。相手は軽蔑に値する人間なのだから、どうしても口調が強くなるのは仕方がないことだった。おかげで最近の彼女は皮肉にも一層の磨きがかかってしまったのである。

 市庁舎からは反応がなかった。

「言い過ぎた……。こ、これは、撃たれるかも……」

 今になって、つい言い過ぎてしまったことを後悔していた。後の祭りである。ケイ少佐はここまで荒立てるつもりはなかったにもかかわらず、ついつい余計なことまで言ってしまった。今まで幸運であったとはいえ、ドラゴンやルシファーの危機を何度もしのいできたが、今度ばかりは助からないような気がした。よりによって同胞の人間によってである。結局、もっとも危険な存在なのは人間なのかもしれない。ケイ少佐は眼をとじて、その瞬間に身構えた。

 ケイ少佐は撃たれなかった。彼女は、そっと片目をあけて、様子をうかがう。次第に度胸がついてきたが、沈黙の間を待つのが苦手であった。彼女は<欧州の歌>を歌い始めた。あっけにとられる群衆の中で、ひとり<欧州の歌>が響き渡る。

 <欧州の歌>とは、かつての欧州評議会がヨーロッパ全体を象徴するものとして採択した曲である。欧州域内の自由、平和、結束という統合されたヨーロッパの理想を表す歌である。かつてあった不幸な戦争を乗り越え、その反省により、新しい理念によって平和な世界の建設を進めた。その理念に立ち戻ろうと呼び掛ける歌である。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第9番の最終楽章をもとに作成されているため、メロディは誰でも聞き慣れたものである。

 歌の意味に気づいた群衆の中の初老の女性が、信じられないものでも見るかのような驚きの表情を見せていた。それは平和な時代に欧州に住んでいた一人として、新しい理念に賛同していた頃を思い出したのである。初老の表情は懐かしいものに触れて感謝の表情にとってかわっていた。この十年で忘れさられた懐かしい歌、ふたたび聞くことができて、興奮していた。付き添っていた女性が、初老の様子から歌が込められる意味に気がつき、歌に聞き耳を立てていた。

 ケイ少佐自身怖くないわけがない。だが、誰かが安全保障隊を止めなければならない。有力者を軟禁し独裁体制が続く今となっては、それをトゥーロンの市民一人一人に期待しても無理というものである。ならば、ポートブリッジ統合軍の誰かがしなければならない。それも、力に頼らない方法でなければならない。軍どうしの対決ともなれば、結果がどうであれ人類最期の砦かもしれないトゥーロン・イェールを失うことになるかもしれないのである。

 ギリシア神話では、中心的な存在であったアクロポリスの宗主権をめぐってアテーナー女神とポセイドン海神が争ったことがあった。アクロポリスのそばにおいて、ポセイドン海神は自分の力を誇示するため三又鉾で地を打って泉を噴き出させたが、アテーナー女神はアクロポリスで何が必要とされているか知恵を働かせて食料となるオリーブ樹を生い茂らせた。この結果、アテーナー女神が勝利をおさめ、そのアクロポリスは女神の名前にちなんでつけられた。ポセイドン海神という安全保障隊に勝つには、同じレベルの戦いに立つのではなく、市民が望むことを成し遂げる必要があった。だが、彼女はアテーナー女神ではないのだ。

「私たちは、考え方は違っても、言葉は違っても、信じる神は違っても、この歌のように思いは同じのはずです。私は、家族、友人、そして、国のために戦います。ですが、戦う相手は人間ではありません」

 ケイ少佐は歌が終わると、自分の考えを再度大声に出して話していた。

 地下通路の出口に隠れていたアルテミス少尉、和田中尉たちが、まるで事前に申し合わせたように、列を組みながらケイ少佐と並び、いっしょに歌い始めたのである。他の人からは、まるで最初から歌うのが目的で、タイミングを待って登場してきたかのように見えた。あまりの自然な動きに、誰も警戒しなかった。予想外の展開に、その歌声は市庁舎を包み込んでいった。

 たまたま居合わせていたビンセント・マクネアーが前に進み出た。彼も願いは同じであった。欧州の理念が込められた歌の合唱に加わっていた。彼もケイ少佐に合わせて欧州の歌を合唱した。ケイ少佐の願いは、暴力に訴えることではなく、自由、平等、博愛と、フランス国旗に込められた精神であった。

<欧州の歌>が終わると、市民のひとりが、前に進み出て、フランス国歌を歌い始めた。それに勇気づけられた他の市民も次第に前に進み出て、ケイ少佐の近くに集まり始め、フランス国家をともに合唱を始めた。それは次々と広がっていき、その場にいた市民に広がっていた。あるものは武器を構えるのを止め、あるものは、直立不動を取り、一心不乱に合唱を始めた。


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