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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第七章 セリア・ケイの憂鬱
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トゥーロン市内市庁舎地下工事用通路

 アルテア・アルテミス少尉と和田継矢中尉は市庁舎の近くの地下通路に侵入することに成功していた。ここは工事関係者しか知らない通路であり、正面から出入りする人には、存在すら知られていない。二人は、安全保障隊の部隊や包囲する群衆に出会わないように最新の注意を払って、この場所へもぐりこむチャンスを窺っていたのである。

「目的地に到着しても、長いはできないわ。どのくらい時間が必要かしら?」

「十分もあれば充分」

「結構。ネットワークに接続した瞬間に監視装置に見つかるから、接続場所を発見するのに五分。近くの部隊が駆けつけるのに五分。余裕で成功だわ」

その計算では逃げる時間が足りないはずであるが、アルテミス少尉は何の問題もないかのように、Mini UZI短機関銃に裝弾すると奥に進んだ。

 ケーブルが幾つも並んでいた。一見しただけではどれがDRINCSのネットワークケーブルなのか見分けがつかない。だが、簡単な消去法の問題で解決できた。電源、電話、その他の関係ないケーブルは簡単に見分けることができるものばかりである。残った数本のケーブルから、目的のものを見つけるのは容易である。

 和田中尉は異様な真剣に包まれていた。MLAのリーダとしてDRINCSの設計にあたった彼は、コンピュータソフトウェアのプロとして持てる限りの集中力を携帯型コンピュータのディスプレイに集中させていた。DRINCSのネットワークケーブルの外皮を削ってむき出しに、今、自分の持ち込んだコンピュータに接続しようとしているのだ。

 接続した瞬間、ネットワークの電圧が下がるために侵入したことが知られてしまう。その後は、取り消すことはできないのだ。

「つなぐぞ」

 和田中尉がアルテミス少尉に合図をする。

「準備はできているわ」

 今、市庁舎のDRINCSは行政区の機能を切り離し単独に作動している。それが市庁舎の命取りになるのだ。偽の情報をネットワークに流す。今回の計画では偽の火災情報のデータである。DRINCSが管理しているのは、正確には我々の知る現実の世界とは違っている。すべてを数値によってあらわされた仮想的な世界である。たとえば、お金が引き出されたとか、預金されたとか、そういうことは数値の増減であらわされるだけで、現実の世界で本当に行われているかどうかは機械には関係ないい。それは火災発生情報のデータとて同じである。市庁舎内にある熱感知器や煙感知器からDRINCSネットワークに定期的に出力されるデータが改ざんされていた値になっていたら?

 DRINCSは火災発生と認識し、市庁舎に退去命令を出した後、防火防煙シャッターを自動制御で閉鎖する。これは緊急処置のために、どんなプログラムよりも優先する。安全装置を止めることはDRINCSが許さないのだ。防火防煙シャッターはいちど閉じられると通行することは不可能となるため、シャッターのそばのくぐり戸を通らなければならない。このため行動がかなり制限されてしまう。

ディスプレイに接続が成功したことを示すプロンプトが表示された。すかさず、コールゲートプログラムをネットワークに流す。コールゲートプログラムとは、ユーザレベルでしかアクセスできないネットワークからシステムレベルへ移行して動くようにするプログラムである。これにより、ネットワークのシステムに寄生したプログラムが、各検知器から送信されるデータを改ざんしてしまうのだ。設計者であるからセキュリティは無いも同然である。

 これで目的は一応達成した。一分経過していた。だが、和田中尉は、まだ脱出しようとはしなかった。市庁舎のC4Iからデータを盗んでいたのだ。安全保障隊の正確な人数、配置、そして、武器の種類を市庁舎のDRINCSホストコンピュータのデータバンクから捜し出していた。この作業はコールゲートプログラムを流すのとは違って非常に難しい。

「お出迎えが来たわ。まだ、なの?」

 アルテミス少尉が催促した。すでに、十分が経過していた。

「もう終わる」

 和田中尉が答える間もなく、アルテミス少尉はMini UZI短機関銃で威嚇射撃を始めた。あくまでも相手を近づけんさせないための措置である。それとともに、あらかじめ準備していた発煙弾を爆発させた。

 狭い通路での発煙弾である。煙は容赦無くアルテミス少尉と和田中尉にも襲った。だが、ひるんでいる暇はなかった。和田中尉は携帯型コンピュータからコンパクトディスクを抜き取ると、アルテミス少尉に合図した。

「時間どおりね」

 彼女は儀礼的にそう言うと、Mini UZI短機関銃を連射して駆け出した。彼女の射撃の腕は、かなりのもので、たったひとりで安全保障隊を牽制することに成功している。しかし、多勢に無勢だった。彼女をしても威嚇射撃をしながら逃げるのが精一杯だった。最後には、アルテミス少尉と和田中尉は追い詰められて身動きができなくなった。

「態勢を整えているわ。今度集中攻撃された時が、おそらく最後になるわ。だから、今のうちに弾を貸して……。同じ9x19mmパラベラム弾だったわよね。」

 アルテミス少尉は覚悟を決めていた。予備の弾丸をすべて装填しながらも、現在の危機から脱出する術がないことを感じていた。

「実は安全保障隊の情報をコンパクトディスクにコピーしたんだ」

 和田中尉がアルテミス少尉の腕をつかんで、話を聞くように自分の方を向けさせた。

「いきなり何を言い出すの?」

 彼女は和田中尉が、死の恐怖で混乱したのではないかと思った。

「このコンパクトディスクには、市庁舎に陣取る安全保障隊の情報が入っている。少尉だけでも脱出して、これをケイ少佐に届けて欲しい」

 アルテミス少尉は、ため息をついた。

「あきれた。これは遊びじゃないのよ。十分の時間の内に、そんなことまでやっていたの?」

「まあ、そういうことだ」

「せっかくだけど、私は嫌よ。そういうのは、大嫌いなのよね。そのコンパクトディスクは、自分で持って行きなさい」

「ここは、確率が高い方を選ぶべきだと思う」

「その話は、もう終わりよ。これ以上、私を怒らせると殴るわよ。それよりも、最初の目的は達成したのでしょうね」

「それなら、最初の一分で終わった」

「たったのそれだけ。それじゃあ、こんなに時間にさばをよんでいたの? まあいいわ。この事は忘れてあげるわ。いい、行くわよ」

 身を隠している場所から二人は飛び出した。と、目の前に人がいるではないか。安全保障隊ではなくよく見慣れた制服をきた人がいるではないか。

 そこにいたのはケイ少佐だった。ケイ少佐はアルテミス少尉と和田中尉が来るのを待っていたようである。さらに背後には格闘戦装備の一部隊を従えていた。その一部隊は全員とも目の部分だけを開けた黒マスクで顔を覆い、体格のよさそうな者ばかりで殺気がみなぎっていた。その一部隊に気づいた安全保障隊が前進を躊躇した。アルテミス少尉と和田中尉は、安全保障隊とケイ少佐の間に挟まれたような状態となった。

「今よ。グラディウス少尉、二人を確保するのよ」

 ケイ少佐が叫んだ。

「少佐殿の命令だ。全員突撃だ、二人を守れ」

盾と防弾服に身を固めたグラディウス少尉の部隊が、その大きな体格にものをいわせて突進を始めた。まず、盾をもった第一列目がケイ少佐の前に壁を造った。そして、棍棒をもった後続の列が集結をし、そのまま駆け出したのである。安全保障部隊もいやおうなしに、白兵戦の構えをとった。

すさまじい金属がぶつかりあう音ともに、両軍が衝突した。グラディウス少尉の部隊は全面に盾を並べて安全保障隊の攻撃を受け、棍棒を力任せに頭上からたたきつけていた。迫力におされて、安全保障隊が次第に後退をしていく。

「もう、いいわ。グラディウス少尉、脱出するわよ」

 ケイ少佐は二人の身柄を確保したことを確認すると、次の命令を発した。普通の兵士ならば、この喧噪の騒ぎに命令を聞き取ることは不可能かもしれない。だが、グラディウス少尉は違っていた。自らの身体で上官のケイ少佐の盾となるとともに、完全に戦況と部隊を掌握していた。

「よし、一気に蹴散らせ。撤収するぞ」

 グラディウス少尉は、特殊な笛で合図をした。すかさず、盾をもっていた第一列が両側に開き、棍棒をもった後続の列の邪魔にならないように道を開けた。そして、すさまじいおたたけびとともに、グラディウス少尉の部下が安全保障隊の中になだれ込んだ。

勝負はついた。安全保障部隊は防ぎようがなかった。なにもかも放り出して、散りじりになって市庁舎側の出口に向かって逃げるのが精一杯だった。

「深追いは無用。掃除をする」

 グラディウス少尉は、もう一度、笛で合図を送った。今度は、バックが次々と手渡された。そして、無造作に至るところに放り出すと駆け足で出口に向かった。バックの中身は、発煙弾や催涙弾である。すぐに、連鎖的に爆発し通路内に煙が立ちこみ、安全保障隊の追跡を妨害した。通路を出口まで到着すると、ケイ少佐は全員に一息をつかせた。まだ、外に飛び出すわけにはいかない。入ってきた場所とは違う出口から出ることになってしまったため、出た瞬間に怒り狂った安全保障隊に狙い撃ちにされるかもしれないからである。

「いったいこれはどういうことなの?」ケイ少佐は今までみたことのない怒りようである。「私が……、私が、いったいどんな思いだったかわっかてるの? 胸がはち切れそうに心配だったのよ。この数十分で十歳年取った気分だわ。ぜひ納得のいく説明がして欲しいわね」

 ケイ少佐は怒っているというよりも、瞳に今にもあふれんばかりの涙を蓄えた抗議にすり替わってしまっていた。彼女は緊張の糸が一気にほどけると上官というよりは少女らしさが表面に強くでてきてしまう癖があった。だが、彼女は泣き出すことをこらえていた。十年前に、二度と泣かないと決めていたのだ。

「いや、これには事情が……」

 和田中尉がケイ少佐の悲しそうな表情に思わずしどろもどろに返答している。一方、アルテミス少尉はケイ少佐の話を聞いていなかった。なにしろ、自分が生きていることが信じられなかったのである。こんなにうまくいくとは思ってもいなかったのだから生き残れた感慨もひとしおなのであろう。

「はやく安全なところに脱出しましょう」

 ケイ少佐が全員をせき立てるが、どことなく不自然な動きであった。そう、どこか体をかばうようなしぐさである。テロの後遺症であった。


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