トゥーロン市内和風居酒屋<和気藹々>
アルテア・アルテミス少尉は黒いハイヒールをかろやかに鳴らして和風居酒屋<和気藹々>に現れた。今日の彼女は軍服ではなく、洗練されたドレスで身をかためていた。歩く度に可憐なドレスを揺らし、優雅に歩く足元から脚線美がチラリと見え隠れしていた。その姿に、連日の事件で沈み込みがちな統合軍の兵士は、驚きと称賛の入り混じった視線で彼女を歓迎していた。彼女は、まわりの人間の視線を一身に浴びていることを感じていたが、そんなことは彼女にとっては問題ではなかった。別に自分の虚栄心を満たすためのドレスではない。
「おまたせ」
アルテミス少尉は<和気藹々>内に目的の人物をみつけると、そのテーブルに近づいた。相手は和田継矢中尉である。彼も今日は軍服ではなく、ラフな普段着を着ていた。
「アルテミス少尉のドレス姿を見ると、必ずトラブルに巻き込まれるからな」
「それって、お世辞? それとも、話を聞くまえから断るつもりなの?」
アルテミス少尉は優雅に椅子に腰をおろした。
「もちろん、両方だよ。なにしろ、少尉がMLAの人間を避けているという話は有名だからね」
「話を聞くまえから断るわけね?」
アルテミス少尉は、もう一度、尋ねた。彼女がMLAの人間を避けているのは、彼らが根っからの技術者でスポーツ万能の体育会系の彼女と相性が合わないからである。別に個人的にどうのこうのという感情よりは、性格が違いすぎるだけの話である。
「爆破事件の片づけをしなければいけないんだ。トラブルは、ごめんだ」
「そうやって、いつもケイ少佐の後ろに隠れているつもり? まるで自分たちの殻に閉じこもり、自分のまわりの世界さえ安泰なら他に何が起きようと無関心をきめ込む。そんな連中に仕事を頼むことを一瞬でも考えた自分が恨めしいわ」
「それなら結論は出ているじゃないか。話はなかったことにしよう。そうすればアルテミス少尉も私も嫌な思いをしないですむ」
「そうもいかないのよ。和田中尉はどうなのかは知らないけど、少なくとも私は納得できないわ。嫌なことがあるからって無関心を決め込んで、自分を満足させるなんてことは大人ならできないはずよ」
その言葉を聞いて和田中尉は、むかついたようだった。
「怒ったようね。でも、私は謝らないわよ。行動で示しなさい」
「わかった。で、何をして欲しい?」
「まあ、慌てないで」
アルテミス少尉は店員にバーボンを注文すると、一枚の紙を広げた。
「爆破事件でケイ少佐がテロに巻き込まれたことは知っているわよね。それにこのままいくと市内で内戦がおこるかもしれないわ。統合軍の内部でも、安全保障隊に同調しようとする将校が、ひそかに武器を持ち出すように部下に命令を出していたわ。キャンプ場の自治組織がトゥーロン・イエールの行政を執ることに危機感を持っているのは、なにも安全保障隊だけではないのよ」
「テロの件は、私も同様だ。許せない。なんとしてでも、一矢報いたいと思っていた」
アルテミス少尉はその言葉を聞いて、和田中尉が話に食いついて来たことを感じた。
「市庁舎は、ドラゴンやルシファーに最後まで抵抗するために建造した要塞のようなものよ。ドラゴンの吐く炎や体当たりにも耐えられる強度があるし、ルシファーに感染した小動物の侵入を阻止しやすい内部構造になっている。だから、統合軍がルクレール戦車を並べて砲撃させたぐらいでは、びくともしないでしょう。それどころか内部には神経の役割をする強力なC4Iネットワークが張り巡らされていて、まるでひとつの生き物のように振る舞うことができるという話だわ。もっとも、市庁舎のネットワークのことは設計者のあなたには説明するまでもなかったわね」
アルテミス少尉は和田中尉に顔を近づけて話を始めた。彼女はバーボンを注文したものの一口も飲んでおらず、なによりもプライベートな仕事を片付けることに熱心だった。仕事を遂行させることに関して自分の感情をまったく見せない態度に、彼も少しばかり彼女に敬意をもった。少なくとも、彼女に他意など存在しないことは感じられる。
「内部は、そんな丈夫には見えなかったようだけど?」
和田中尉は少し酒が入っていたことと、アルテミス少尉のドレス姿に、少しばかり顔が赤くなっていた。
「市庁舎は外壁に接するブロックに液体金属の金属ナトリウムを注入できる構造になっているのよ。その時の外壁の厚みといったら、メートル単位になるのではないかしら。まあ、核兵器でもなければ破壊はできないわね」
アルテミス少尉はグラスを指でもてあそびながら言った。
「ずいぶんと、念入りに造られているのだな。もし、そのために爆薬で穴をあけてもらいたくて私を呼び出したのなら、専門が違うようだが?」
「誰も爆薬なんて使わないわよ」
彼は冗談のつもりだったのだが、アルテミス少尉に軽くかわされてしまった。
「市庁舎の性能が証明できたからといって、今はそんなことを自慢している場合ではなし。今は何かの作戦が必要だと思うのだが……」
「指揮官の中には、あのエッカーマン副長官がいるのよ。犠牲をいとわずに圧倒的な物量にいわせて攻撃する作戦以外は、どんな攻撃も撃退されてしまうでしょうね」
アルテミス少尉は一度だけ彼の個人記録を見ただけであったが、エッカーマン副長官の奇抜な才能を評価していた。それは、実は和田中尉のコンピュータ技術に対しても同じだったのである。彼女自身、このふたりがそれぞれの得意とする分野でしのぎを競い合うことにでもなれば結果がどうなるか見当もつかないと考えていた。
「それならば、いっそ、兵糧攻めにしてしまえば?」
「それも無駄だわ。あそこの地下は市民のシェルターにもなっているのよ。何千人分もの食糧に水、それどころか電気だて自家発電できるわ。今立てこもっている安全保障隊の人数なら、数十年でも篭城は可能ね」
「そういいながらも、本当は何か策を考えているのだろ?」
和田中尉は彼女が自分を連れ出した理由にやっと気づいた。
「私の噂は聞いているわね。そう、私は安全保障隊ともつながりがあるわ。でも、勘違いしないで欲しいの。市庁舎を安全保障隊から開放して、得点稼ぎをしたいわけではないのよ。これだけ人が死んだり傷ついたりしていると、放っておくわけにもいかないでしょう。だから、考えてみたの。そしたら、方法がないというわけではないようなの。あそこは、あくまでもモンスター相手の要塞というところがポイントなのよ。市庁舎の地下構造の地図を持ってきたから見てちょうだい」
地図には「機密」の赤い文字が書かれていた。どうやら不正に持ち出してきたことは和田中尉にも想像がついたが、話が脱線するので、出どころを聞くようなことはしなかった。
「DRINCSがサーバルーム設備がある」
「そのとおり。これは危機管理室のすぐ隣にあり、市庁舎管理システムはMLAの開発したDRINCSのサブセット版のはずよ。そして、MLAのリーダが目の前にいる」
「安全保障隊が篭城を初めた時に、市庁舎内部のDRINCSへ通じる回線は切断されてしまったけれども、確かに内部ではDRINCSが稼働しているはずだ。あれは分散処理システムだから、地域内のネットワークだけでも稼働できるからね。そして、それは発電機の他、市庁舎にあるC4Iと連携しているだろう。考えようによってはDRINCSは強敵にもなるけれども、最大のウィークポイントにもなる。これは、なにも市庁舎だけにいえることではない。ポートブリッジ統合軍のシステムにもあてはまることだ。しかしながら、ドラゴンやルシファーは電子戦をしないから、今までは問題にはならなかったし、対処も考えられてこなかった」
「特に設計者の和田中尉なら弱点も知りつくしているのでしょうね」
アルテミス少尉は念を押した。
「まさか、爆破を?」
「冗談は言わないで。そこまで、する必要はないわ。市庁舎のネットワーク機能を半身付随にしてくれればいいのよ」
「それは、高度情報化社会の落とし穴って奴だよ。都市攻撃用のゲリラ戦術のひとつだ。偽の情報をDRINCSのネットワークに流すだけですむ。しかし、そのためには市庁舎のネットワークに接続する必要があるな」
「ここよ」
地図には既に赤い印がついていた。その間を彼女の指が優美に動いている。
「市庁舎の外壁直下の工事用地下通路にある旧共和国政府との専用回線、今は使われていないけれども、安全保障隊の制圧下よ。侵入できても、時間はあまりないわ。できるかしら?」
「これは今までになく危険な仕事だな。生きて帰れないかもしれない」
「そう。でも、和田中尉は私の命にかえても守るから安心して大丈夫よ」
アルテミス少尉は始めてバーボンを口にした。彼女は軽々しく約束をするような人ではない。
「これは、ケイ少佐のため?」
「和田中尉の勘がいいとは知らなかったわ。要注意ね。答えはイエスよ。私は確かにこんな人間だけれども、一度だって少佐を裏切ったことはないわ。それは、これからも変わらないし、変える気もないわ。ケイ少佐はお人好しだから、きっと市庁舎の件にも巻き込まれるわ。でも、今回の事件は、このままでは軍同士の戦争になるわ。きっと、血で血を洗う酷い戦いになるわ。今までケイ少佐って、実はモンスター相手にしか戦ったことがないのよ。とても人間同士の血なまぐさい戦いをケイ少佐には見せられるものではないわ。少佐は軍人というよりも、正義のお手伝いさんみたいな人だし。だから、私の気がついたことを、ちょっとだけお手伝いだけをしてあげるのよ。だけど、約束してほしいのよ」
「何を?」
「市庁舎をつぶさないでね。まだ、使うのだから」
「その言い方は、まるで私が楽しんでいるような言い方に聞こえるな」
「あら、違うのかしら。こういうのって、技術屋というのは血が騒ぐのでしょう。くれぐれも、お手柔らかにお願いするわ」




