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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第七章 セリア・ケイの憂鬱
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ポートブリッジ統合軍海上部隊事務局

 セリア・ケイ少佐は事務局に戻ると、雰囲気がいつもと違うことに気づいた。その理由にすぐにわかった。避難民の代表であるビンセント・マクネアーが事務局に訪問していることを教えられたからである。相手は旧イエールキャンプ場の正式な代表者である。不幸なことに上司のディック・クレイグ大佐は不在であったために、お役目が自分に回ってくることになった。

「いないのかぁ」

 ケイ少佐は自分がマクネアーの応対をしなければいけないことを知って、ついつい独り言をつぶやいてしまった。正直なところ気乗りはしなかったが、マクネアーとの会談のために空いている応接室を探したが、不幸は続くもので応接室は全て使用中であった。しかたなく、自分の部署のMLA簡易会議室を使うことにした。ここであれば、入室できる人は限られるので、セキュリティ上はかえって好都合であると考えたからである。

 ケイ少佐は上着をきちんと着込むと、MLA簡易会議室にマクネアーを連れだって入った。彼女はリラックスしている時は上着を着ることはない。上着を着込むことによって気を引き締めているのである。もっとも、彼女は香水を染み込ませたハンガーで上着に香りをうつしているために、かすかに感じとれる心地よい香りのおかげで、相手にはそれと気づかせないように気をつかっている。

「ケイ少佐、先日は失礼しました。いずれ、きちんと、お話をしたいと思っていました」

 マクネアーが簡易会議室に入るなり、ケイ少佐に声をかけてきた。

「いえ、あの時は出しゃばりすぎました。事務局になにか御用でしょうか?」

 ケイ少佐は歓迎しているそぶりは見せなかった。目に見えない部分で距離を隔てていた。それは当然のことかもしれないが、キャンプ場の代表者が突然に訪問してきたにも関らず全く戸惑いを見せていない方がマクネアーには気になった。まるで訪問されることを前から予知していたように、自らのガードを最初から固めている。

「キャンプ場の住民が見捨てられるという噂をご存知でしょうか?まったく根も葉もない噂なのですが、どうも聞き流すわけにもいかない内容です。本当でしょうか?」

 ケイ少佐は、予想していた質問のひとつであったため、さほど驚きもしなかった。彼女自身、何箇所かで似たような噂を耳にしたり、目にしたりしていたからである。

「マクネアーさんは自治組織の代表者でしたね。もし、本気でそのようにおっしゃるなら、あるいは否定しきる自信がないのなら、失礼ですけど、すぐにでもキャンプ場の代表者としての肩書きを返上した方がいいと思います。理由は二つあります。確かに、キャンプ場の存在はトゥーロンとイエールの大きな負担になっています。ただでさえ貴重な生活物資を提供しなければなりません。といっても、それは、決して出し惜しみしているわけではありません。私達はこれからも生き続けていきなければならないわけですから、一時の同情にまかせて大切な貯蓄を食いつぶすわけにはいかないのです。もし、あなたを含めたキャンプ場のすべての人が感情に負けることがあるのであれば、そんな先行きのない現状なのでしたら、代表者がいてもいなくてもかわりはないでしょう。これが第一の理由です。今の世界の現状は、かなりきついものがあります。あなたがこの程度の初期段階のものにすぎない問題も解決できないのであれば、いずれはあなた自身とキャンプ場の存続が破局を迎えるだけです。この程度の判断もできないようでは、あなたはキャンプ場の代表者としての基本的な資質に欠けることになります。したがって、このまま代表者を続けられても、さほどのことは期待できませんから、別の代表者を立てることを勧めます。これが第二の理由です」

「これは手厳しい」

 マクネアーは苦笑いをした。

「はっきり言って、そのような問題を私に言われても困ります。私は安全保障理事会とはなんの関係もない統合軍の将校にしかすぎません。さらに付け加えれば、私はMLAの責任者にしかすぎない少佐です。キャンプ場の境遇には心から同情していますが、キャンプ場の環境改善であるとか医療施設不足については、将校のひとりとして、先日お約束しましたように尽力を尽くしましょう。それ以外の問題については、私の立場を理解して頂きたいです」

 彼女はそれだけしか言わなかった。

「私は知っているのですよ。今でも、あなたは統合軍の設立メンバーたちに深いつながりがあることを……」

 マクネアーは、ためらいがちに言った。

「十年前のことですよ。今では都市伝説みたいなものです。それとも、私を脅迫しようというのですか?」

「とんでもない。誤解しないで頂きたい。私は、ただ、安全保証理事会にも影響力のある十年前の英雄の力を借りたいのです」

「それで?」

 ケイ少佐は興味深そうにマクネアーの話を聞いている。

「わからないのですよ。一方では、キャンプ場を潰そうとする安全保障理事会にもポートブリッジ統合軍はつながりがありながら、別の一方ではキャンプ場に援助の手を差し伸べようとしている。いったい、どちらが本当の姿なのですか?」

「さあ、どちらかしらね。それはあなたの想像にお任せすることにするわ。それよりも、私は独り言が好きなのです。せっかく、ここまで来られたのですから、ぜひとも、聞いていってください。実は統合軍にも安全保障隊よりの考えを持った将校がいます。安全保障隊と自治組織によって内戦が始まった場合、統合軍側も二つに分裂し、それぞれに合流した統合軍どうしで戦闘が始まるかもしれません。そうなった場合、トゥーロン・イエールの市内は戦場になるでしょう。上水道設備、電力設備、食料生産設備などに被害を免れることはできません。その結果は考えるまでもないと思います。我々の苦労は気泡と帰すことになるでしょう」

 彼は言葉を失っていた。このような重大な情報をどうしてケイ少佐が知っていたのか、そんなことに疑問を持つよりも、統合軍側も二つに分裂することに衝撃を受けた。

「自分がなさなければならないことが解ったのでしたら、お引き取りください。そして、まずは自分の仕事を着実にこなしてください。そうすれば、きっと、いつかは未来も見えてくるでしょう」

 マクネアーは、自分の娘程度にしかすぎない若い女性に簡単に説得されていることに驚かされた。人生経験では、自分の方が二倍は多いはずである。

「わかりました。お手間をとらせました」

 マクネアーはがっかりして言った。彼はきびすをかえして歩き始めた。心の中では、ケイ少佐によい返事を期待していたのである。彼女だけは他の人間とは毛並みが異なるに違いないと期待していたからである。確かに、彼女は普通の人とは違う面がある。陰謀や策略に対して冷淡であるというのが近いのかもしれない。しかし、期待が大きかっただけに見事に裏切られてしまった。

「ちょっと、待ってください」

 ケイ少佐が、部屋を出ようとしたマクネアーを呼び止めた。

「なんですか」

「気を落とされないでください。まだ、キャンプ場はすべての人に見放されているわけではないのですから」

 彼女は笑っているようだった。なにか優しく語りかけているような不思議な笑顔だった。彼女は口では言わなかったが、なにかを伝えようとしていた。

 その時になって、マクネアーは始めて悟った。ケイ少佐に対して感じていた期待は、間違いではなかったということである。彼は直感でそれを感じた。別に理由はなかった。ただ、彼女は我々を護ろうとしてくれているという気がしたのである。

「ありがとう。では、次に会える時を楽しみにしています」

 ケイ少佐がマクネアーを連れて簡易会議室から出ようとしたとき、ちょうど入れ替わりで入ろうとしているひとりの憲兵隊が見えた。MLA簡易会議室はデータバンク室と共有されているため、入室するには専用のICカードが必要であり、入口のカードリーダ装置で身分が照合されなければならない。もちろん、許可を与えることができるのは責任者のケイ少佐だけである。にもかかわらず、見慣れない女性の憲兵隊がデータバンク室に入ろうとしているので、ちらっと見かけただけで気になった。

「何か用かしら?」

 ケイ少佐は単なる質問のつもりだった。ところが、ケイ少佐の姿にひどく驚いている様子だった。そして何の予告もなく突然にワルサーP5自動拳銃を抜き、ケイ少佐に銃口を向けた。それは一瞬の出来事だった。

 サイレンサー付きの「カシュンッ」と小さな音が静かに轟き、続いて背後で壁が砕ける音が響いた。

 ケイ少佐は、その瞬間、身体すら動かすことができなかった。幸運にも弾道は外れたようである。サイレンサーによって銃声の音は消せたかもしれないが、壁が砕ける音はあたりに響いていた。

 再び小さな音が轟いた。さすがに、今度はケイ少佐はマクネアーを反対側に突き飛ばし、衝動的にしゃがんで弾道から逃れた。本人も避けられるとは思ってもいなかったが、もう一度、壁が砕ける大きな音が響いた。

 暗殺者は、狙いを修正しようとした瞬間に、ケイ少佐が単にしゃがんだだけでないことをすぐに知ることとなった。ケイ少佐は腰をかがめて、相手に足払いをくらわす準備をしていたのだ。暗殺者は、すかさず後ずさりして、足払いから安全な距離へ離れた。しかし、MLA簡易会議室の前は狭く、さらに資料の入ったダンボールが廊下に山積みされており、ぶつかって体制をくずさないように気を使わなければならないため、素早さに欠けた。

 その間をついて、ケイ少佐はマクネアーを連れて、データバンク室へ降りる階段に逃げ込んでいた。サーバラックの後ろの狭い隙間であれば、暗殺者から死角になる。この隙間であれば安全であるし、抜ければ目立たずにフロアの反対側まで行けるのである。少なくとも暗殺者から距離をあけることができるのであるが、なにかが変であることに気づいた。

 胸がつかえて通れないのである。記憶が正しければ、この隙間は配線の点検用に蟹歩きで通り抜けられるように和田継矢中尉に幅を確保するようにお願いしてあったはずである。女性の身体は出るところは出ているということを和田中尉は考慮できていなかったのである。自分は決して太っているわけではないと言い聞かせながらも、これを知ったら和田中尉は絶対に誤解するだろうなと考えると彼女は憂鬱になってしまった。それは彼女にとって重要な問題なのかもしれない。

 暗殺者は、階段の上から扉越しに銃を連発した。移動できないためにケイ少佐とマクネアーは階段の下でひたすら体を丸めて隠れたものの、砕けた扉のガラスの破片が容赦なくかぶることになった。彼女は拳銃を携帯していないため反撃することができない。今できることといえば弾が外れてくれることを祈ることだけだった。

 扉が蹴破られ、暗殺者がゆっくりと階段を降りてきた。そして、獲物を狙い狼のように、銃の狙いをデータバンク室内の隅々に走らせていた。だが、暗殺者にとって不幸なことに、データバンク室はサーバラックによっていくつもの死角があり、さらに段ボールなどが散らかり放題のうえ、上や下を問わずに高く積まれたコンピュータリストやマニュアルのために、まるで倉庫となっており、ケイ少佐たちの姿を見つけることができなかった。

 廊下に足音が聞こえてきた。事務局を警備している憲兵隊が駆けつけてきた音である。相手をしなければいけない数が増えて、暗殺者にあせりが見え始めた。廊下の外に向けてでたらめに数発撃ち、牽制をする。さらに何か四角い箱のようなもの取り出して、安全装置を解除した。

「ここごと爆破する気だわ」

 ケイ少佐が暗殺者の考えを見抜いて警備の憲兵隊に警告する。だが、再び暗殺者の関心がケイ少佐に戻ることとなり、ワルサーP5自動拳銃を構え直した。その反対の手には爆弾らしきものを握ったままである。

「そのとおり。中に入ってくれば、すぐにでも爆破する」

 暗殺者は廊下の憲兵隊に聞こえるように警告し、手出しできないように策を講じた。そして、ゆっくりとデータバンク室内の奥へ歩き初める。ケイ少佐とマクネアーが見つかるのは時間の問題になった。

「どうやら幹線道路の待ち伏せ攻撃の主犯のおでましのようね。やり口がそっくりだわ。あの攻撃では十九人が死んだのよ。全てあなたがやったことだわ。さぞ褒められたことでしょうよ。どんなことがあっても許さないわ」

 形勢が不利のケイ少佐は、唯一の武器となった言葉で抵抗を試みた。

「だから、どうだっていうのさ。もうすぐ、あんたも死ぬのだから、二十人目にしてあげるよ」

 と、その時にデータバンク室の電気という電気が消えた。廊下にいた警備の憲兵隊が、電源を切ったのだ。

「ち、よけいなことを……」

 暗殺者は舌打ちをした。停電時にはセキュリティが解除される仕組みであった。暗殺者は外の様子を見るために入口に戻り、銃とは反対の手で扉を少し開けようとした。だが、扉が強く開かれ暗殺者が無理やり外に引っ張られた。次の瞬間には、暗殺者は苦痛にあえいで倒れ警備の憲兵隊によって押えつけられていた。ケイ少佐は安全になったので、マクネアーとともに隠れていた場所から解放された。

「さっき、確か許さないって言ったわよね。これはその分よ。だからって、これで終わったと思わないでもらいたいわね」

 ケイ少佐は暗殺者の頬におもいっきり平手打ちをくらわした。その表情になんのためらいもない。その後は警備の憲兵隊の仕事だった。あっさり内部に侵入されてしまって面子を潰されてしまった警備であるが、暗殺者の処置をどうするか聞いてきた。

「どうせ、安全保障隊とつながるようなものは、なにも言わないでしょう。聞くだけ時間の無駄だから、彼らが占拠している市庁舎にでも送り返してやりなさい。軍人なら軍人らしく死なせてやりましょう」

 ケイ少佐は冷たく言い放った。だが、暗殺者は、口もとの血を手でぬぐいながら冷ややかに笑った。

「負けたのは、あんたよ。マクネアーとともに先に殺した一九人に挨拶でもしてきな」

 その言葉を言い終える間もなく、暗殺者は自分を押さえている憲兵隊にのりかかるように体重をあずけ、自由になった両足で近くにいたもうひとりの憲兵隊を蹴り飛ばした。抑えられている手がひるんだ瞬間に、続けざまに拳銃を叩き落し、さらに、身体をもどしざまにその憲兵隊に回し蹴りをたたき込んだ。その直後には、暗殺者は安全な距離を隔てた場所へ後退していたのだった。暗殺者はわざと捕まって、マクネアーをおびき出す計画を考えつき実行したのだ。そう暗殺者の目的はマクネアーだった。ケイ少佐は巻き添えだった。

 警備の憲兵隊は、体勢を立て直して暗殺者を射殺しようとした。ベレッタM92自動拳銃を構えるわずかな時間に、暗殺者は既に駆け出していて、飛び上がって相手の攻撃をかわし、同時に空中で前蹴りを放った。そして、最後に軽やかに爪先から着地すると、とどめの回し蹴りをたたき込んでいた。暗殺者の技と身軽さに憲兵隊は驚嘆する間もなく倒れ、暗殺者の手には再び爆弾が握られていた。

 暗殺者は小型爆弾を奪い返すと、すかさず手を伸ばしスイッチに指をかけた。少なくとも暗殺者はそのつもりだった。しかし、手を遮るものがあった。不審な動作をケイ少佐に見抜かれていた。ケイ少佐はとっさに暗殺者につかみかかり、いっしょに倒れ込みながらも手に触れたものを無理やり引っ張った。なにかが外れるような感触がして、何か固いものが自分の手の中で自由になったことを感じた。

 ケイ少佐は手に握っていたものを見た。やはり爆弾だった。だが、爆弾にしては部品が足りない。ケイ少佐がとっさに奪ったのは爆弾の火薬の一部でしかなかった。

「えっ?」

 ケイ少佐が気づいた時には遅かった。さきほど、回し蹴りを食らっていた憲兵隊が立ち上がり、暗殺者に反撃に出ようとした。暗殺者は手もとに残った爆弾がまだ使用可能であることを見て取ると、すかさずそのスイッチを入れたのである。

 暗殺者は安全保障隊のローザ・エアハルト少尉だった。彼女が使用した爆弾は小型ながらも強力で、結局半分の火薬しか爆発しなかったものの生身の人間には十分に強力すぎるものだった。その爆発音は遠くトゥーロン市内まで響き、一瞬にして、あたり一帯を血の海にかえた。そして、思惑どおりにマクネアーを、さらに巻き添えの数人の憲兵隊の兵士とケイ少佐をその惨劇に捕らえることに成功した。

 エアハルト少尉を取り抑えようと、直前に立ち向かった憲兵隊の兵士は、身体の半分以上を失ってもはや手のほどこしようがない状態だった。おそらく即死だったであろう。その死体から流れ出る血は床一面に流れ出している。ケイ少佐を含む四人は、爆風によって嫌というほど強くはじきとばされ、その直後に割れて飛び散ったガラスの破片をかぶることになった。

 ケイ少佐は意識を失いかけ、ぐったりと体を横たえたまま動けなくなった。彼女の頭の中では、まだ小さかった頃の記憶が次々と頭に浮かんできては消えていた。人は死ぬ直前になると、忘れてしまった昔の記憶を次々と思い出すというがまさにそれだった。大異変前のまだ幸せだった頃の記憶であり、とっても懐かしく、とっても暖かい思い出である。彼女の意識は朦朧としていて、考えることが非常に面倒くさく感じられた。だから、このまま楽になれるのだったら、それでもいいような気がしていた。

 彼女の瞳に、爆発によって身体の一部を失った憲兵隊の兵士が苦痛にのたうち回っている姿が写った。彼はひたすら死にたくないと、うわ言のように叫んでいる。

「いったい、なにがあったのかしら?」

 どうして苦しんでいるのか、もうろうとしている彼女には理解できなかった。まるで、自分が乳飲み子であるかのように、距離をおいて篭の外から眺めているようだった。しかし、何かが違う。私は平穏な生活を諦めたのではなかったのか? でも、どうして? ドラゴンと、ルシファーと、そして十年間におよぶ戦争があったはず。彼女は何が自分の身に起きたのか思い出そうと努めた。襲撃、そして、爆発。まだ自分が生きている。やっとのことで自分が死にかけていたことを思い出した。そして、最期まで職務に忠実であった憲兵隊の兵士のことも思い出した。

「許せない!」

 怒りがケイ少佐を動かした。そして、彼女の慈愛と寛容の心に変化が現れた。なんの罪もない人たちが攻撃されたことに対して、彼女は安全保障隊シュバイツァー参謀本部長官に怒りを感じた。自分たちの野望のためだけに、こんなテロ行為をすることを彼女は許せるはずもない。

 彼女は次第に耳なりがひどくなり、聞きとることすら難しくなっていた。爆発の衝撃によって鼓膜が損傷しているのかもしれない。それどころか、目がかすみ始め視力が急激におちているようだった。おそらく、たたきつけられて脳震盪を起こしたのだろう。それ以外にも、腕のどこかを脱臼しているかもしれない。

 ケイ少佐は傷ついた自分の体をかばいながら、負傷した憲兵隊の兵士のそばまでくると、そっと手を握りしめた。だが、死の恐怖に怯える彼には、パニック状態で気づく余裕すらなかった。

「絶対に、許せない!」

 彼女はその憲兵隊の兵士のために必死で止血を試みた。

「絶対に、許せない!」

 彼女は、もう一度、つぶやいた。そして、なんとか助ける方法はないかと必死に考えた。だが、手のほどこしようもない惨状はどうしようもなかった。彼は内臓をあらわにし、苦痛で我を忘れていた。彼女は心の中は、はち切れんばかりにもがいているにも関わらず、身体は動かすこともままならなかった。

「私よりも、彼を先に! 私は大丈夫。大丈夫だから」

 ケイ少佐は駆けつけた憲兵隊に気づくと、すかさず指示を出した。口調はしっかりしていたものの、少佐としての命令というよりはむしろ哀願に近かった。結局、彼女は爆発時に右の鼓膜を少し痛めたことと左腕を脱臼しただけで、後は幸運にも軽い打撲だけですんだのである。幸いなことに、マクネアーは軽傷で、怪我らしい怪我もなく病院で検査するだけで、執務に戻ることができた。


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