トゥーロン市内市庁舎危機管理室
市庁舎の地下シェルター深くに設けられた危機管理室の厚いドアが開けられると、連絡将校を従えたフリードリッヒ・エッカーマン副長官は暗い表情をしたまま中に入り込んだ。エッカーマン副長官はルドルフ・フォン・シュバイツァー参謀本部長官の前まで進み完璧な敬礼をして、連絡将校に合図した。
「閣下、報告します。イエール空港が陥落しました。残る重要拠点はここ市庁舎だけとなりました。市庁舎周辺にも群集が集まりつつあります。情報によると千人ほどの群集が道路にまであふれてバリケードを築いているもようです。そのため、電話局などに展開中の一部の部隊が群集にはばまれて孤立しています。未確認ながらキャンプ場で組織されている自治組織から各地域に指示が出ているようですが定かではありませんが、市警察当局は我々の命令を無視して群集の動きを黙認しているようであり、市庁舎へ集まりつつある群衆にも合流しつつあるという情報も入っています。それに、……」
連絡将校は報告を読み終えると言葉を濁らせて、エッカーマン副長官の方をちらりと見て救いを求めた。
「どうした?はっきり、言わないか」
参謀本部長官は、はっきりしない連絡将校に容赦無く怒鳴りつけた。彼は機嫌がよくないことを隠そうともしなかった。
「閣下、その後は自分が続けます。市警察の一般警らはキャンプ場の自治組織に進んで協力しており、警察署を押さえれば警察を自由に操れるとした我々の計画は失敗しました。つまり、我々は孤立しました。最悪の場合には、市民全体とポートブリッジ統合軍を敵にまわさなければならなくなるでしょう。どうやら、ルシファーの一件で警察庁長官が統合軍側に味方する結果となったようです」
「ルシファーの件は不運としかいいようがない。そうだろ、エッカーマン君。考えてもみたまえ、この重要な時期に我々が重要拠点を空っぽにできなかったことは君も百も承知のはずだ。どうせ市の警察など所詮はただの市民だ。そんな奴らなど放っておけばよい。それよりも、ポートブリッジ統合軍の動きだ」
「ポートブリッジ統合軍は安全保障理事会を潰す腹なのではないでしょうか? 理事会の権限を弱体化させ、我々安全保障隊の武装解除を実行する気なのではないのでしょうか? いや、それどころか解散させる気かもしれません」
エッカーマン副長官は安全保障隊の全員の考えを代弁した。安全保障隊の誰もが“内戦”という事態を予想し始めている。だが、“内戦”を恐れているのではない。我々に大義名文があれば、自分たちは命令に従って喜んで戦うつもりだった。ただ、自分たちが本当に正しいという確信が欲しいのだ。
「そんなことはさせん。トゥーロンという殻に閉じこもる政策により軟弱になりきった市閣僚ゆえに、避難民問題すら満足に解決できぬ愚か者などに再び運命を任せる蛮行など断じて許せん。それを助けようとする奴らもだ。我々が立ち上がったのは、軟弱な市閣僚を打倒し強い人類世界を取り戻すという崇高な目的を達成するためであることを忘れるな。我こそ正義。負けることなど許されぬ。いかなる犠牲を払おうとも、我々は戦いぬくのだ」
安全保障隊の参謀本部長官であるシュバイツァーは言い切った。もはや、彼は安全保障隊という名の私兵の司令官になり下がっている。それでも、エッカーマン副長官はひき下がらなかった。なんとか、人間同士が戦うという愚かな行為だけは避けたかったからである。
シュバイツァー参謀本部長官は、自治組織代表のビンセント・マクネアーが気に入らなかった。なにもかもうまくこなすことができるエリート意識を鼻にかけているようで、自分たちを虫けらのごとく扱っていると考えているのだ。しかし、それはまったくの偏見に過ぎなかった。避難民を虫けらのように扱ってエリート意識を鼻にかけているのは安全保障隊の方だった。そもそもマクエアーという人物が表舞台に登場してくるとは予想外な展開であった。なにかが自分たちの見えないところで動いている。そんな感じだった。マクネアーを真っ先に逮捕するべきであったに違いない。小物と思って、放置してしまっていたのである。こちらの筋書きどおりに進んでいたにも関わらず、いつの間にか互角に持ち込まれていたのだ。今すぐに何か手を打つ必要があった。
「エアハルト少尉に連絡しろ。予定どおりに動けとな」
シュバイツァー参謀本部長官は自信ありげに笑った。
シュバイツァー参謀本部長官は大異変後の苦しい生活で性格がすさみ、考え方が屈折していた。その屈折が次第に正義という秤を狂わせてしまっていた。苦しいのは誰もが同じであるが、いたわりあうことができなかったのである。




