トゥーロン市最東端イエール旧キャンプ場
警察本部が安全保障隊から解放されると、ルシファーの防疫処置についても、遅ればせながら警察本部によって二重三重に念を入れて開始された。現場の至る所がカビのような菌糸で覆われていた。しかしながら、初動の隔離処置が効果を発揮しており、ネズミなどの小動物すらも接近ができなかったため、増殖期に入る前のルシファーの滅菌が安全に進んでいた。
さらに、イエール空港も安全保障隊から解放された噂は、市内に瞬く間に広がっていた。市民たちが圧倒的に支持しているのは安全保障隊のルドルフ・フォン・シュバイツァー長官ではなく、キャンプ場の自治組織代表のビンセント・マクネアーであった。
このためキャンプ場の住民に新しい動きが起こっていた。マクネアーはキャンプ場だけではなく、トゥーロン・イエールの治安回復に積極的に動き、警察本部と連携し自警団による治安維持、さらには負傷者の救護、貧困者に食事の提供をするなどを実施していた。彼は単に無我夢中で実施しているだけであったが、いつしか暫定政府と呼ばれるようになっていた。彼に賛同する有志はわずかな人数ではあったものの、拘束をまぬがれた市議会議員も参加し、組織を拡大して対応していた。その努力のおかげで市内は秩序と活気を取り戻しつつあった。市民に少しずつながらも笑顔が戻りつつあり、トゥーロン市内は落ち着きを取り戻しつつあった。市民は少しずつながらも、復旧作業に手を付け始めていた。中には暴動などなかったように、いつもどおりに店を開いているところも見かけられた。
マクネアーの自警団は、キャンプ場から市庁舎に向けて逆進入を試みていた。逆進入のため市庁舎周囲の安全が手薄になってしまうが、この方が一般市民の安全を第一に確保することができた。これは、何よりも先に自分の部下たちの家族や友人を守ろうとした作戦で、彼の性格がよくあらわれていた。
「マクネアーの元へ」
「市庁舎へ」
どこからともなく人々たちが集まり始め、市庁舎に向かっていた。彼らは口々に叫ぶと、市庁舎に立てこもる安全保障隊を人の壁で包囲しようとしたのである。立ち上がった市民や避難民の包囲網は、ついに市庁舎周囲にまで達っすることとなった。
彼らは、市庁舎を包囲するとバリケードを築き始めた。誰が言いだすわけでもなく、<群衆の歌>を歌いながら、自分たちを鼓舞し、自ら怒りを高めていた。<群衆の歌>は、ミュージカル「レ・ミゼラブル」の劇中歌であり、後半のクライマックスで抑圧されていた民衆が蜂起する際に歌われた歌である。トゥーロン・イェールの民衆は、まるで蜂起が目的であるかのような行動となっていた。
気の短い少数の避難民が先走り、建物の死角から突入しようと試みられたが、これは失敗に終わった。市庁舎の内部は隔壁を閉じることによって巨大な迷路と化す。内部深く侵入するどころか、入ったところを待ち伏せされて射殺されるだけである。
結局、市民や避難民は市庁舎を包囲したものの、それ以上は進展させることができず、にらみ合いを続けることとなった。




