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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第六章 ドラゴン
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モン・ファロン火器管制所

 モン・ファロンにある統合軍の火器管制室と呼ばれている場所は、単なるコンクリートで囲まれたトーチカのような部屋にしか過ぎなかった。土のうが積み上げられているが、空から見ればまるで無防備な窪地にしか見えないに違いない。割れると危険なガラスは窓にはめられていないために外気の冷たい風が中にまで吹き込んできていた。ここは針鼠のように設置されている周囲の高射砲の火器管制所である。防空戦闘指揮室から送られてくる諸元情報に従って高射砲を撃つことを命令するだけの場所であったが、ここであればトゥーロン・イエールの上空がよく見えた。

 厚い雲におおわれ、星一つ見ることができない夜の闇の中で、トゥーロン市やポートブリッジ基地の明かりは空襲警報の発令と同時に完全に消されていた。火器管制室にあるDRINCSの端末の明かりが唯一の明かりで、闇がまとわりつくようだった。ケイ少佐はマールス・グラディウス少尉がすぐ隣にくるまで気づかなかった。ケイ少佐はなんであなたがここにいるのよという表情をしながらも、こういう時はたいていに傍にいるので特に声をかけることもなく、天空に何か見えないか見上げ続けた。

 トゥーロン市内とポートブリッジ基地内では発煙弾による煙の散布が開始されていた。同時に市内にはドラゴンの飛行を邪魔する目的で、阻塞気球が次々とあげられていた。煙だけであるので人体に害はない。ドラゴンに対しては催涙弾と発煙弾の2つを浴びせ続けているので、赤い煙を催涙ガスと思い込み市内や基地内に侵入してこないことを祈るだけである。即興な作戦そのものであるが、ドラゴンの目的はトゥーロン・イエールに対する攻撃ではないと自信がある。それならばこんな子供だましの戦術でも有効かもしれない。彼女にはそんな確信があった。ただ気がかりなのは、ドラゴンの瞳孔の形は猫のように縦型のため夜行性のはずであるが、すっかり陽が落ちて暗闇となってしまったため、ドラゴンにも発煙弾の煙がの色が見えないのではないかという危惧があった。

「反応があります。ですが、ノイズが多すぎるため測距儀の数字がぶれて読み取れません。すぐ近くまで来ているのは確かなのですが……」

 グラディウス少尉は夜空に向けて測距儀を向けてみた。目標をとらえた測距儀のモニターが一段と大きな反応を示している。ケイ少佐はのぞき込むようにモニターをのぞいて見た。測距儀は確かに何かが接近していることを捕らえている。しかし距離しか表示されないために細かな情報がわからない。

「雲が電波を反射しているのではないの?」

「とんでもない。この装置は高価な代物なのですよ。間違っても偽物の情報をつかまされたりしません。確かに不安定な影が存在するのです。まちがいなく、そいつはこちらに向かって来ているのです」

「わかったわ。でも、測距儀だけで判断してはだめよ。ここだけが頑張っても勝てないわ。DRINCSのネットワークに接続して広範囲な情報を得るのよ。統合軍の一部として大局的に効率良くここを守ればいいのよ。それを忘れないで……」

「わかりました。すぐに手配します」

 ケイ少佐は再び上空をふり返った。大気は静まりかえっている。不気味な程に静かだった。だが、この闇の奥に間違いなくいるのだ。ドラゴンの大群がいるのだ。

「それにしても何も見えないわね。DRINCSにまだ接続できない?」

 彼女はつぶやいた。ただ上空をあおぎながら身を隠している兵士の息遣いだけが聞こえてくるだけだった。

「準備できました。DRINCSからの情報が出ます」そして、小さなどよめきが辺りに起こった。「そんなばかな。トゥーロン上空を覆っています。奥行きは測定値を超えています。それも、すぐ目の前だ!」

 グラディウス少尉の声がうわずりかけている。DRINCSは、あたり一帯に信じられない程の熱源を探知しているのだ。それも何重にも重なりあって上空を覆いつくしている。

 ケイ少佐は息を飲み込みながらトランシーバーをつかんだ。

「モンゴメリー統合軍参謀本部総長の許可を受けてあります。基地からの攻撃は控えます。地中海艦隊からの艦砲射撃で基地の外へ注意を集めてもらいます。ただし、いつでも攻撃できるように準備だけは忘れないでください。できる限り、やり過ごす。それが作戦……。絶対、こちらから攻撃してはだめよ」

 彼女は再度確認した。統合軍の対空兵士全員がこの通信に耳を傾けている。すぐさま、各部隊から攻撃準備だけはできている報告が届いた。

「戦闘準備完了しました。ですが、ここは危険です。少佐は防空戦闘指揮室までお下がりください。状況はそこでもわかります」

「私、ここにいたいわ」

 ケイ少佐は自分の身を安全な場所に置くことに引け目を感じた。それを察した火器管制所の兵士がおずおずとケイ少佐に話しかけてきた。

「ルシファーの一件を聞きました。我々前線の兵士の間では少佐の噂が有名になっています。どうか、今度は我々に華を持たせてください」

「私としても、できればそうしたいのだけれど……。やはり、そうはいかないわ。邪魔でなければ、ここにいさせてちょうだい。海上部隊の人間だから、対空砲すら扱い方がわからないから手伝いができそうにないけれども作戦を提案した責任があるわ」

 彼女はどちらかというと困った顔をしている。心の中の迷いをずばり指摘されたに違いない。彼女の心の中では、責任感と自分に対する可愛さを天秤で揺れ動いているのかもしれない。戦争マニアでもないのに誰も好きで最前線に居たいと思うわけがない。誰かが強い口調で彼女を説得すれば、案外すんなりと後方に下がってしまったかもしれない。

「ドラゴンとの接触まで、あと三百メートル」

 グラディウス少尉の緊張した声で話題が元に戻った。全員の視線が夜空に注がれる。しかし、なにかがおかしい。あまりにも静か過ぎる。

「百メートル」

 グラディウス少尉がカウントダウンを続ける。それと同時に誰かが神に祈っているのが聞こえてくる。

「頭上だ」

 誰も答えなかった。全員が巨大なドラゴンが目の前に現れる瞬間を待っている。ケイ少佐は歯を食いしばって、恐々と空を見回した。だが、なにも見えない。

「考えられない」

 DRINCSは接触警報を表示している。

「いないわ。いったい、これは……」

 その時、ケイ少佐は静かな中に風を切る音が聞こえているのに気づいた。その音が次第に大きくなってくるにつれて、無数のなにかが近くで風を切っていることがはっきりしてきた。彼女はその音の方向を見る。真上だ。

「赤外線照明弾はある?」

 ケイ少佐は今までにない早口で近くにいたグラディウス少尉に聞いていた。


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