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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第六章 ドラゴン
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ポートブリッジ統合軍海上部隊事務局データバンク室

 セリア・ケイ少佐と和田継矢中尉はひとつのディスプレイ装置の前で簡易現況作戦図を使って多標的最適誘導迎撃システムに新しい戦術データを入力しているところだった。

「ドラゴンの進路上に少しだけ催涙ガスを散布するわ。そのための作業可能を対空火器にDRINCSで命令して欲しいのよ」

 それは数分前にケイ少佐がデータバンク室に飛び込んできた時から始まった。彼女は和田継矢中尉をせき立ててディスプレイ装置の前に座らせ、催涙弾と発煙弾の発射について相談をした。催涙弾は対ドラゴン用に戦場で普通に使用される化学兵器である。人間にも当然に影響があるので、密閉された車両が集中している機甲部隊が戦術支援用に時々に使用されるくらいだった。

「一回目はここと、ここ。そうね、扇上に広がるように五発ずつくらい」

 ケイ少佐は簡易現況作戦図が表示されているディスプレイ装置にライントペンを使ってマークした。マークされた場所にサブウィンドウが開き入力待ちになっている。

「催涙ガス高射砲弾および赤い発煙弾でいいのですね? でも、この発煙弾というのは何ですか?」

 和田中尉がサブウィンドウに表示されている拡張メニューから目的の弾を選択しケイ少佐の確認を求めた。

「条件反射を利用するのよ。赤い色の煙があるところには催涙ガスがあるのだと思わせるためにね。まさか市内や基地に本物の催涙ガスを散布はできないでしょう。だから、ここへ来るまでに何度も同じことを繰り返して、条件付けしておくのよ。後は市内と基地を発煙弾だけでおおってドラゴンを寄せつけないようにする。これが今回の作戦よ」

「するべきことはわかりましたが、これだけでは作戦としてはインパクトが弱くないですか? きっと、他にも何か考えていることがあるのですね。それを教えてくれませんか?」

「もともとドラゴンは群れで行動する生き物ではなかったはずよ。なわばり意識が非常に強く、常に単独で行動していたわ。だから、今回のドラゴンの行動はどう考えても不自然なのよ。それで坂井さんが言っていたことを思い出したの。ドラゴンがつがいを組んでいたって話をね。だから、このドラゴンの行動に何か意味することがあるのではないかって急いで考えてみたの。ひょっとしたら、それがトゥーロン・イエールを戦場にしない方法に結びつくのではないかって思いついたわけ」

「産卵に関わる本能に基づいた行動? それなら、ドラゴンにとって今は人間に関心などあるわけがない」

「私も、そう思うの。少なくとも、ドラゴンの本当の目的地は私たちの頭上を越えて、その遥か先にあるのではないかと思うの。不幸にも防空戦闘コンピュータではリアルタイム処理をできても、過去のデータの蓄積からドラゴンの軌道を予測できない。でも、私たちのDRINCSならできるわね」

「もちろんです」

 和田中尉は隣のディスプレィ装置のキーボードを手もとに持ち込んで、いくつかのコマンドを入力し始めた。ディスプレィ装置はすぐに反応し始め西ヨーロッパの地図を表示すると、ドラゴンの移動の様子を小さなベクトルで次々と地図上に重ねていった。DRINCSは過去に蓄積された膨大なデータから、現在のドラゴンの行動を推測することができる。地中海の南側からこちらに飛翔してきたとすると、アルプル山脈を反時計回りに迂回して北上するという結果であった。このためいったんはイエールの東側に集まることになるが、その後はさらにベクトルは北へ連なっていった。

「ドラゴンの群れの西側の端がイエールやトゥーロンに接近しそうですね。でも、ドラゴンは北に向かっている。ということは、少佐の考えは的中ですよ。そこは始まりの地、フェアリーリングがあると思われる場所です」

「やっぱりね。おしゃべりはここまでにして、さっきの続きを始めるわ。少なくとも今のドラゴンは人間へ関心がないということであれば、この作戦でもなんとかなると思うのよ」

「うまくいくといいですね」

「そうね。じゃあ、実行してちょうだい」

 和田中尉が入力実行キーを押すとサブウィンドウが閉じ、先程マークした場所へミサイルの弾道が描かれた。多標的最適誘導迎撃システムによってDRINCSが最適なミサイルサイトに発射命令が送られたのだろう。

「次の目標にいくわよ」

 ケイ少佐の持つライトペンがディスプレィ装置の上を何度も往復し、根気よくドラゴンの鼻先に催涙弾と発煙弾を発射し続けた。空調の効くデータバンク室にもかかわらず彼女の胸元には汗が浮かび上がっている。

「では、後はお願いね。できるだけ派手に市内と基地を発煙弾で煙だらけにしてよ。風に注意して決してとぎれることのないようにしてちょうだい。ただ、もしもこの作戦が失敗に終わって基地内が戦場になりそうだったら、なにをおいても隠れるのよ。いい、わかったわね」

 ケイ少佐はウィンクすると、今度は地上の火器管制室に向かって走っていった。彼女が残していった女性特有の色っぽい汗の香りは、データバンク室を見守るかのように本人が去った後も不思議に消えようとはしなかった。


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