ポートブリッジ統合軍防空戦闘指揮室
セリア・ケイ少佐は防空戦闘指揮室〈DCC〉と表示された扉を通り、駆け込むようにして円形天井の部屋に入った。緊急呼び出しを受けた防空責任者の佐官クラスの中で、最初に現れたのは彼女だった。防空戦闘指揮室は興奮した操作員によって既に活気に満ちていたが、その本当の能力は未だに目覚めることなく待機していた。
「プラネタリウムドームの真価が試される時がきたわね」
ケイ少佐は防空戦闘指揮室の中二階のテラス中央に進み、たった今プラネタリウムドームと呼んだばかりの天井を仰いだ。防空戦闘指揮室の円天井は全天三百六十度すべてスクリーンで覆われていて、刻一刻と変化しつつあるトゥーロン・イエール周辺の敵の動きを投影できるような仕組みになっていた。テラスの下の床面スクリーンに投影される統合軍の各部隊の動きとともに、リアルタイムに現況作戦図が投影できる仕組みなのである。要するに、かつての作戦指揮室で使用していた旧式の現況作戦盤、棒を使って駒を動かしていた地図の二十一世紀版である。
迎撃戦闘機隊から対空ミサイル部隊までのありとあらゆる統合軍各部隊の端末は地上ランドマークからの電波により数メートル単位の誤差内で位置測定を行ない弾薬残料や損傷状況とともに常に最新の情報が自動的に防空戦闘コンピュータへ入力されていた。そして、三次元レーダーから入手した標的の情報を重ね合わせることで、防空戦闘指揮室にいながらトゥーロン・イエール周辺の戦況を完全にシミュレートしていた。表示は抽象的な図によって置き換えられてはいるものの、まさに敵味方双方の動きがチェス盤の駒のように一目瞭然で分かるのである。
もっと正確に言うのであれば、この現況作戦図は防空戦闘コンピュータの単なる二次的な機能にしか過ぎなかった。本当の実力はその程度のものではなく、多標的最適誘導迎撃システムと呼ばれる機能こそが本当の中核であった。レーダー上の多数の標的を同時に追跡し、状況にあった最適な部隊運営を支援するシステムである。ネットワークで結ばれた各対空ミサイル部隊にはもっとも攻撃しやすい標的を指示するとともに、各迎撃戦闘機隊には地上軍の死角を援護できる位置に誘導することができた。そして一度発射されたミサイルをシステム自ら制御することで、各部隊は次の発射行動に専念することができるのである。
追跡可能な標的の数は無限ともいわれ、さらに弾薬の補給手配から敵の行動分析まで行う作戦決定支援システムもかねている。これによりトゥーロン・イエールの防空能力を最大限にまで引き上げ戦闘機相手なら理論的に毎分百機以上の標的の完全破壊を可能にしていた。 リアルタイムに状況を把握し的確な処置を効率良く行うことのできるこのシステムは、MLAの作成したDRINCSのネットワーク技術を基盤とした防空戦闘コンピュータの真の力であった。
プラネタリウムドームという愛称も円天井という理由から、誰というわけでもなく自然につけられたものである。統合軍防空戦闘指揮室に始めて入った時に見る室内にもつ感想は誰でも同じなのである。それはケイ少佐も例外ではなかったに違いない。彼女は正式名でもないのに頻繁にプラネラリウムドームという名前を好んで使用していた。多標的最適誘導迎撃システムなどという固い名前に人気がないのは無理からぬことだった。本当のプラネラリウムドームとの違いといえば星の動きのかわりにドラゴンの動きが分かるというだけであり、まさに的を射た愛称に誰も文句など言うはずもなかった。
「プラネタリウムドーム立ち上げプログラムの起動をよろしく。それから不測の事態に備え待機系サーバのスタンバオも忘れずに……」
ケイ少佐の指示の下で防空戦闘指揮室の専門操作員がコンピュータの端末に次々とコマンドを入力し始めた。円天井のスクリーンが次第に明るくなり始め、ポートブリッジ統合軍を意味するロゴが浮かび上がった。そしてスクリーンがリセットされると円天井を横断する目盛りのついた天の赤道線が現れ、一度左右に大きく揺れた後に安定して固定した。今では様々な記号が円天井に投影されてプラネタリウムドームらしくなってきている。
「各レーダサイトとの接続順調。システムに問題はなし。ドラゴンに関する情報が流れ込んできます。ものすごい量だ」
しばらくの間をおいて操作員が感想を漏らした。
「よけいなことは言わないで」
ケイ少佐が操作員を注意する。私語を注意したというよりも、よけいな動揺の輪を広げたくなかったための彼女なりの配慮である。
「投影を開始します。ドラゴンは南南東に出ます」
その防空戦闘指揮室にいた全員が円天井の南南東に視線を向けた。そして、どよめきがおきた。プラネタリウムドームの南南東部分に赤い筋のような雲が広がっていた。だが、そこにいる全員には、プラネタリウムドームに決して雲が表示されることがないことを承知している。これは全て敵なのだ。敵があまりにも密集しているために点ではなく雲のように見えているのだ。
「次第に広がっていきます」
先程の投影開始を告げた操作員が補足した。だがこれは正確な表現ではなかった。もっと的確に表現するならば、雲を形成する点が次第に増えているというべきであった。
「一部を拡大してみますか?」
なぜか張り切り続ける操作員が、ケイ少佐の指示を求めた。
「えぇっ。お願い」
ケイ少佐はめずらしくしどろもどろに応えている。予想以上の数の敵に彼女には心の準備が間に合わなかったのであろう。
ケイ少佐は自分の目で見ているものが信じられなかった。円天井の凸型スクリーンに投影される赤い雲が、さらに大きく広がろうとしている。まるで自分を取り囲むかのように、南にも東にも赤い雲は確実に伸びていた。防空戦闘指揮室にいると自分が赤い雲によって取り囲まれるような錯覚に陥った。もちろん、それは現実には全長十キロにもおよぶトゥーロン・イエール全体を取り囲もうとしているような動きにも見えた。心の準備ができていない彼女には刺激が強すぎた。
「拡大します」
操作員の言葉とともにプラネタリウムドームの一部にサブウィンドウが開いて、やや大きめの赤い点の集団が表示された。なんとなくドラゴンの形が分かる程の解像度があり、やはりサブウィンドウ全体に赤い点が広がっている。防空戦闘コンピュータの誘導システムによって、ひとつひとつの標的にターゲットロックのサインが点滅していくが、数が多すぎてそれぞれが重なりあってしまっていた。
「敵はポートブリッジ統合軍の警戒防衛圏に進入し、依然と接近中です。両翼は約十五キロにわたって展開していますが、幾重にも重なりあっているらしくレーダーでは正確な数がわかりません。おそらく、数万もの数でしょう。ポートブリッジの防空能力を上回ること百倍を越える数です」
「デフコン1オプション・ブラボー発動だ」
ロイド・フランク・モンゴメリー統合軍参謀本部総長が 港湾防衛隊司令官フランクリン・シナトラ少将を従えて到着し、防空戦闘指揮室を制するような大きな声で一喝を入れた。オプション・ブラボーとは、通常兵器の使用の許可を意味する。彼はプラネタリウムドームの表示には動揺する様子など全く見せず、ずかずかと指揮席に座った。
「了解。デフコン1オプション・ブラボーを発動します。多標的最適誘導迎撃システム立ち上げプログラムを起動します」
シナトラ少将の副官が操作員に状況を聞いている。それを、じっと少将は聞いていたかと思うと、突然大きな声で吠えた。まさしく吠えたという表現が適切であろう。
「既に港湾警備師団は動いている。我が師団の防衛態勢は防空戦闘指揮室があれば完ぺきなものである。たかが伝説時代の大型動物ごときに、なんの憂いも無用である」
操作員の中から歓喜の奇声があがる。防空戦闘指揮室の人間が血液中に多量のアドレナリンを分泌し興奮状態にある中で、ケイ少佐は冷めていた。先程の動揺で自分の情けないところを見せてしまい、しっかりするように自分自身を元気づけていた矢先である。シナトラ少将の自信たっぷりの演説を聞いて、かえって彼女は疑問を感じてしまった。この自信はいったいどこから来ているのだろうか? 自信過剰なのは勝手だが、万一失敗した場合の代替策も考えてのことであろうか疑問に思っていた。
DRINCSを創ったのは自分たちMLAではある。だからDRINCSを基盤とした防空戦闘コンピュータを信頼してもらえるのは確かに嬉しいが、これは所詮道具にしか過ぎないのである。コンピュータのもたらす機能は有効かもしれないが、道具に頼り過ぎるのも考え物である。
それならば、今の港湾警備師団の動きはどうであろうか? あれだけ自信たっぷりの演説から推測すると真正面から戦うつもりなのだろう。確かに防空戦闘コンピュータさえあれば真正面から戦っても優位に戦闘を行えるかもしれない。ただし、被害を度外視すればの話である。そう、防空戦闘コンピュータは効率よく戦うことだけを計算する機械に過ぎない。与えられた場所で、与えられた戦力で、人間の用意した戦場でコンピュータは戦術を最適化し続けるだけなのである。コンピュータは守るべき物を持たない、さらに付け加えればなんのために戦うのかさえ理解しない機械なのである。もっとも、これは和田継矢中尉の言っていたことの受け売りである。
「市民の安全を第一にすべきです」
ケイ少佐は突然にモンゴメリー統合軍参謀本部総長に向かって具申していた。操作員が驚いたような顔でこちらを見ているのが分かる。
「市民はシェルターに避難済みである」
シナトラ少将がモンゴメリー統合軍参謀本部総長の代わりに答えた。
「そうではありません。ここを戦場にしてはいけないと言っているのです。ここは我々が住む街なのです。街が燃えてしまったら、私たちはどうしたらいいのですか?」
ケイ少佐はあまり適切な表現で説明できなかったことに苦い思いを感じた。彼女は議論があまり上手ではなかった。どんなに主張が正しくても表現が下手なために、いつも相手に見下されて損をしてしまう性格なのである。今回もどうやら例外ではないらしい。
「ケイ少佐はどうやら感傷的に物事を考えているようだ。たとえ住む街を失っても、戦いに勝たねば安全はない。まずは勝つことだ」
彼女はそれでも引き下がらなかった。自分が個人的な感傷で行動している気などないし、自分の考えが間違っているとも思えないので、相手の言葉をそのまま簡単に認めるわけにはいかなかった。
「先程の言葉は不適切でした。ですが、ここで戦うことには、やはり納得ができません。施設への損害が大きくなるばかりです。港湾警備師団の兵士たちは勇敢に戦い我々を守り抜くことに何の疑問もありません。しかしながら、ここでの戦闘は自重下さるようお願いします。上水道設備、電力設備、食料生産設備、どれも百パーセントに近い稼働率で運営されているのが現状です。余裕はまったくありません。万一設備に損害がでることでもあれば、トゥーロン・イエールは都市としての機能を失うことにもなりかねません」
「ケイ少佐、自分の立場をわきまえろ。戦術に関しては事務次官に過ぎない少佐に口出しは無用だ」
ついに怒りの雷がおちた。だが、モンゴメリー統合軍参謀本部総長ではなくシナトラ少将の雷である。ケイ少佐はつい反射的に身をこわばらせてしまう。
「そう大声を出すものではない。少佐が恐がっているではないか。少佐の言うことにも一理はあるのだから、頭ごなしに怒鳴るものではない。ましてや少佐はDRINCSを開発した実績もあり、それなりに地位のある身なのだ。だが、指揮室内でのごたごたはごめんだ。前線の指揮に影響するからだ。それは我々を信頼して戦ってくれる兵士を裏切る行為に等しい。それだけはあってはならないことだ」
意外とも思えるモンゴメリー統合軍参謀本部総長の発言にシナトラ少将は素直に従い、逆にケイ少佐はどうしていいのか対応に困った。
「ケイ少佐、相手次第なのだ。現にドラゴンはここに向かってくる。基地を移動しない限り、我々に選択件の余地などない。むろん基地は移動などできないから答えは出ているわけだ。それならば被害がでるからといって今は戦闘コストの悪さを議論している場合ではないはずだ」
モンゴメリー統合軍参謀本部総長の言っていることは正論である。だが、ケイ少佐は諦めなかった。本当は見て見ぬふりをしていた方が楽なのだが、これから起きる結果を考えると黙っていたことをあとで悔やむことになりそうだった。彼女は性格的に固いところがあって自分をごまかせなかったのである。面倒でもやれることは全てやっておきたかった。
「閣下のおっしゃるとおりです。しかし、戦術といえども積極的に優位な状況を造り出せるのであれば、それを利用しない手はないと思います。私は閣下にその手段を提供できるのです。つまり、ドラゴンを基地内に寄せつけないように誘導するのです。港湾警備師団の戦力は疑う余地もありませんが、民間人の施設への被害も少なければさらに閣下の名声は上がることになるでしょう。ですから、それまで基地内からの攻撃を控えていただけないでしょうか?」
「どうやって誘導するのだ。相手は数万の数だぞ」
「言い出した自分に責任がありますから私自身が行ないます。DRINCSを使用すればできます。ぜひ、私の具申をお聞き下さるようにお願い申し上げます」
「わかった。少佐は自分の意見を主張するのが下手なようだが、その市民を守ろうとする誠意には感嘆するものがある。最近の口先ばかりの若い将校とは違い、見習うべきものがある。ルシファー事件で市民を守り抜いた功績がある。だが、大して待てぬぞ」
「具申を聞いて頂き、感謝いたします」
ケイ少佐は敬礼すると防空戦闘指揮室を出て、データバンク室に向かった。




