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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第五章 安全保障隊
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トゥーロン市内警察本部

 トゥーロン警察本部は、依然として安全保障隊によって包囲が続いていた。安全保障隊の装備であれば警察の装備と比較してはるかに勝っているため、早々に実力行使に訴えれば警察本部を占拠するのは容易に思われていた。しかしながら、予想外の政治的な事態が発生していたため、手荒な真似に訴えることができなかった。警察本部内に統合軍の将校がいるのである。実力行使に訴えて、統合軍の将校を負傷させるわけにはいかなかった。このためセリア・ケイ少佐はあいかわらずポートブリッジ統合軍の基地に戻ることができず、警察本部にとどまっていた。

 実のところ、キャンプ場を中心に市民が立ち上がり、市内各所で警戒中の安全保障隊の部隊を取り囲み、抗議が殺到し始めていた。安全保障隊は、衝突を避けるために自然とかたまり、結果的に警察署の包囲にほころびができていた。

 警察本部が安全保障隊に抵抗し、籠城しているという噂は、ゆっくりであるが市内に確実に広がっていた。勇気のある者が次第に警察本部周辺に集まり、時間とともにその数は膨れ上がっていた。それは、最初は断片的な点にしか過ぎなかったが、数が増えると自然に警察本部を包囲する安全保障軍の部隊をさらに包囲する二重包囲となっていた。警察本部の包囲を続けるには、安全保障隊の人員があきらかに不足していた。

 ビンセント・マクネアーも噂を聞き、警察本部近くに救護テントを設営していた。市内では安全保障隊や暴徒による小競り合いが続くため、負傷者を積極的に受け入れ、手当てを施すためである。その姿勢は市民にも受け入れられ、行政機関が安全保障隊により骨抜きにされて何もしないことを市民たちは知っていたため、自ら手伝いを申し出るものが次第に増えていった。

 市民が団結し始めることは、安全保障隊から見れば当然のごとく気にいらなかった。安全保障隊の下士官が護衛を従えて、救護テントに入ってきた。

「まだ、もっとも過激な暴徒が数ヶ所で立てこもっているのだ。それに元凶のキャンプ場は依然として残されている。負傷者の治療ではなく、もっと根本原因を治療しないことには、問題が解決したことにはならん。もっと、具体的な引き締めが必要なのだ」

 誰も聞いていないにも関わらず、安全保障隊の下士官は自己弁論を始めた。マクエアーはまたかというように、いかにもうんざりしたように肩をすくめた。だがその時、外が急にざわめき始めた。そのざわめきは、とまどいにも、驚きにも、どちらにもとれた。

最初に外の異変に気づいたのは、安全保障隊の下士官だった。だが、さすがに指揮官クラスともなると異変に動揺などは一切みせずに、毅然とした態度で行動をとり続けた。だが予想外の事態に、それは脆くも崩れてしまった。統合軍の将校が人の壁をかき分けて、救護テントに入ってきたのである。

「おまえは!」

 安全保障隊の下士官は、もちろん将校の顔をしっているため、つい汚い言葉を使ってしまった。

「おまえなどと気安く呼ぶあなたはどちら様でしたかしら? 安全保障軍隊の少尉風情に知り合いなどいないと思っていたわ。最近は私も有名になったのね。どうしてかしら?」

 セリア・ケイ少佐は顔色ひとつかえずに皮肉だけで安全保障隊を軽くあしらう。その澄ました態度に相手はかえって逆上するが一向に気にするそぶりもせず、マクエアーの前に進みでた。

「マクエアー殿がトゥーロンの正常化に協力していただければ、警察本部はキャンプ場の改善について多少なりとも約束をさせて頂くことができます。警察本部にて身分証明書を発行し、難民認定して迎える計画があります。長らく停止していた難民認定申請を復活させます。ただし、居住許可を得られるからには権利が保障されますが、納税と労働の義務も生じる事を忘れないでください。あなたたちの立場が合法になれば、違法就労の弱みにつけこまれて搾取されるようなことはなくなるでしょう。今度は告訴されますからね。統合軍の軍属であれば、きついけれども仕事なら山ほどあります。平和だったころの生活に戻りたいのであれば、真面目に働くことで、これからは手に入れられる可能性があります」

「少佐、勝手なことをされては困る」

 安全保障隊の下士官が割り込んできた。

「あら、さっきの不作法な少尉ね。まだいたの?」

 ケイ少佐がからかうと、安全保障隊の下士官は顔を真っ赤にして、救護テントから飛び出していった。安全保障隊はエリート部隊だけに軍隊階級の上下に弱いのであろう。

「それは大助かりだ。これだけを引き出すにも、かなり骨を折ったことだろう」

マクエアーは素直に喜びをあらわした。

「そう言ってもらえれば、その苦労も報われるわ」

ケイ少佐はまさに骨を折って根回しをしてきた成果である。警察本部に閉じ込められ、暇していただけではなかったのである。彼女が救護テントから出ると、安全保障隊にそれとなく周りを取り囲まれてしまった。殺気を放っているのが感じられる。おそらく本部に連絡を入れて、将校クラスの人間が来るまで足止めをする気なのだろう。

「暇な連中ね。いつも何をしているのかしら?」

 ケイ少佐は相手にわざと聞こえるようにつぶやいた。こういう時の彼女は、いささか意地悪になる。一見、彼女の身に危険が迫っているように見えるが、彼女の態度には焦りが全く見られない。どちらかといえば、凛とした態度を貫いている。

その時、一人の少女がケイ少佐に近づこうとした。その少女はついさっき彼女にチョコレートをもらっていたのである。言いそびれていたお礼を両親に促されて言いたかったのである。まだ、子供で周囲の状況を理解するには幼すぎた。だが、安全保障隊の一人が気づいて、それを阻止しようと少女の前に立ちはだかった。それでも少女が安全保障隊の兵士の脇をすりぬけようとしたので、その兵士は邪魔だと言わんばかりに突き飛ばした。

「わるい、わるい」

 その安全保障隊の兵士は、そういいながらも逆らったことの見せしめのつもりか、少女が落としたチョコレートを踏みつぶしていた。少女の泣き声にも似た小さな悲鳴が周囲に響いた。

 その悲鳴を聞いたケイ少佐の中でなにかが切れた。眉間にしわを寄せる程に不快感を現している。その場の誰もしらないことであったが、ケイ少佐の前で絶対にしてはならない行為を彼はしてしまったのである。

 ケイ少佐は少女と安全保障隊の間に割り込んでいた。少女をかばうようにしゃがみ込み、抱き起こしている。その一挙一足は普段の彼女の仕草からは想像もつかない程に荒々しい動きだった。

 最初はその荒々しさゆえに助けられた少女の方が驚いてしまったが、それが自分にとって不愉快な大人に向けられていることを理解するとケイ少佐の腕を強く握り締めて助けを求めた。

 実はケイ少佐はその少女に別の姿を重ねていた。彼女の心の傷であり、決して忘れることのできない罪の意識となってしまった妹のサラの姿であった。サラを死なせてしまった責任は消えなくても、この少女を守ることによって少しは罪を償えるような気がしたのかもしれない。そんな計算が働いたわけでもないが、そういう事情があったため考えるよりも先に行動に出てしまったのである。だが、すぐに彼女は落ち着きを取り戻し、荒々しさが消えた。だからといって、安全保障軍隊に対する先ほどの怒りが消えたわけではない。

「名前はなんていうの?」

 ケイ少佐は胸元から代わりのチョコレートを取り出して少女に与えた。チョコレートは彼女が将校ゆえに特別配給される嗜好品であった。

 ケイ少佐の動作は完全に安全保障隊を無視し続けていた。睨みつけるわけでもなく、かといって怒鳴りつけるわけでもない。ここに至ってまったく存在を無視し続けた。彼女がもっとも怒っている時の態度である。

「リラっていうの」

 少女はケイ少佐の胸に顔をうずめながら答えた。

「良い名前ね。チョコレートはお友達といっしょに食べてね。お姉さん、この人たちにちょっと用事があるから、もう家にお帰りなさい。できるわね?」

「うん」

 度重なる見下した態度にあって、安全保障隊は完全に怒りに燃えていた。緊張の糸が一気に最高潮に達する。少女も、子供ながらに気配を感じとり、素直に従った。少女の両親らしい人物がケイ少佐にお辞儀をすると、あわてて少女の手を引いて、群衆から離れて行った。

「イエール幹線道路では、随分とお世話になったようね。借りは大きいわよ。そもそも、私が警察本部を一人で出て、ここまで歩いて来たと思っているの? 本当に、おばかさんね」

ケイ少佐の相手を小ばかにしたその一言が効いた。ケイ少佐がふざけているのではなく、本気で怒っていることを理解するには、充分すぎるものだった。そればかりでなく、周囲の群衆たちにも変化が起こっていた。少女の受けた行為を見て今までの差別や虐待行為に対する不満が再燃し、安全保障隊を取り囲み始めたのである。

「アルテミス少尉!」

 ケイ少佐は大声で名前を呼んだ。少し前から危険な気配を感じ取ったアルテア・アルテミス少尉が、危険に対処するために、それとなく部下をケイ少佐の周囲に集合させていた。アルテミス少尉らは私服で警察本部までケイ少佐を迎えにきていたのである。今、名前を呼ばれて、ケイ少佐を守るかのように立ちはだかった。手には防弾用のスーツケースを持ち、しっかりと自分たちの上官を守ることを忘れていない。両軍が一斉に銃を構える。ケイ少佐は、すかさず、右手を横に広げて、自分の部下の行動を制した。一発触発の状態でかろうじて止まった。

「ちょっと、軍服に戻りなさいって、さっき言ったわよね。軍服以外の戦闘行為は、戦時国際法で禁止されているのよ。もちろん知っているわよね」

 ここでケイ少佐はなぜか場違いな突っ込みを入れているように見えるが、「戦闘行為」という言葉をあえて相手に聞こえるようにわざと言葉を選んでいたのである。

「ケイ少佐のおしゃべりのお楽しみを奪ってしまっては申し訳ないと思い、私服のまま紛れておりました」

 詫びるそぶりもない態度に、ケイ少佐からため息がでる。警察本部から帰る前に安全保障隊に向かって皮肉をたっぷり言い出すのを見込んでいたに違いない。自分がどんな人間と思われているか知らないが、彼女としては不本意であった。悪者を悪く言うのは、彼女にとっては性格的に歪みがあることとは別問題なのである。

両者のにらみ合いが続き、そして、長い沈黙が訪れた。

「いっときますけど、私は警官ではなく憲兵だから、危害射撃の許可があるのよ」

 アルテミス少尉は我慢するのが苦手らしい。余計な一言を言う。 わずか一小隊しかいない安全保障隊たちは、ポートブリッジ統合軍の戦闘装備した小隊と何百人もの群衆相手では多勢に無勢で勝負は目に見えていた。だが、今となっては逃げることも難しい状態だった。

 追い詰められた人間は何をするかわからない。ケイ少佐は、それ以上の挑発行為は避けることにした。ここで発砲されたら大参事になりかねないからである。

「ここにいるあなたたち個人に恨みはないわ。任務を遂行しているだけなのでしょうから。だから、武器を捨てれば見逃してあげるわ」

 すると、安全保障隊は銃こそ放り出さなかったが一目散に逃げていったのである。群衆は歓声をあげて、ささやかな勝利に酔いしれることができた。

 いきさつを一通り見ていたマクエアーは、ケイ少佐に何か未来を託せるものを感じ取っていた。彼は右手を差し出して握手を求めた。

「これから活躍するのはマクエアー、あなたたちです。キャンプ場の自治組織が、自分たちの力で、トゥーロン・イエールの現状復帰に乗り出すのです。その活躍によっては、自治組織が市民の支持を得られるでしょう。責任は重大ですよ」

 マクエアーは、再びケイ少佐を感嘆の目でみることとなった。避難民という立場が無意識のうちに自分自身を卑しんで、事態を積極的に解決させることから遠ざけていたのかもしれなかった。ケイ少佐のいうことに一理はある。安全保障隊によって無政府状態と化したトゥーロン・イエールを回復させることができるのは、すぐにでも行動を起こすことができ、しかも、その団結心が強いキャンプ場の自治組織しかいないのである。今まで苦境に耐えに耐え抜いてきた結束力は、トゥーロン市議会など足元に及ばないだろう。

「どうやら、一本とられたようだ」

 ケイ少佐に相手に命令するような傲慢な態度はまったく見当たらなかった。悪意のない無垢で自然な笑顔だけで話す彼女に、マクエアーは素直に耳を傾けた。自分にも何かを起こせるかもしれない、そんな予感にさせてくれた。


(第六章へ続く)

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