トゥーロン市内イエール幹線道路
内戦は国を代表する資格が争われているため、既存の政府から要請があったからといって、他国が内戦介入することは自決権の尊重という観点で問題がある。このため内戦に対する他国の不干渉の原則が確立している。
本来なら行政機能が麻痺したからといって、人道的干渉することも内政不干渉の原則に反する。しかし、国際社会において人道的干渉は内政干渉にあたるとは考えられていないように、統合軍においてもトゥーロンにおける人道的な問題が極めて高い確率で発生する事態に、行政機能を維持する活動を行うことは内政干渉の例外と考えられていた。
ポートブリッジ統合軍憲兵隊ポーロ・モラン大佐は一個中隊の武装港湾防衛部隊を率いて、イエール幹線道路を市庁舎に向かっていた。目的は安全保障隊の行動を牽制するためであり、トゥーロン・イエールの行政機関が置かれている市庁舎にすみやかに到達する必要があった。さらには、セリア・ケイ少佐が警察本部に孤立しているため、保護の必要もあった。彼は業務上からというだけでなく、個人的にも正義感が強く安全保障隊の陰謀を見過ごすわけにはいかなかった。
モラン大佐の乗るプジョーP4ジープに続くのは二台のTRM2000戦術トラックだけである。港湾防衛隊に所属する憲兵隊の中でも暴動鎮圧を専門とする武装港湾防衛部隊が搭乗していた。それは市庁舎を暴徒の手から守るのではなく、安全保障隊のクーデターから守るための出動であった。事実上、武装港湾防衛部隊の全てを動員した、総力出動と呼ぶにふさわしい出動であった。
イエール幹線道路ではいかがわしい群衆を何度も見かけたが、プジョーP4ジープが現れるやいなや物陰に隠れるように散っていった。おそらく自分たちに向けられて出動していると誤解されているのであろうが、これはかえって好都合だった。おかげでモラン大佐たちの通行を邪魔するものはなかった。もっとも彼としても雑魚ともいうべき相手に構う気など全くなかった。クーデターに対する措置は一刻を争う必要があった。
しかしながら、モラン大佐の動きはシュバイツァー参謀本部長官にとっくに見切られていた。ローザ・エアハルト少尉の仕掛けたわなに、彼は飛び込むことになるのである。
ゆるいカーブにさしかかった時、プジョーP4ジープに後続するTRM2000戦術トラックが、脇道から飛び出してきた車両にぶつけられてしまった。飛び出してきた車は事故の衝撃で積み荷を落とし、見事に幹線道路を塞いでいる。後続のTRM2000戦術トラックは二輛とも立往生し、その場で身動きがとれなくなってしまった。
モラン大佐は事故の原因に作為を感じた。このような緊急の状況下で申し合わせたように事故が起きては、誰かが時間かせぎをするために仕組んだものと考える方が自然である。その誰かは、もちろん安全保障隊しかいない。
「少尉、これは安全保障隊の仕業だ。相手の運転手を逮捕しろ」事故の状況を確認していた武装港湾警備部隊の ケヴィン・ボードレール少尉にすばやく命令を伝えた。「我々は先を急ぐ」
事故の後始末は、数人の兵士にまかせて、モラン大佐はすぐにでも出発しようとした。
「現在の市内の状況では部隊を分けるのは賢明とはいえません。暴徒に巻き込まれたら救う方法がありません」
モラン大佐はプジョーP4ジープの運転手を務めていたコンラッド・リンドバーグ伍長になだめられた。急いては事を仕損じるというように、慎重さを必要とすることが彼にもわからないわけではない。
「うむ、……」
それでもモラン大佐は急ぐことにこだわった。しかし事態は彼にとってそれどころではなくなる方向へ進んでいた。道路前方にTRM1000戦術トラックが現れ、幹線道路をふさぐようにして停車するのが見えた。あまりにも不自然な停車のしかたである。道を閉鎖することが目的であるかのように横向けに停車させ、数人の兵士が走りながら散開している。軍服は統合軍憲兵隊である。
モラン大佐は胸騒ぎを覚えた。自分たち以外の統合軍憲兵隊が市内に出動している話など聞いていない。怪しすぎる。彼は直感で危険を感じとった。まさか、安全保障隊から直接に奇襲を受けるとは予想していなかったからである。事態がそこまで進んでいることを彼は認識できていなかったため、やむを得ないことだった。
「罠だ。車を戻せ」
モラン大佐はリンドバーグ伍長に向かって叫んだ。だが、リンドバーグ伍長は理由がわからないために対応が遅れた。
異常を気づかれたと知った偽の憲兵隊は、即座にNAS-49半自動小銃を構えた。モラン大佐の部隊は事故処理のため銃を携帯していない。銃はTRM2000戦術トラックの中である。先手をとられた今となっては身を隠す以外にない。
「はやく」
モラン大佐は、再度叫んだ。しかし時遅く、数メートル移動しただけでプジョーP4ジープは銃撃を受けることになった。それでもリンドバーグ伍長はプロとして自分自身を盾にしながら、モラン大佐を守ることだけは忘れなかった。プジョーP4ジープの向きを変えることを反射的に行なった。が、それまでだった。
「伏せろ!」
モラン大佐が、もう一回叫んだ。リンドバーグ伍長は目の前で繰り広げられていることが信じられなかった。それだけに彼の言うことを理解するのにも時間がかかった。同じ人間どうしに銃撃されるなんてことを信じられなかったのである。
銃撃を受けたドアが飛び散った。それと同時に、リンドバーグ伍長は悲鳴をあげて血の海に倒れた。
「なぜ?」
彼は苦痛にあえぎながら、運転席から動こうとはしなかった。疲れ切ったように座席に身をゆだねて、ぐったりとしている。モラン大佐は一瞬で状況を読み取り、混乱状態になってしまった。
「死にそうなのは私なのですよ。大佐がパニックに陥ってしまっては、私は誰に助けてもらったらいいのですか?」
リンドバーク伍長は、既に死の覚悟を決めたのかもしれない。その言葉を聞いたモラン大佐は平静を取り戻した。彼は最初にリンドバーグ伍長を安全なところまで引きずり出すことを考えた。それには時間をかせぐ必要がある。偽の憲兵隊がとどめをさすために接近しようとしているのが見えたからである。
彼は携帯していたNAS 50自動拳銃を上に向けて数発だけ発砲した。牽制だった。拳銃音に驚いて偽の憲兵隊が物陰に身を隠すために散った。その時間を利用して、彼は素早くリンドバーグ伍長を引きずり出し、安全な反対側に降りることに成功することができた。
味方のTRM2000戦術トラックの方を見てみる。道路に倒れている憲兵隊の兵士が少なくとも十人は数えることができる。三分の一の数である。負傷者も数えれば、半分以上が戦闘不能になっているに違いない。
助かるためには早急に指揮を回復しなければならない。なんとしても、生き残っている味方で反撃しなければならない。
「ボードレール少尉!」
モラン大佐は指揮官を呼んだ。返事はない。もう一度呼んだが、それでも返事はなかっ。
「ボードレール少尉は戦死しました」
やっとのことで、遠くから別の兵士が返事をした。戦死という言葉に衝撃を受けたが、今は感情を押し殺してでも行動を開始しなければならない。
「名前は?」
「アレクサンドルです。階級は伍長です」
「アレクサンドル伍長、よく聞け。ここでは味方の状況がわからない。だから私は指揮をとれない。貴官が指揮をとって反撃しろ。弱音は聞きたくない。絶対に生きて帰ることだけを考えろ。大丈夫、相手は攻撃に関しては素人の集まりだ」
憲兵隊を装った暗殺者はNAS-49半自動小銃を使用している。装備は同じだが、相手は障害物に身を潜めたまま一人一人勝手に発砲してくるだけで連携して攻撃することはなかった。しかも、その射撃の腕は訓練しているとはとても思えないほど甘いものである。彼は冷静に分析し、助言をあたえたのである。
思わぬ不意打ち攻撃を受けたものの銃撃戦は膠着状態となっていた。もしも手際の良い攻撃を受けていたら部隊が全滅だってありえたはずである。彼らは、所詮、金で雇われたにせものの兵隊なのだろう。
「大丈夫?」
モラン大佐は、敵に警戒しつつもリンドバーグ伍長の応急処置を試みようとした。彼の見た印象では、出血があまりにも大き過ぎた。もはや、手のほどこしようのない状態であった。彼にとって、その事実だけは認めたくはなかった。
「彼らは?」
リンドバーグ伍長は事情を理解し始めていた。だが、ここまで暴挙を行なう安全保障隊の心理が理解できなかった。
「すまん。私がもう少し注意していれば巻き添えにしなくてすんだのに……。奴らは偽物だ。おそらく、シュバイツァー参謀本部長官に雇われた連中だ。我々は待ち伏せされたのだ」
モラン大佐はリンドバーグ伍長の顔から血のりを拭うとともに、一方で敵である偽物の憲兵隊をにらみ返した。
「この借りは、大きいぞ」
モラン大佐は今まで経験しなかったような強い憎しみをいだいた。拳銃を強く握りしめると、押さえられない怒りが込み上げてきた。
「許さん」
モラン大佐は拳銃をもう一度撃った。今度は明確に狙いを定めている。彼にとって人に銃を向けたのはこれが初めてだった。
銃撃戦は長引いた。戦闘訓練を受けていない偽物の憲兵隊たちの攻撃は、最初は先手をとって優位にあったものの最後の詰めを誤った。効率的に連携して動くこともしないで、一人一人がやみくもに自動小銃を撃ちまくるだけだった。銃撃の隙をついて生き残った憲兵隊がTRM2000戦術トラックから銃を持ち出すことに成功していた。
ただ、モラン大佐とリンドバーク伍長は敵と味方の間に挟まれていることにかわりはなかった。敵と味方の弾が、彼たちの頭上を飛び交っていくのだ。それがいい状況と言えるわけがない。それだけでなく、彼の拳銃は弾丸の残りが心細くなっていた。それは敵も承知していることである。
大きなうめき声が聞こると、どさっと大きなものが倒れる音が続いた。偽物の憲兵隊の一人が銃弾をあびてのけぞるように後ろに吹っ飛んだ。続いて、もう一人。
味方の憲兵隊たちは遮蔽物から遮蔽物と移動しながら少しずつ前進していた。お互いに援護しあいながら、じりじりと相手を追いつめている。そのうちの一人は、いつのまにかモラン大佐よりも前に出ていた。
戦闘の流れがかわった。本物の憲兵隊と偽物の憲兵隊、厳しい訓練で鍛錬している部隊と素人の部隊、これほど結果がはっきりしているものはない。戦闘は火の目を見るほど明らかだった。
連携して突撃してくる憲兵隊たちの連続攻撃を阻止できないと悟った偽物の憲兵隊たちは、一目散に逃げ出そうとしたが既に時は遅過ぎた。成す術もなく次々と射殺されていった。その時である。突然、相手のトラックが自爆したのである。味方の憲兵隊も何人かが巻き込まれた。
「証拠は残さないというわけか。見上げた根性だな」
モラン大佐は相手を皮肉るように評価した。それにしても、力まかせの安っぽい攻撃だった。安全保障隊のシュバイツァー参謀本部長官が計画したというわりには素人過ぎる。彼は策略家としては抜きん出た才能の持ち主のはずである。あるいは、彼の側近だろうか? 確か副官にフリードリッヒ・エッカーマンという人物がいたはずだが、彼は切れ者らしいという噂である。いずれにしても、黒幕はそのあたりであることにかわりはあるまい、と彼は結論した。実はシュバイツァー参謀本部長官はエアハルト少尉に妨害工作を命令しただけで、詳細な計画や実行手段については彼女の手腕によるものであった。
周囲は後片付けに混乱していた。まだ、爆発物が残っているかもしれない。もはや、彼の部隊は市庁舎に向かうどころではなかった。港湾防衛憲兵隊が持つ唯一の武装部隊を失ったのだ。
「もう、市庁舎は安全保障軍の手に落ちたな」
打つ手はなくなった。死傷者を出しただけで、結果は燦燦たるものだった。出過ぎたことをすべきでなかったかもしれない。市庁舎の方角をじっとにらみつけたまま彼は自分の非力さを噛み締めていた。
モラン大佐はリンドバーク伍長のところに戻った。彼は既に絶命していた。
「私のせいで死なせてしまった……」
リンドバーグ伍長のまぶたを丁寧に閉じると、彼は虚しく言葉を吐いた。
いったい何がいけなかったのだろうか?彼は安全保障隊の行為を責めるよりも、自分の非力さを実感していた。この結果を生んだのは自分自身なのであり、自分に対して嫌悪感が起こった。彼は落ち込み、何もかもが嫌なものに思えた。
モラン大佐は無言で帰ることになったリンドバーグ伍長に付き添って救急車に乗り込んだ。市庁舎に行くべきだと、今でも彼の責任感が良心を責めていた。しかし、目の前で救急車のドアが閉まると、市庁舎やその他すべての外の世界から彼は隔離されてしまった。そんな気分になってしまったのである。
もはや彼は作戦の継続を諦めるしかなかった。そして、彼を乗せた救急車は来た道を戻っていったのである。




