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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第四章 イエール旧キャンプ場
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トゥーロン市最東端イエール旧キャンプ場

 行政機関とイエール旧キャンプ場の橋渡しを行っていたビンセント・マクネアーは監視つきであったものの行動の自由が認められていた。彼は安全保障隊によって連行されてきた避難民の身元確認の作業に手腕を発揮することとなった。しかしながら安全保障隊の度重なる嫌がらせが続き、作業は思うようにはかどらなかった。連行されてきた避難民は例外なく血まみれで怯え切った眼をしていた。朝までの怒りに燃える目つきが例外なく嘘のように消えていた。無気力になり意味不明な言葉を繰り返すだけである。

 血の匂いに怯えた子供が泣きだすと、あたり一帯に憂うつな空気がよどんだ。

「ひどいものだ。こんなことは今までなかった。いったい何が起きたというのだ?」

 マクエアーは次々と連れて込まれる血まみれの人間をみながら淡々と言った。

「安全保障隊が無差別に発砲したらしい。どうやら何か得体のしれない事件が起こった影響で非常事態宣言が出され、それをいいことに安全保障隊が市内でやりたい放題をしているらしい」

 巷にはこんな噂が流れていた。マクエアーも当然耳にすることになったが、得体のしれない事件という抽象的な表現に眉つばのものを感じていた。だが連行されてきた者の怯え切った眼は普通ではない。市内では確かに何かが起きている。今までの脆かった均衡が破られ、なにかが悪いほうに向かい始めてしまったと考えざるをえなかった。

 安全保障隊は市内で何かを企てているに違いない。それゆえに邪魔になる者をキャンプ場に送り返しているに過ぎない。キャンプ場に閉じ込めておき、企てが進めばいずれはここも攻撃のターゲットとなるのは明らかである。

 今はスタッフの数が不足していた。信頼できる人材を集めて早急に自治組織を立ち上げる必要があった。これから直面するだろう問題に、個々ではなく、キャンプ全体がまとまる必要がある。マクエアーはスタッフのひとりであるデービッド・ベンジャミンにそっと自分の考えを漏らした。

「なにか重大な事件が起こったことは間違いあるまい。市内の一部が閉鎖されていることと関係があるかもしれん。それに例の爆発音だ。市内で大規模な爆発や火災があったのもちょうど同じくらいの時間だというし、単なる暴動騒ぎだけではなかったことは確かだな」

「我々の一番の問題は、トゥーロンの行政機関が安全保障隊によって抑えられてしまったということだろう。もうどこもあてにならない。我々はそのとばっちりを受けることになるかもしれん」

 マクエアーは一度だけ監視の安全保障隊に食ってかかったことがあった。そのことを思い出して言っているのだ。

 マクエアーの危惧は現実のものになりつつあった。ルドルフ・フォン・シュバイツァー参謀本部長官の計画は既に実行段階に入っていた。その日、行政機関と司法機関を把握した安全保障隊は、さらにローザ・エアハルト少尉が率いる歩兵戦闘用装甲車や装甲兵員輸送車がイエール旧キャンプ場に向かっていた。

 エアハルト少尉はシュバイツァー参謀本部長官のお気に入りで、私兵でないにもかかわらず、私事によく利用されることがあった。彼女もまた、自分なりの運命を背負ってこの世界に生を受けた人間だった。彼女にとって、慈愛とか正義とか、そういうものは何の意味もなかった。彼女を見捨てた世間を見返すこと、これを唯一の人生の糧として生きていた。そのためには、どんな汚い手段でさえもためらわなかった。それは、彼女の人生のかつてがそうであったように、これからもかわることはなかった。

 今回の出動も、彼女は直前になって警備部隊の小隊の指揮官に転属されたばかりである。これはシュバイツァー参謀本部長官の一声で決定されたことだった。人事に参謀本部長官が自ら口を出すのは、異例中の異例である。

 エアハルト少尉の小隊は、最初から実弾を装填したHK416カービン銃を構えていた。問答無用という訳である。到着するやいなや、キャンプ場の出口となる道路という道路を封鎖し始めた。これにより、キャンプ場にくすぶっていた緊張の糸が一気に高まろうとしていた。

「許可のない者のキャンプ場の出入りを禁ずる。なお、命令に従わない場合は射殺もいとわない」

 それはなんの予告もなく行われ、歩兵戦闘用装甲車の7.62mm機関銃が威圧するかのようにキャンプ場に向けられた。またたくまに、道路封鎖の情報はキャンプ場全域に広がり、それと同時に今まで以上の不安と怒りの渦も広がっていった。

「これは、どういうことだ。すぐに、道路封鎖を撤回したまえ」

 報告を受けたマクネアーがあわてて飛んでくると、道路閉鎖を指揮しているエアハルト少尉に抗議を行った。よほどあわてていたらしく彼は息を切らしたままの抗議であった。

「キャンプ場の避難民が暴徒と化して食料品店や倉庫を襲ったのよ。よって、キャンプ場は永久的に閉鎖することになった。これは、安全保障理事会によって決定されたことよ」

「そんな決定など聞いてない。なにかの間違いだ」

「先刻決定されているわ。通知はおってくるでしょう」

「おまえでは話にならん。長官に会わせてくれ。じかに話がしたい」

 マクネアーはエアハルト少尉に抗議を強めるために、さらに詰め寄ろうとした。すると、隣にいた兵士に銃床で腹を殴られたのだ。マクネアーは苦痛のあまりに倒れあえいだ。

「なにをする」

「これは部下が失礼したわ。とても責任者とは思えないような感情的な行動に走るから、私に危害が加わらないように、つい反射的に動いてしまったようね。食糧をめぐんでもらおうと見境なく付きまとう避難民のひとりと間違えられたのよ。これにこりたら、以後行動は慎んでもらいたいものだわ」

「行動を慎まなければならないのは、そっちだろう」

「どうやら、何を話しても無駄のようね。構わないから、追い返しておしまい」

 エアハルト少尉が命令すると、兵士はマクネアーを虫けらのように突き飛ばした。彼らはそれらの行動を終始笑いながら実行したのである。

「こんなことをして、ただで済むと思うな」

 だが、エアハルト少尉を中心にした安全保障隊の兵士は相変わらずへらへらと笑うだけで耳には入らないようだった。虎の威を借りて威張りたい放題だった

 しかし事態は動き続けていた。今まで遠巻きに傍観していたキャンプ場の避難民が我慢ならない暴行を目撃して怒りをつのらせ、誰が引率するわけでもないのにブーイングが起こり始めた。遅れて到着したマクネアーの側近のスタッフも、彼を助けるために住民の囲いをかき分けながら近付いてきた。

 エアハルト少尉は、避けることのできない、そして、おさまることのできない破壊的な敵意が生まれつつあることを感じていた。いくつもの鋭い視線が、実体をともなうかのように、自分たちにぶつけられていることを感じていた。だが、この敵意こそ彼女が引き出そうとしていたものだった。彼女は自分の行なった挑発が成功していることを感じ満足していた。

 エアハルト少尉の思惑をまったく知らない他の安全保障隊の兵士から淫らな笑い声が消えて、避難民のあまりの数に圧倒され始めた。兵士の中でも気の弱いものが、困惑顔をしたまま思わず後ずさり始めている。

「おまえたち、我々に逆らうとどうなるのか知っているのだろうね」

 エアハルト少尉はキャンプ場の避難民の敵意などにまったく動じることなく叫んだ。兵士の心の中には、その警告に従わないことがあっても実力でそれを排除できると思い込みがあった。避難民を今までどおりに蹴散らすことなど容易であると、全員がたかをくくっていたのである。だが注意深い者ならば度重なる屈辱に耐え続けて、避難民の怒りはもはや爆発寸前であったことにきづいたであろう。不幸にも安全保障隊の兵士の中には、エアハルト少尉を除けばそんな気のきくような者がいるわけもなかった。

「しつけが必要なようね。まずはマクネアーよ。彼を連行しなさい」

 マクネアーを指名したのは、見せしめのつもりだった。その命令を受けて、兵士が二人前に進み出た。すると避難民はマクネアーを守るように十数人の人間が前に進みでて妨害をした。彼ら全員が異常な程にまで殺気だっていた。

 当惑したのは、安全保障隊の兵士のほうだった。異常に気づいた安全保障隊側も近くから応援が来ていたもののキャンプ場の避難民はその数十倍以上の数の人間が集まっていた。

「マクネアーを渡しな」

 エアハルト少尉が命令した。だが住民は口汚くののしる言葉を吐くばかりで動こうとはしなかった。

「帰れ。帰れ」

 住民の中から、帰れと叫ぶ声が上がり始めた。それは次第に大きく、そして広がり、ヒステリックな号泣の波が起こった。

「さっさと、マクネアーを連行しなさい」

 兵士は力尽くで、マクネアーを連れて行こうとした。だが、それはキャンプ場の住民の怒りが点火するきっかけになってしまったのである。

 その場の勢いだった。エアハルト少尉を除いて安全保障隊の兵士は、あっという間に住民に取り囲まれてなすすべもなかった。ただ一人、彼女だけが待っていたとばかりにカービン銃を乱射し歩兵戦闘用装甲車に飛び乗った。

 エアハルト少尉にとってすべて想定どおりだった。しかしながら、武器も持たないくせに、勝てる見込みがないくせに、これほどまでに敵意をむきだしにしてくる民衆の怒りを、信念が希薄な彼女には理解できなかった。武装している我々の方が強い、それは間違いない。強い相手には痛い目を見る前に従順するのが当然である。だから、反抗的な何人か見せしめで痛めつければ、恭順する姿勢だけが唯一の助かる道であることを理解するはずである。決着は最初から決まっているのであるから、反抗は無意味である。

 しかし、今のこいつらは違うように見えた。正気ではない。このままでは自分に危険がおよぶと考えた彼女は、自分が助かるためだけに混乱をさらに助長させ、その隙にこの場から消えることにした。

「撃て!」

 待機していた歩兵戦闘用装甲車に一言命令すると、エアハルト少尉は混乱を助長させた。そして、悲劇は増長された。最初は実弾の発砲をためらっていた歩兵戦闘用装甲車の兵士であったが、歩兵戦闘用装甲車の上によじ登り射手が引きずり出されそうになるのを目撃すると、恐怖にかられて発砲してしまった。集まっていた避難民は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。だが、あまりにも多くの人が集まり過ぎていた。一目散に逃げようと、大勢の人がめくらめっぽうに駆け出したため、将棋倒しがあちらこちらで発生し、一瞬の間に負傷者の山が築かれる結果となった。

 歩兵戦闘用装甲車に対してキャンプ場の避難民は即席の火炎瓶で応酬し、建物の影に隠れつつ人数で圧倒しながら取り巻き、間断ない攻撃を続けていた。ついに歩兵戦闘用装甲車は運転を誤り自分たちが設置したバリケードに乗り上げて動けなくなると中にいた兵士が全員引きずり出され、歩兵戦闘用装甲車に火が放たれた。

 つかの間の勝利にキャンプ場の避難民は勝利の興奮に酔った。それゆえに安全保障隊の援軍がなぜ来なかったかという単純な疑問に気づいたりしなかった。もしも、援軍が早期に到着していれば力で押し帰されていたはずである。そのかわり、彼らは自分たちの手に安全保障隊から奪った武器が握られていることに気づき始めていたのである。それは結果的に市民が所有していた標的射撃や狩猟などの銃さえも、自身の安全のために持ち出す結果を生み出した。


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