トゥーロン市内
一日の勤務を終え、職場や学校から一斉に人々が掃き出される時間になると、トゥーロン・イエール市内は家路に急ぐ市民で雑踏に満ちていた。そして数時間後には、今のざわめきが嘘のように去り安息という睡眠が訪れる。少なくとも普段どおりであれば、今日もそうなるはずであった。
市内で見かけることが多くなったのは、安全保障隊の警備部隊である。非常事態宣言が発動されて以来、安全保障隊の任務は混乱の乗じた暴徒の監視ではなく、市民全体の監視が目的であり、市民同士が集結することがないように主要な場所で検問を行なっていた。そして、身分の証明をたてられない者は、すぐさま拘束し留置場に送り込んでいた。それらは行政機関からの説明が一切なく行われているため、市民の多くは突然の変化に不吉な憶測を持ち始めていた。
安全保障隊の一般の警備部隊すら、上官から特に説明があったわけではなかった。彼らは単に命令に従っているだけであったが、安全保障委員会が行政を代行していることに薄々と気が付いていた。それが何を意味するのかも理解していた。それだけに普段とは違った雰囲気を感じ神経質になっていた。市民や避難民が数人集まっただけでも、すぐに銃を突きつけて解散させようと近づくのである。
「解散しろと命令しているのだ」
警備部隊の兵士が避難民に威圧的な態度で命令した。虎の牙を借りる彼らは、銃をおもちゃのように手でもてあそぶ癖があった。
「俺たちがなにをしていようが、おまえらには関係ない」
避難民の一人が抵抗を試みようとした。だがその直後、鈍い音とともに銃床でなぐられて道路に倒れることとなった。
「命令に従わなければ、逮捕する。抵抗すれば、この場で射殺だ。だが、その前に、ここにいる全員の身体検査をした方がよさそうだな。全員、壁に向いて並べ」
「なんの権限があってそんなことをする。我々は犯罪者じゃない」
殴られた仲間を助けるために避難民たちが抗議をした。
「治安を乱すものは撃つように命令されている。これは、安全保障理事会の決定事項だ」
「そんな勝手は通用しないぞ。安全保障理事会には、我々の代表が締め出されているという話じゃないか」
安全保障隊と避難民がもみ合っていると周囲の避難民たちが集まり始め、彼らが発散する強い怒りと不満によって次第にあたりが熱気に包まれ始めた。感情が異様なまでに興奮し、十数人もの避難民がひとつの大きな熱狂になろうとしていた。
異常に気づいた安全保障隊は、すぐさま軽装甲機動車を投入した。何の警告もないまま、突然に催涙弾を避難民の中に撃ち込み、避難民を蹴散らし始めた。それはたまたま通りかかった無関係の一般市民まで巻き込み、見境がなかった。
しばらくの間、避難民の一部は投石を続けたが力の差は歴然としていた。安全保障隊は、避難民の中で最後まで抵抗していた者を強制的に小型トラックに押し込めると、今度はみさかいなく徹底的に催涙弾をばらまいたのだった。
「トゥーロンの全市民に告げます。こちらは安全保障理事会です。現在、市内で暴徒が破壊活動を行っています。このため戒厳令が発動されています。安全保障理事会から治安維持を要請された安全保障隊が重要施設を暴徒から護るために出動しています。市民の皆さんは、すみやかに帰宅してください。そして、事態が沈静化するまで外出を控えてください。なお、警察官は、今いる場所を動かないでその場を護ってください。市民にも、お願いします。市民の中に暴徒を先導して、略奪に荷担している者がいます。暴徒の首謀者、および、危険と思われる人物の洗い出しに協力していただければ、決して損のないように取り計らいます。この非常事態を解決するために、是非とも我々に協力をお願いします」
テープに吹き込まれた声が定期的に、検問所のスピーカーから自動放送されていた。だが、市民の誰もが冷ややかな思いで聞き流していた。言葉ではきれいなことを言ってはいるが、密告を奨励しているのだ。
市民がお互いを監視しあう。それは行政機関を占拠している安全保障隊に、抵抗させる隙を与えないための口実であることは明白だった。お互いが疑心暗鬼に陥り、安全保障隊の超法規行為に抵抗しようと市民が結集する動きを防ぐ効果があった。しかしながら、時の権力に取り入って儲けようとする者は、どこにでもいるものなのだ。
まさしく、トゥーロン市内は独裁と恐怖の暗い時代に逆戻りしようとしていた。だが、ドラゴンやルシファーにとって、そんな人間の事情など全く関係のないことだった。




