ポートブリッジ統合軍海上部隊事務局
「報告、警察特別介入部隊(RAID)との連絡が途絶えたようです」
セリア・ケイ少佐は報告を聞いて言葉を失っていた。ルシファーは活動を再開していたのだ。もはや運はつきてしまったとしか言いようがない。
「封鎖中の警官とルシファーとの間に戦闘が発生、警官隊の全滅により戦闘は終結したもよう。このためルシファーの行方を見失いました。ルシファーは封鎖線の外に出ている可能性があります。現在、サント・ミュス病院の状況は不明」
警察無線を傍受していたタチアナ・ベルテンス准尉が報告をしてきた。次々と入ってくる報告に、ケイ少佐は絶望感を感じていた。
「いつの情報?」
この情報は、そもそもいつの時点の情報なのか? おそらく、ずっと前に起きていたに違いない。情報が伝えられてこないのだ。
「警察特別介入部隊(RAID)との連絡が途絶えたのはわかりませんが、警官隊の全滅は、たった今、発生したと思われます」
「リトビノフ市長を呼び出して、直ぐに」
ケイ少佐は声を殺して、彼女らしくもなく悪態をついた、ニキータ・リトビノフ市長は安全保障隊が恐ろしくて、こちらの示す現在の深刻な状態に対する真剣な態度がみられない。
「なんだ。今は手が離せない程に忙しいのだ。話しは後にしてくれないか」
「どうして、サント・ミュス病院の警官隊と連絡が途絶えたことをこちらに報告してくれないのですか。ルシファーは既に移動したのでしょう。今はルシファーを足止めにすることが先決なのです」
リトビノフ市長の顔色がかわった。
「現在、調査中のことだ」
「一言具申をさせて頂きますが、私たちには選択の自由はありません。時間の余裕もありません。警察や安全保障隊だけで、事態を収拾できるのであれば、本当に収拾して頂きたいです。心から、本当にそう思っています。それが、どういう意味なのかわかりますか? 今までにも何人もの将兵がルシファーをなんとかできると思って戦いましたが、結局誰も戻ってきませんでした。このままでは、市の総合庁舎は数日後にルシファーの大群が押し寄せる結果となり、統合軍の参謀本部はトゥーロン・イエールを見捨てるでしょう」
ケイ少佐のきつい一言にリトビノフ市長は反論できずに黙り込んでしまった。
「トゥーロン市内で停電が発生しています。場所はサント・ミュス病院のある変電施設です」
今度は、市内のネットワークを監視していた和田継矢中尉が報告してきた。和田中尉はモン・ファロンから戻ってきていた。
「報告します。警察が大混乱状態です。あちらこちらから発砲の報告が入っています」
ベルテンス准尉の怒声が反響した。悪いニュースばかりである。
「話しにならないわ」
ケイ少佐はうんざりしたようでベルテンス准尉の肩をたたいた。
「再度お願いいたします。市内での防疫行動を統合軍に要請してください。今すぐに、です」
「承知している。私としても可能な限り被害を押さえたい。そこで自治協定に違反することになるかもしれないが、ルシファーの防疫を容易にするため統合軍の協力と助言を請いたい」
「協定に関しては既に対処済みです。こちらで、異議を唱えるものは誰もいないことは約束します。必要な人員と装備は派遣しますが、こちらが到着するまで待機していてください。専門の特殊部隊の治安介入部隊(GIGN)を派遣するつもりです。こちらは、あらゆる協力を惜しまないつもりです」
ケイ少佐はそろそろと身体の力を抜き、顔の汗を拭ってからひとつ息を吸い込んだ。おそらく治安介入部隊(GIGN)だけでは収拾できない。二度目のルシファーとの戦いが始まるかもしれないことを彼女は覚悟した。なんの有効な対策も見つけられていない状況は十年前とまったくかわっていない。彼女はネーデルランドから脱出する際の数々の負け戦を目撃し、その恐ろしさを嫌というほど知っている。それ以来、毎晩のようにその悪夢にうなされ、心休まる時がなかった。
なぜなら、不十分な情報しかなかったとはいえ、十年前に十万人の将兵が参加したドラゴン包囲殲滅戦の本当の敗因は、ルシファーになすすべもなく破れたのが真実であったからである。
「治安介入部隊(GIGN)、および、防疫部隊出動命令。私も現場の前線で指揮します。グラディウス少尉の部隊にも出動命令、事務局の入り口正面に私を迎えに来てください」
ケイ少佐はベレッタM92自動拳銃を取るためにオフィスに戻った。彼女が拳銃を携帯しないのは、本来の自分の仕事では不必要だと考えていたからである。しかし、今は自分の仕事の好き嫌いを言っている場合ではなかった。生き延びるために少しでもなにかしなければいけない状況である。弾層が空でないことを確認すると、エレベータで一階に降りると待機していたプジョーP4ジープ型車両に乗った。後には、マールス・グラディウス少尉の率いる完全武装の戦闘員を満載したTRM 10000全輪駆動式戦術トラックが続いていた。




