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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第三章 ルシファー
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トゥーロン市内サント・ミュス病院

 サント・ミュス病院は、大勢の警察や医療関係者で相変わらず大混乱となっていた。何台ものパトカーによる赤色警告灯が、サント・ミュス病院を浮かび上がらせていた。立ち入り禁止と印刷された黄色のテープが、あたり一帯を封鎖するように張り巡らされている。

 フランス共和国では一般警察業務は、都市圏は国家警察、地方部は国家憲兵隊が分担しており、現在のトゥーロン・イエールはフランス共和国の警察組織が引き継がれ国家警察が担当を続けていた。

 市庁からの要請により、国家警察の警官が医療関係者を隔離するために、ひとりひとり警察車両に乗せているところであった。重症な患者については、救急車によって次々と近くの病院に搬送が始まっていた。院長が警察の責任者に猛抗議をしていたが、まったく受け入れられるわけもなく、患者の移送はなんとか終えることができた。

 そして、惨劇の幕が開けられた。まったく突然にサント・ミュス病院内部の照明が弱くなった。またたく間に院内が暗闇に包まれ、十メートル先がやっと見える程度になってしまった。警戒にあたっていた警官が緊急車両のヘッド・ライトを点けたが、そのライトは闇に吸い込まれるように不思議なことに全然役に立たなかった。

 突然、女性の悲鳴が湧き起こりなにかが壊れる音が響いた。その直後、待機させられていた医療関係者の一部がパニックと化して病院のロビーから道路にあふれ出てきた。静止しようとした警官があふれ出た人々によって突き飛ばされて負傷したが、そんなことにはまったく気が付いていないようだった。なにものかに怯え、狂人のようにわめきつつ、逃げ場を求めて押し合いへしあいながら道路へ向かってきた。

「止まれ!」

 道路の反対側から警官が怒鳴った。それでも効き目がないことが分かると、暴走する人々の頭上に向かって暴徒用のゴム弾の威嚇射撃を行い、静止しようと試みた。前方にいた人がたたらを踏んでつんのめったが後から押し合うばかりで、前にいた人を踏み越えて波があふれ出てきた。完全に狂っている。

「ただちに救援を要請しろ。病院の閉鎖が破られる」

 屈強な警官といえども多勢に無勢である。道路閉鎖用フェンスに人々が衝突すると、どうすることもできなかった。警官のひとりがフェンスを押し返そうとしたが、人々は手に負えない状態であり、フェンスは押し倒されてしまった。パニックと化した人だかりがトゥーロン中心部へなだれ込もうとしている。

 今度は、警官はためらわなかった。最初の犠牲者がでたのだ。まず、暴徒用のゴム弾で三人を撃った。撃たれた人が崩れると、やっと暴走が止まり、そして静かになった。

「おまえたち、その場で足を広げてうつ伏せになれ。両手は頭の上だ。命令に従わない者は逮捕する」

「病院に化け物がいる」

 女性の泣き声とわけのわからない叫び声があがった。

 その時、灯火のひとつが消えた。正確には恐ろしい程に濃密な闇がどこからともなく湧き出てきたのである。周辺の灯火は生きているのに、その部分だけが光を吸収しているようにまったく闇の中が見えなかった。不思議なことにその闇は動いているように感じられた。

 電球が切れたのではないかと思った警官のひとりが闇の中に入ってみた。すぐ目の前にいるはずのその警官が闇の中に入った瞬間、まったく見えなくなった。仲間のひとりが携帯ライトで照らし出そうとしたが結果は同じであった。

 そして沈黙は破られた。この世のものとは思えない悲痛の叫び声が聞こえると、人間の断末魔の悲鳴が聞こえた。

「なにか、いる」

 悲鳴を聞いたのは警官だけではない。押しとどめられていた人々が同じものを聞き、さらに周囲の大勢の人々が、ところかまわず逃げ出し始め、もはや、警官が制することは不可能であった。そもそも、警官にも無視できない危機が迫っているとしか思えなかった。結局、現場には警官たちだけが残っていた。

 物陰に身を潜め、MAS50自動拳銃を構える。即興の包囲ではあったが、日ごろの訓練が生かされた隙のない攻撃の構えである。たしかに相手が人間であれば、それは有効であったであろう。

 目の前で闇が動いた。確かに動いている。闇の前の明かりが段々と暗くなり最後には消えた。その代わり、闇の中で見えなくなっていた先ほどの明かりがなにもなかったように輝き出した。すると、闇の中に入っていった警官が喉から血を流しながら壁に押し潰されているのが見えた。

「実弾装填、発砲準備!」

 想像していた結果とはいえ、警官たちにも凄惨な光景を目の当たりにして強張った。警官は弾倉を実弾に変え、再びMAS50自動拳銃を構えた。

「撃て!」

 警官のリーダの命令が下されると、一斉にすさまじい発射音が響いた。壁に当たった弾が火花を散らし、破壊されたガラスの破片が飛び散った。

「射撃止め!」

 銃弾を浴びても闇はまだそこにあった。闇の中にいるなにものかには効果がまったくないらしく、進む速度を緩めようともしなかった。これで片づけられると考えていた警官たちは、仲間同志で顔を見合わせ、どうすればいいのかとざわつき始めた。

「十字路まで後退する。急げ」

 警官は互いに援護をしあいながら後ろの十字路まで退いた

 その時、闇が爆発した。少なくともそのように見えた。だが、そうではなかった。闇が四方に弾け飛んだのである。すると、人間、いやかつて人間であったものが現れた。全身血まみれで、服はぼろぼろでほとんど上半身が裸である。顔は半分以上崩れていて、もはや目と鼻が正しい位置になかった。左手は折れて、不自然な格好のまま垂れ下がっている。とても、まともに見られるようなしろものではない。

「なにかの冗談だろ」

 警官たちは、ルシファーの本当の恐ろしさを知ることとなった。だが、それを知ったとしても誰にも警告する機会はない。彼らにもはや選択の自由はないのだ。

 人間なら本来腹部にあたるところが破れ、何本もの仮捕捉手が伸びた。それは恐ろしい程の正確さで警官の何人かを串刺しにした。

 最初は、あまりのおぞましい攻撃に何が起こったのかわからなかった警官であったが、すぐに反撃を開始した。MAS50自動拳銃の弾がルシファーの体を貫通し、緑色の液体が周囲に飛び散った。だが、ルシファーはひるむ様子もなかった。それどころか、串刺しにした警官の神経系をのっとることで、それすらも攻撃の手として利用を始めた。警官たちは絶望を心の底から感じさせられていた。

 既に警察の組織だった攻撃はなくなり、警官は逃げ惑うばかりであった。怪物の意のままとなった警官の死体は、怪物と同じで身体がどんなに破壊されても情け容赦なく襲うのであった。次第に銃声が少なくなり、最後のひとりが逃げ出すことで戦闘が終了すると。怪物は仮捕捉手を戻した。ルシファーは手に入れたばかり新しい組織を都合のよいように進化させ、あるいは、組織を再生させ、行動しやすいように新しい身体を再形成した。

 やがて7本となった足を不器用に動かしながら、怪物は向きを変えるとさらに餌を求めて進み続けた。その先にはトゥーロンの中心部があるのだ。


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