トゥーロン市内モン・ファロン麓
運悪く、坂井美春は住居に帰り着く前に警報が発令されてしまった。有線放送がただちにシェルターに退避するように命令している。すべての一般車両は緊急車両の邪魔にならないよう脇へ寄せ、キーをつけたまま駐車しておかなければならない。彼女の乗っていたMIGHTY BOY軽トラックも例外ではない。
市民にはそれほどの緊迫感がなく、ゆっくりと歩いて避難を始めているのが見えた。一般車が退避して空いた道路を警察の車両がサイレンを鳴らして通り過ぎていった。しかしながら、ポートブリッジ統合軍の対空砲は沈黙したままで、統合軍の車両が道路を走っている様子がなかった。
「警報は空襲なんかじゃないわ」
坂井は先程の和田継矢中尉のあわてぶりを思い出していた。そして、すぐに警報が発令された。これは単なる偶然ではない。きっと、この警報は化け物と化したアルバート・ワイマン伍長と関係があるに違いないと、彼女は直感した。
今、ポートブリッジ統合軍たちが闘おうとしているのは、なにかとてつもなく恐ろしいものに違いない。坂井は本能的にそれを予知していた。たとえ、彼らが十分に訓練を受けていた兵とはいえ、勝てる相手とは思えなかった。
理性的に考えれば、自分になにかができるとは思えない。逃げろ! 隠れろ! 彼女の頭の中で声がそう絶叫していた。しかし、この判断にはひっかかることがただひとつあった。今彼女が逃げれば、これから戦う兵士たちを見殺しにしたことになりはしないだろうか? すくなくとも、自分にはこれから起こることに対して警告することができ、対抗策を考えるきっかけを与えることができる。経験を持つ者としての義務である。おそらく、何人もの人たちが起きたことすらわからないうちに死ぬことになるであろう。その人たちに、いくらかでもチャンスを与えることができるかもしれない。
そんな事態を見過ごして自分だけが生きてはいけない。今この現実の悪魔から逃れれば、この代償として永久に心の重荷に耐えていかなければならない破目となる。もともと、自分は考えるよりも行動が先に出る性格である。今さら、こんな葛藤を考えていても埒があきそうにもない。
坂井は今からやらなければならないことを考え、その恐ろしさに震え上がった。彼女はタイヤをきしませながら方向転換をするとアクセルをおもいっきり踏み込み突進した。幸いすべての車両は道路脇にとめられているので、衝突する心配なく飛ばすことができた。車体が大きく振動し、限界速度の警告チャイムが鳴りっぱなしになったがおかまいなしである。目的地はワイマン伍長が入院しているサント・ミュス病院である。




