トゥーロン市内サント・ミュス病院
サント・ミュス病院周辺は、強制的に移動させられる入院患者と病院関係者、さらには、やじうまによって大混乱となっていた。患者の中には、他の病院の移動が難しいほどの重傷者もいるため、事態の重大さを知らされていない医師や看護師たちが、命令にすなおに納得もいくわけがなかった。
入院患者と医療関係者の誘導が完了し、抗議する医療関係者や看護師を病院から追い出すと、警察特別介入部隊(RAID)が誰もいなくなった病院の建物の奥へ進んだ。
突然の命令によって出動した警察特別介入部隊(RAID)がアルバート・ワイマン伍長を治療している集中治療室に到着した時、別に異状はなかった。ワイマン伍長は相変わらず意識がない重体でベッドに横たわっていた。まったくの平穏そのものだった。
「俺たちはかつがれたのか? この重傷者のどこが危険なのだ」
特別介入部隊(RAID)のひとりが不満を言った。いたずらにだまされて出動してしまったと考えたからである。顔を見合わせる兵士たちは一様にほっとした表情になっていたが、ひとりだけ違っていた。
「なんか感じないか? 俺たちは見られている。この部屋に入ったときから獲物を狙うような鋭い視線が俺たちの動きをじっと伺っているようだ」
ただひとり緊張を続ける兵士が真剣な表情でつぶやいた。彼は新兵ではない、経験を積み重ねたリーダ的な存在になっている人物だった。
「たちの悪い冗談はよせよ。部屋には誰もいやしない。おっと、ひとり忘れていたな。だがな、この病人は意識がないほどに重症だぜ」
「冗談なものか。俺には分かる。なにかがいる」
別の兵士が気味の悪くなった雰囲気を冗談でふき消そうと、MAS50自動拳銃銃を構えてベッドに眠るワイマン伍長に向けて撃つまねをしようとした。普段なら冗談で人に銃口を向けたりしないのだが、雰囲気がそうさせてしまったのかもしれない。その刹那、鋭いなにかの悲鳴のような音が部屋中に響くと、何かが動く気配とともにベッドがへし折れた。
現場慣れした兵士にも最初は何が起こったのか理解できなかった。誰もが最初にベッドの方を見た。折れたベッドから病人が消えている。正確には頭の部分だけが消えていた。でも、なぜ頭だけが? それに、いったいどこへ? 兵士は冗談のつもりだった悪ふざけが、敵対行動とみなされ、何かを目覚めさせてしまったことに気づいた。が、手遅れだった。しかしながら、彼らに責任はない。いずれかはこうなったのだから。
「おい、部屋から出ようぜ」
その場の全員が弱気になっていた。
「いや、もう手遅れだ」
先程の異状にまっさきに気づいた古参の兵士が天井に銃口を向けていた。それを見て全員が天井を見上げた。そこには今まで見たことのない生き物が天井に張りついていた。そう何かの生き物だ。その生き物は人間の頭であったものに違いないが、本来の顔のあるべきところではない場所に眼を造り、下を見下ろしていた。そう、獲物を狙う時の眼である。
「化け物!」
兵士たちが生きている時に最後に考えたことはそれだけだった。




