ポートブリッジ統合軍海上部隊事務局
セリア・ケイ少佐は一秒たりとも時間を無駄にすることなかった。ポートブリッジ統合軍海上部隊事務局の入り口で待っていたマールス・グラディウス少尉の横を通り過ぎながら、誰にも気づかれないように命令を伝えた。
「たぶん、私たちも出動することになるでしょう。おそらく移動体との戦いになります。武器庫を開けることを許可します。焼夷弾のような滅菌可能な武器を優先して集めておいてください。それが終わったら、すぐに出発ができるように駐車場で待機をお願いします」
グラディウス少尉は了解したことを目で合図をし、その場から姿を消した。
和田継矢中尉の話によると、ルシファーに寄宿された者はアルバート・ワイマン伍長というルテチア防衛軍の兵士らしい。坂井美春伍長が所属していた派遣部隊の報告書は自分の所にも送付されていたにもかかわらず、心のどこかでは遠い場所の無関係な出来事に思っていたのかもしれない。だから、自分たちには関係のないことで終わると思いこんでいた。しかし、ワイマン伍長がトゥーロンの民間人によって救助されていたことが後になって知らされた。坂井伍長の報告書には誰も知らなかった続きがあったのだ。坂井伍長も知らなったことであるから、彼女を責める気はない。統合軍参謀本部や市当局がひたすら存在を隠しつづけていたために、なにも知らされていない人たちの人助けという善意が、この事態を引き起こしてしまったのである。それを考えると、ルシファーのことを知る自分がもっとすべきことがあったのかもしれない。悔やんでも悔やみきれなかった。
「トゥーロン行政に勧告をお願いします。防疫要綱に従い、ただちに警報を発令し、サント・ミュス病院を封鎖するように依頼してください。特に、病院の関係者は陰性であることがわかるまで、確実に隔離するように手配してもらってください」
「了解」
当直として残っていたタチアナ・ベルテンス准尉が答えた。しばらくして、その回答が市庁舎から届いた。
「現在、市長が席をはずされているそうです。副市長が理由を求めていますが……」
抗議だった。トゥーロン・イエールはポートブリッジ統合軍とは独立した行政が行われているため、これは予想していたことだった。
ケイ少佐は自ら電話機を手に取って話すことにした。一刻の猶予も許されない。
「私はポートブリッジ統合軍海上部隊のセリア・ケイ少佐です。本件はバイオセーフティレベル2もしくはバイオセーフティレベル3の非常事態です。詳しい説明は、あとで市長にします。先ほどの件を今すぐ実行してください。そちらがしないというのならば、緊急対策法に基づき、憲兵隊が病院の封鎖を実施することになります。さもないと、取り返しのつかない事態が発生する恐れがあります。入院患者と医療関係者の避難誘導を最優先し、病院には不用意に立ち入らないように徹底してください。どうか、こちらの要請どおりに実行をお願いします」
バイオセーフティ指針では、レベル2は限定隔離状態を意味し、レベル3は限定感染拡大状態を意味する。もしもレベル4と判定されれば、感染拡大状態を意味するため、トゥーロン・イエールが放棄されることになる。放棄と言っても、避難する場所はどこにもない。
しばらく間があった。相手側が自分の判断で動いていいものか迷っているのだろう。それにしても、長すぎる空白である。ケイ少佐は、もう一回プレッシャーを与えてみようかと考え始めた。
「了解しました。所轄の警察署に病院を封鎖するように発令します。10分以内に警官隊が到着し、立ち入りを規制することができます。我々はあなたがたの信頼に答えるべく可能な限り協力をするつもりです」
「感謝します。それから、大事なお願いがあります。サント・ミュス病院にはルテチアから脱出した者が救助されて入院しているはずです。その病室がどこであるか、至急に確認してください。今回の対処には専門の知識を有した部隊が必要になります。それまでは決して誰も近づかないでください」
「わかりました。病室がわかり次第に、警察特別介入部隊(RAID)に病室へ急行させることにしましょう。部隊を動かすには時間がかかりますが、我々の警察は優秀です。病院の封鎖は間もなく終わることでしょう。つきましては、入院患者の移動に関して、ご相談させて頂きたいことがあります」
細かい調整は、ケイ少佐からベルテンス准尉が引き継ぎ、細かな指示が続けられた。




