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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第二章 トゥーロン・イエール
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ポートブリッジ統合軍基地

 新しい世界ではトゥーロン・イエールの安全保障隊は単なる市の保有する小規模な簡易武装の治安維持組織に過ぎなかった。強力な軍の組織はポートブリッジ統合軍である。ポートブリッジ統合軍は陸海空それぞれの軍と憲兵隊を統合した四軍から構成される本格的な戦闘集団であった。もともとは、フランスが誇る地中海艦隊の司令部のあったトゥーロン軍港をベースとしているため、海軍の戦力は強大なものであったが、その運用に伴う補給が維持できず、結果的に、現在中核となるのはエデュアール・ガンベッタ少将の率いる第2機甲旅団となっていた。その主力はフランス共和国陸軍のルクレールといった新世代型戦車を引き継いでいる。いわゆる機械化機甲部隊と呼ばれる部隊であった。

 それに比べ空軍は補助戦力としてわずかに残されている程度で、実際に他の空軍基地から退避してきた航空機をイエール空港に駐機させている程度で、日常戦力としては重要な意味を失っていた。ドラゴンといった生物を相手にするのでは、技術の粋を集めた高価な武器よりも、比較的に安あがりで大量の破壊力が要求されるのは仕方のないことだった。

 だが、地中海艦隊のもつ力の中で、もっとも不吉なものは旗艦である航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉に登載されている〈トレッキーダイス〉であった。その兵器は地球の傷ともいうべきフェアリーリングが出現した後に開発された新型兵器であった。もっと正確に言うのであれば、フェアリーリングが存在するゆえに使用可能となった兵器であった。フェアリーリングは空間の特異点がむきだしになっているため、その特異点から発生する力場を利用する兵器なのである。

 フェアリーリングの敵に対してはフェアリーリングの力で対処する。毒には毒をもって制するという考え方なのであろうが、統合軍参謀本部の説明によれば、その能力には大きすぎる危険がともなっていた。特異点に干渉する、すなわち時空に干渉する兵器は、場所を選択するわけではなく時間を選択する。過去をかえる兵器、それが兵器といえるかどうかは別として、過去に衝撃波を送り込むことで既に起こった事を阻止することができるという代物とされていた。しかし、その結果は誰にも予測ができなかった。なぜなら、統合軍司令部は〈トレッキーダイス〉は両刀の剣であることを十分に認識していたし、使用すれば世界は別の歴史を歩むことになるため、今の世界は消えることになるはずである。そんな兵器を気楽に試すわけにもいかなかった。あくまでも、最期の切り札として存在していた。噂では、十年前に発生した大異変は、この〈トレッキーダイス〉の余波ではないかと考えている者もいた。


 その日の日勤が終わる頃になって、滞空中のE-2Cホークアイ早期警戒機のレーダーが未確認物体の接近をとらえた。半径四百六十キロメートルのレーダーがドラゴンをとらえるのは、日常茶飯事のことである。早期警戒機なら低高度の目標も補足できるのであるから、なおさらである。

 日勤とは二交代によるシフト勤務の昼間の勤務のことである。ポートブリッジ統合軍基地は、戦時体制化のために昼夜にかかわりなく警戒体制をとっている。基本的に日中と夜の違いを示すものはないのであるが、トゥーロン・イエールに生活を依存する都合上、日勤に就くものが圧倒的に多くなるため、あくまでも便宜上それぞれが昼と夜に対応させているのである。

 そういうわけで、まだ遠くにいる目標に向かって、航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉から要撃機が緊急発進した。すさまじい轟音とともに発進するラファール戦闘機二機を甲板員は手を振って見送っていた。

 要撃機は音速の速さで目標の背後に周り、相手が気づく前に攻撃をしかけて離脱することができる。テキスト上ではそのはずだった。しかし、大異変以降、厚い雲によって覆われた空での戦いは、テキストどおりというわけではなかった。しかも、相手は巨大な生物で固い鱗によって保護されている。いわゆる一昔前の戦車が空を飛んでいるようなものである。致命傷を負わせるには、空対空ミサイルを近接信管から着発信管に換装したうえで、直撃を同じ場所に数発直撃させなければならない。それは不可能なことだった。現在保有するミサイルの多くは、未だに脆弱な航空機を破壊するために作成されたもの、すなわち目標に一定距離まで接近すると近接信管により炸薬に点火し、破片を周囲に撒き散らすことに重点を置いているものであり、相手を追い払うために威嚇する程度のものにすぎないのである。

 今回のスクランブルは、戦略的に意味のある軍事行動ではない。ただの消耗戦に過ぎなかった。統合軍は指揮が低下しないように、日常的にデモンストレーションを演じているに過ぎなかった。

 ポートブリッジ統合軍の兵士たちにとっては悪夢な日々だった。既に死んでしまった兵士はもちろん、生き残っている兵士たちも、全員がなんらかの犠牲を払っていた。その多くが心の中に深い傷を負い、永久に取り除くことができないで悪夢に苦しめられているに違いない。

 ドラゴンに対して従来の戦術はあてはまらない。敗走、抵抗、撤収。つまり非対称戦争が帰結するべき当然の結論で、量的な単なる戦力差、組織体力の大小強弱によって勝敗が決まるわけではなく、それは前線などという概念すら意味がなくなっていた。相手は、いつ、どこで、どの方向から奇襲してくるかまったくわからないのだ。時には上空から、時には背後からだって襲われることも珍しくはなかった。


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