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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第二章 トゥーロン・イエール
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ポートブリッジ統合軍基地内憲兵隊本部

 武装した憲兵隊の兵士が 一人、扉の前で警戒にあたっていた。兵士は彫像のような姿勢を維持していたが、腰には拳銃を入れたホルスターが見えていた。

 ポートブリッジ統合軍基地に着いてから一週間後、坂井美春伍長はある程度に体調を回復すると憲兵隊本部と書かれた建物に連れて来られた。彼女を連行してきた憲兵隊の兵士は、今警備にあたっている兵士同様に愛想の悪さを少しも和らげようとする気はないようだった。その理由は彼女でも充分に知っている。

 坂井伍長はテーブルに向かって腰を降ろし、警備の兵をできるだけ見ないようにして平静を取り戻そうとした。緊張のあまり手が震え、喉が渇いたが、できるだけ意識しないように努めることにした。そうやって気を鎮めてみようとしたものの、やはり落ち着くことができずに立ち上がろうとすると、警備の兵士は神経を尖らせて銃を構えるのだった。有無を言わせないその態度に諦めて座って待つしかなかった。

 かなり待たされた後、部屋に入ってきたのは男性と女性の二人であった。女性は立ち上がろうとする坂井伍長を手で止め、テーブルの向かい側に座った。彼女の腕には「憲兵隊」と書かれた腕章が見えている。憲兵隊であるため、どちらかというと警察官の服装に近い。男性は海上部隊の軍服を着ているが、このような場に慣れていないのかそわそわしている。

「自分はポートブリッジ統合軍憲兵隊所属のアルテア・アルテミス少尉です。ここ憲兵隊本部は軍事警察の活動も行っていると言えば、貴官が何のために呼ばれたのか理解できるのではないかと思います。この件は海上部隊の将校が担当することとなりました。少佐は他の会議が長引いているため遅れると連絡があり、自分が少佐にかわり、こちらの和田継矢中尉とともに先に貴官の尋問をするように命令を受けています。まず、官姓名を名乗ってください」

 坂井伍長は狼狽しつつも答えることだけは準備できていた。尋問されることはルテチアを出る前から予期していたことなのだ。後は、本当のことを正直に話せばよい。

「ルテチア防衛軍偵察旅団遠征部隊特殊車両隊デリンジャー分遣隊所属、坂井美春です。階級は伍長です。デリンジャー分遣隊はルテチア自治委員会から委託された防衛軍司令部により派遣されました。任務は強力な戦力を有する部隊と接触し、ドラゴンとの戦いに援軍を要請することです」

「聞かれたことだけに答えればよろしい」

 坂井伍長は肩をすくめた。

「どういうことです?」

 アルテミス少尉は厳しい視線を彼女に向けた。

「坂井伍長、貴官はポートブリッジでは歓迎されていない。ここでは、トゥーロン・イエールの安全こそが再重要とされています。だから、ルテチアのことはできるだけ早く忘れた方がいいでしょう」

「忘れろ、ですって!」

 坂井伍長は、つい感情的になり立ち上がって怒鳴った。すかさず、警備の兵士が反応を示す。坂井伍長はやむなく席に戻った。

「忘れろって言ったように聞こえたわ」

「そのとうりです」

 若い女性少尉は平然と答えた。

「納得のいく説明が欲しいわ。私はルテチア市民全員の命を救う任務があります」

 坂井伍長は効果があるとは思えなかったが、語尾を強調してみせた。

「答は出ています。援軍に関しては検討さえされないでしょう。統合軍の戦略方針により、援軍はひとりといえども出すことはありえません」

「言っていることが解らないわ。どういうことなのです? 検討すらしてもらえないなんて納得できません。我々を見捨てるというのですか?」

「それには答える必要はないわ」

 突然に誰かが割り込んできた。坂井伍長は声の方を振り向いた。いつの間にか扉が開かれ、一人の女性が立っていた。警備の兵士の敬礼に、軽く返礼している。照明が足元しか照らし出していないため、影のように見えた彼女の姿は見事なプロポーションだけを見せていた。同性の坂井伍長でさえドキッとするような優美さを感じたほどである。

 その女性はゆっくりと室内に進むと、一瞬だけ照明の中で露わになった。その瞬間に坂井伍長が見いだしたことは、見事なまでに着こなしている軍の制服に少佐の階級章が見えたことと、テーブルの向かい側にまわった時の不自然のない軽やかな身のこなしであった。ところが、女性将校は椅子があいているにもかかわらず座ろうとしないで壁によりかかって軽く腕を組んでいた。なにか明るい場所を避けているようにも思えた。

「なぜです?」

 坂井伍長はもう一度力を込めて言った。

「軍の機密よ。それで、充分でしょう」

 女性将校はそう言ったきり黙ってしまった。明かりの外にいるため、顔の表情がよく見えない。たとえ見えたとしても、上官の命令に絶対に服従しなければならない軍隊では、致命的な今の一言をくつがえすことはできないことにかわりはない。坂井伍長はぐっと歯をかみしめて怒りを押さえた。

「そうは言っても、あなたには納得がいかないでしょうね。もちろん援軍の判断については、統合軍参謀本部が最終的に決定することになるでしょう」暗闇の中から思いもよらぬ言葉が飛び出した。「ルテチアが窮地に陥っていることは容易に想像できます。しかしながら、統合軍の立場から言わせて頂きますと、援軍が本当に必要なのでしょうか? 逆にいえば、援軍を送ったからといってドラゴンとの戦争に勝てるわけでもないです。ここトゥーロンのように生き残るのが精いっぱいな私たちは、援軍を出すことは博打みたいなものです。ただ援軍が欲しいと言われても、私たちの理解を得るのは難しいです。それでも援軍が欲しいなら『援軍が欲しい』を語る前に、実際にドラゴンとの戦いで結果を出したほうがいいです。ルテチアでは必死の努力をされているとは思いますが、その結果は伝わってきません。それでは誰も言葉に耳をかしません。ルテチアはルテチアで地理的な特徴や得意な戦術で戦い続けるほうが有利なのですから、たとえ勝利できなくても、努力して実績をあげてください。そして、それを宣伝するのです。生き残りたいと願う人が最優先でやるべきことは、援軍を求めることではなく、戦い続けることです。統合軍はモン・ファロンの頂上の<象の檻>にて全方向の電波を常時受信しています。実績をあげて結果が出る頃には、私たちにもあなたがたの努力は伝わっていると思います。そうなれば、統合軍から今とは違った答えが聞けるのではないでしょうか? 今直ちに援軍にこわだるのは早すぎると思います」

 援軍を求められる側としては正論の回答だった。しかし坂井伍長としては予想外の回答だった。ふたりの間には、立場の違いによる大きな溝があった。

「ルテチアの事態は深刻なのです」

 坂井伍長は小声で抵抗した。目に見えない溝の大きさに気力が続かなかった。

「そうでしょうとも……。それから、少尉、写真を見せてあげなさい」

 ケイ少佐は坂井伍長の様子を見て、悪い話題の次は良い話題を切り出した。

「わかりました。これは昨日に無人偵察機で写したものです。高度約五百で撮影し、コンピュータによる赤外線処理を施してあります」

 コンピュータで画像処理された写真をアルテミス少尉はテーブルの上に広げた。かなり細部まで区別できる本格的な代物である。いくつかの箇所に赤い丸が書き込まれ、コメントがつけられていた。ランドクルーザー<デリンジャー>と<ライオット>の残骸の写真だった。坂井伍長は写真をあまり見たくはなかったので、ちらりと見ただけであった。

「わたしは坂井伍長の部隊が派遣されたことは信じます。しかし参謀本部の将軍たちにも知ってもらうためにも調書の作成は必要です。今現在、尋問に耐えられないなら時間をおいてもいいですが?」

 アルテミス少尉は機械的な口調で言い、坂井伍長の反応を待った。坂井伍長は泣き出したいのをぐっとこらえた。泣く暇はない。まだ、自分は生きている。今度は、自分の心配をしなければならない。

「いいえ、結構よ」

 アルテミス少尉の言葉づかいが緊迫したものになる。

「では、続けます。この際、貴官の立場をはっきりしておきましょう。伍長は、現在ポートブリッジ統合軍憲兵隊において、敵前逃亡、および、防衛識別圏に対する無断侵入の罪状により身柄を拘束されています。さらに加えると、逃亡の際に軍の車両を無断で使用したのであれば窃盗罪も視野に入ります。ここまでよろしいでしょうか? 貴官の証言は査問会に証拠として提出されることがあり、黙秘する権利が認められています。ただし、その場合は社会復帰する場合に大きな障害となることがあることを警告しておきます」

 坂井伍長は、起こりつつあることが信じられなかった。ルテチアの崩壊、身柄の拘束、査問会、そんなことが現実であるはずがない。

「では改めて、もう一度聞きます。ルテチアを脱出する前から、できるだけ詳しく状況を話してもらいましょうか?」

 話すのは苦痛だった。思い出すことなど問題外である。死んでいった仲間のことを一人一人説明し、根掘り葉掘り質問されるのは耐えがたいものである。坂井伍長は、なんの感情も込めないで無感動に話し続けた。

 アルテミス少尉は黙々と携帯型コンピュータのキーボードを打ち続けていたが、少しでも話をとばそうとしたり、あいまいに済ませようとしたりすると、陰気な顔を上げて決まって中断させるのであった。そして、話を少し戻して続けさせるのだ。

 一方、女性将校の方はといえば、相変わらず壁にもたれたままで、時折漂ってくる相性のいい香水の香りが彼女の存在を無視しがたいものにしていた。彼女はまぶたを閉じたまま、なにかを深く考えているようにも、あるいは、坂井伍長の話をじっと聞いているようにも、どちらにも見えた。その気配が彼女の知性の高さを物語っている。女性の最低限の身だしなみの品の良さと、閉じられたまぶたに潜む思慮深さ。そのことに気づくことができなければ、彼女の本当の価値に気づかないだろう。

 途中休むことなく二時間以上もの間にわたって尋問が続き、坂井伍長の声とキーボードを叩く音だけが室内に響き続けていた。しかし、一度だけ些細な事件があった。坂井伍長の苛立ちがピークに達しようとした時、怒りにまかせてついに感情が爆発してしまった時である。坂井伍長には珍しくヒステリー状態になってしまったのであるが、すると和田中尉は書類を派手に落として大きな音をたて、坂井伍長の気をそらしたのである。そして散らかった書類を拾い集めながら坂井伍長にそっと小さな声で耳打ちした。

「感情に溺れない方がいいです、印象が悪くなるだけですよ。あなたはケイ少佐に試されているのですから」

 和田中尉は何もなかったような表情で元に戻ったが、ケイ少佐が少し笑ったような仕草を見せた。

「最後に、和田中尉から確認したいことがあるそうなので、ご協力をお願いします。では、和田中尉、どうぞ」

 アルテミス少尉は和田中尉に話を振った。

「私は十年前のドラゴン殲滅戦に日本から派遣されました。私は輸送艦<おおすみ>に乗って来ましたが、陸上自衛隊の部隊は民間機で先に移動しました。集合場所で合流する予定でしたが、世界的な混乱が始まり、陸上自衛隊の部隊はついに来ることがありませんでした。今でも彼らを探しています。ルテチアにおられたのであれば、陸上自衛隊が到着しているような話を聞いたことがないですか?」

「聞いたことがないわ」

 坂井伍長は本当になにも知らなかった。

「ルテチアに日本の自衛隊の生き残りがいませんでしたか?」

「お力にはなれそうにないわ」

「そうですか」

 和田中尉は心底がっかりしたようだった。よほどの事情があるのであろうが、そんなことに気を配る余裕は、今の坂井伍長にあるはずもなかった。最後にできあがった調書に坂井伍長は目を通した。内容はほとんど頭に入らなかったし、確認のサインもどうでもいい気がしていた。

 やっと終わったのかと坂井伍長が安堵しかけた時に、今まで沈黙を守っていた女性将校が動いた。一瞬、坂井伍長に向けて微笑したように見えたが、明かりの外なのではっきりとはわからなかったし誰も気づかなかった。

「中尉。さっきこっそりアドバイスしたでしょう。まぁいいけど、フェアではないわね」

 女性将校は扉に向かって歩きながら、和田中尉の隣まで来ると小さくささやいて部屋から出ていった。


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