トゥーロン・イエール
消滅した時間の流れにはトゥーロン都市城塞が存在していた。変わって産み出された新しい時間の流れは、消滅した世界と大枠では似てはいるものの少しばかり趣が異なっていた。すなわち、それぞれの時間の流れに存在するトゥーロンには明確な違いがあった。しかしながら、それはどちらが本物かという問題ではなく、ただ単に性格が異なっているということを意味しているだけであった。もっとも重要な意味とは、今存在しているかどうかがである。事実、それぞれの住人たちにとって自分たちの住む街とそっくりな街が、別の時間の流れには存在していたということは想像も及ばないことであり、今存在していない街などは幻と同じで意味など全くなかった。
そういうわけで、決して交流することがない二つの似通ったトゥーロンは、消滅した世界では独裁体制によって運営されていたものの、新しい世界では民主主義によって運営されていることが大きな違いであった。選挙で選ばれた議員と市長によって構成される議会によって、すべての政策が決定されていたのである。それは消滅した世界に存在していた安全保障軍のこの世界版ともいうべき安全保障隊といえども、その決定には従わなければならない義務があった。
新しい世界の安全保障隊はトゥーロン・イエールの保有する小規模な簡易軍に過ぎなかった。アメリカ合衆国にあった州兵のようなものである。本格的な軍事機能はポートブリッジ統合軍という独立した専門の組織に委ねられていた。すなわち、トゥーロン・イエール一帯は、その存在目的によって市街地と統合軍基地に明確に機能が分かれていたのである。前者は民間人の純粋な都市ならば、さしずめ後者は統合軍の軍事拠点と言うことができた。
もっとも、これらの都市や軍事拠点が建設される過程は、この新しい世界でも消滅した世界と同様な理由だった。世界が違うとはいえ大枠で似るのは十年程度の違いでは当然のことだった。
トゥーロン・イエールの市街地はただの都市ではなく、ポートブリッジ統合軍基地だけでは不足する機能を補うため、その長期的な視野の元に再建設されていた。軍基地と共存していくための人材的な資源や兵器を生産するための工業力を有し、さらに世界の混乱が収拾した際に再出発するための民間人の拠点になるというものだった。
ポートブリッジ統合軍は、大異変後の人類後退期になって創設された軍であることに変わりはなかった。大異変後の北大西洋条約機構軍が崩壊した時、国際連合安全保障理事会は新たな危機に対抗するため、戦力の投入ではなく世界各地に閉鎖的な地域を設定し、戦力の温存を図ることとした。ここフランス共和国地中海艦隊の司令部のあったトゥーロンと付随する航空部隊のあったイエールが、フランス共和国南部地域の戦力を温存する地域として極秘に進められた。
当時、地中海に面したフランス海軍基地のひとつが基地周辺を閉鎖するとともに、もっとも懸念されていた自給自足の体制についても「アザヒポキサンチン」という有機化合物の発見によって構築することに成功していた。それは幸運も加わったこともあったが、現地の司令官によって迅速に決断されたことで、計画の基本構想である閉鎖と戦力温存が順調に進められ、閉鎖地域内では偽りの平和を造り出すことに成功していた。かつての平和であった頃を思い出させるような日常の生活を営むことができるのである。
この偽りの平和は、いつかは壊れることが予想されていた。少なくともポートブリッジ統合軍を創立した人たちにはその認識はあった。しかしあえてそれを口にするものは誰もいなかった。危機を先延ばしにすることで、これから先に登場する誰かが、きっとなんとかするだろうと責任から逃げてしまっていた。
だが、この世界でも安全保障隊の参謀本部長官となったルドルフ・フォン・シュバイツァーは、そんな状況に納得できるはずもなかった。安全保障隊は単なる市設の武装軍隊にしか過ぎないために大きな権力や軍事力を持ってはいなかったが、彼は根っからの現実主義者であり、自分こそが世界の状況をなんとかしなければいけないと強く思い込んでいた。




