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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第肆章 坂井美春の憂鬱
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北海上〈リッシュモン〉艦内

 航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉艦内は汚染が深刻となっていた。ルシファーの数に比べ、生き残っている水兵たちの方が多いにもかかわらず、水平たちは隔壁を閉鎖して汚染が広がらないようにすることが精いっぱいであった。それも時間の問題であった。もっともいちばん問題なのは、艦の制御を人間ができなくなっているということだった。漂流状態のままいたずらに対策が遅れてしまった。

 航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉には〈トレッキーダイス〉がある。これを確保することはシュバイツァー参謀本部長官の至上命令であったが、航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉のタラップが降りていなかったために駆逐艦〈リッシュモン〉のランチから乗船させることは不可能だった。危険を覚悟の上で艦同士を接舷せざるをえない。

「海軍コマンドー、右舷甲板に待機中」

 駆逐艦〈リッシュモン〉の艦橋の船内通話機が報告すると、機関部で何度か大きな音が響き、船体が微かに振動した。その直後に二つの艦の間をロープが擦れあう音が続き静かになった。

「〈ジャンヌ・ダルク〉に接舷完了」

 再び艦内放送が甲板員から作業が終了したことが伝達されてきた。その伝達が終わる間もなく、海軍コマンドーの通信技術兵からの第一報が飛び込んできた。

「海軍コマンドー、ハンガーに突入しました。これより、無線を中継します。感度はよろしいですか?」

 今度は、作戦室のスピーカーからだった。重いブーツの足音と火器の弾が装填される音も聞こえてくる。

「了解した。感度は良好である」

 艦橋の通信士官が、やや緊張ぎみの声で応答した。その時、何人かが艦長の方をちらりと見たが艦長は動揺している様子は見えなかった。その落ち着いた態度は艦橋のような密室では乗組員たちに安心感を与えるという効果があった。

「一班、ハンガーをクリア。さらに、展開中」

「三班、階段に到着。これから戦闘指揮センターへ向かう」

 続々と、スピーカーから入ってくる報告に次第に張り詰めた空気が艦橋に満ち始めた。だが、本当に緊張しているのは海軍コマンドーの方である。航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉には二千人の乗組員がいたはずである。もしもその全ての乗組員が犠牲者と化しているのならば、二千匹もの敵が存在する計算になる。

 戦闘指揮センターに向かった海軍コマンドー三班が、まず、最初にルシファーと遭遇した。ただちに戦闘になり、その発砲音は他の海軍コマンドーにも敵の存在を示す警告となったが、直ぐにどの班も戦闘状態となっていた。逆に発砲音が聞こえなくなると、突入した海軍コマンドーが全滅したのではないかと乗組員の中に動揺する者が出てきた。

「状況を知らせよ」

 艦長が身を乗り出すようにして通信士官に迫った。しかし、動揺した海軍コマンドーからの報告も支離滅裂となり、通信は混乱状態で通信士官にもどうしようもなかった。

「報告、〈ジャンヌ・ダルク〉の離着陸甲板上に敵を発見。本艦に取り付こうとしています」

 それは艦橋にいたすべての人に水を打ったように静かにさせた。が、艦長だけはそうではなかった。

「絶対、近寄せるな」

 それがどんなに無理な命令なのかは、艦長自身がいちばんよく知っていた。しかし、他に良い方法があれば教えてもらいたいものだ。

「無理です。やつらに、銃が効かないのですよ。艦を離すしか方法がありません」

 やはり、甲板員は抗議した。

「今、海軍コマンドーが〈ジャンヌ・ダルク〉に突入している。艦を離すわけにはいかないのだ」

 その直後、スピーカーから聞こえてくる音は銃声にかわった。小型の爆発音も混ざっている。艦上で爆発物を使用するということは、よほどのことがない限りしない。本来なら、水兵の責任者を追及するところである。だが、今回はルシファーを防いでくれれば甲板の一部くらいなら壊しても勲章をやりたい程である。

「海に落とせ」

 艦長がマイクロフォンを取って命令した時、銃声はかなり広範囲に広がっているようだった。それでも、誰かが聞いているはずである。しかし、応答はなかった。もう一度、命令をしてみても応答がないことを確かめると、今度は甲板士官を呼び出した。

「後部甲板です。後部甲板の下士官は戦死されました」

 聞きなれない声だった。しかし、今は一刻を争うのだ。

「誰でもいい。侵入されたのだ。防水隔壁をロックし、艦内バリケードを設置しろ。訓練どおりにやるのだ」

 しばらく間があって、その声の持ち主は了解したことを告げた。さらに、長い間があって艦内に警報が出た。だが、その長い間は致命的なものとなっていた。既に戦いは甲板上から狭い艦内へと移っていた。

「ここは、どれだけ持ち堪えられる」

 艦橋の当直士官だった。艦橋に上がる階段の途中で、完全武装の水兵といっしょに下を恐る恐る見回してみた。何人かの射撃態勢を保った水兵が見えただけだった。

「三重の防御体制がありますが、相手がこちらに来る気になったらどうしようもありません。相手は防水隔壁に小さな隙間をこじあけて、そこから侵入してきます。艦を捨てるしか方法がないですよ」

 水兵の軍曹は、陰気な口調で言った。

「ばかもの、船乗りなら艦を捨てるなんて軽々しく言うものではない。が、ランチの準備だけはさせよう。ただちに艦内に退艦警報を出し、非戦闘員をただちにランチの前に集合させろ」

 当直士官は命令を伝えるべく、艦橋から消えていった。

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