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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第肆章 坂井美春の憂鬱
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トゥーロン都市要塞沖〈リッシュモン〉艦内

 艦対空ミサイルによる攻撃を行ってから五十時間が経過していた。ジブラルタル海峡を抜け、地中海艦隊は北方を目指していたが、補給のあてもなく海の上で漂流しているようにも見えていた。しかしながら、幸運にも艦内の士気は落ちることもなく秩序が依然と保たれていた。

「艦長より、伝達事項がある」

 駆逐艦〈リッシュモン〉艦内の放送が告げた。

「先刻、北を目指すドラゴンの生き残りをホークアイが発見した。我が艦隊はトゥーロン都市要塞に侵入される直前にこれを攻撃し、市内に侵入することを阻止した。なお、依然としてドラゴンは北を目指して移動を続けているとの情報が入っている。その方向から考えられることはフェアリーリングに向かっているということである」艦長はここで伝統的な嘘を言っていた。大した戦果もないのに大々的に勝利したと、軍特有のお約束の嘘である。「ドラゴンの移動が意味することは不明ではあるが、残りわずかしか生き残っていないドラゴンが集まるこの機会が攻撃の最大の好機となるだろう。〇六〇〇時より、艦隊にドラゴン追撃作戦が発動された。これにより、本艦はドラゴンを追跡する航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉の護衛任務に就く。なお、シュバイツァー参謀本部長官以下の艦隊指揮室は巡洋艦〈シャルル7世〉に移動しトゥーロン都市要塞奪還作戦に就くことになる。以上」

 またしてもシュバイツァー参謀本部長官は前線から遠ざかることを忘れなかった。トゥーロン都市要塞を奪還するつもりがあるとは全く思えなかった。それでも駆逐艦〈リッシュモン〉の水兵たちは、その放送が終わるとなにもなかったように忙しく働き始めた。彼らは命令に従順なのである。

 和田継矢伍長は大きく深呼吸すると科員食堂に入った。食欲はなかったが、無理にでも食べなければならなかった。今頼れるものがあるとしたら、自分の身体だけなのである。いざという時に体が動けなければ、それは死を意味することになるからだ。科員食堂に入ると坂井伍長がコーヒーカップを持って近づいてきた。

「どう?」

 坂井伍長はテーブルに二つのカップを置きながら尋ねた。和田伍長は大きく背伸びをしている。狭い艦内で運動不足ぎみなのだ。

「気分は最低だな」

 和田伍長はコーヒーに息を吹きかけて冷ましながら言った。このコーヒーだって、いったいいつまで飲めるのかわかったものではない。そんなことを考えていたが、できるだけ顔には出さないように努めた。

「そうじゃなくて、今の放送をどう思うって聞いたの?」

 坂井伍長がカップに視線を落としたまま、もう一度尋ねた。

「我々の命題は、なにもドラゴンとルシファーを絶滅させることだけが目的ではないからね。これ以上に異質な生き物が侵入しないようにするためにも、フェアリーリングの力を無効にしたいところだよ。そういう意味では、この作戦は理にかなっていると思う。だが、それは戦力が十分にあれば実行できるという話。今となっては既に手遅れとしか言いようがない。せっかくフェアリーリングの正確な位置がわかっても、我々にはもはや手のほどこしようがないとしか思えないね」

「そうね」

 坂井伍長も同じように考えているようで、元気なく相槌をうった。

「いずれにしてもドラゴンの数を大幅に減らした今なら、少なくても戦略的に絶好の機会というわけだ。ドラゴンを絶滅させる千載一遇の機会だろうからね」

 坂井伍長がその言葉を聞いて顔を起こした。

「でも、本当にドラゴンとルシファーを絶滅させる必要があるのかしら? ルシファーはともかく、ドラゴンには知性があるわ。わかりあえるものなら、互いに生きる道を捜してもいいのではないかしら? もしもフェアリーリングの向こう側に帰ってもらえるのなら、それが最もいい方法だと思うわ」

「かわったことを考えるのだね」

 和田伍長は相手の話に耳を傾けたものの、納得できないようだった。

「私が思うに、この戦争には人類全体に発想の変換が必要なのよ。単なる爆撃でフェアリーリングが破壊できて、それですべて解決するものなら誰も苦労はしないわ。何か別の方法が必要だと思うわ。きっと、その鍵は伝説や神話にヒントが隠されているのではないかと思うの」

「ロマンチックな考え方だな。最新兵器を使用した戦争で、伝説や神話かい? いくら相手がそういう物語に出てくる代物だからといって、こちらも伝説や神話に合わせる必要はないよ。しかし、実際問題にフェアリーリングにどういう手段が有効なのかなんて考えたこともなかったな。いずれにしても、この世界は未来が確定されてしまった。人間がいなくなるという未来にね。だから、いくら議論しても無意味なことにかわりはないよ」

 ふたりとも言葉に詰まり沈黙する結果になった。だが、彼は声にならないほどの独り言をつぶやいていた。

「まてよ、〈トレッキーダイス〉なら、もう一度……。いや、それはあまりにも危険が大きすぎる……」

 ドラゴンの目的地であるフェアリーリングはオランダ北部の低地地帯の干拓地のどこかに存在すると思われている。航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉と駆逐艦〈リッシュモン〉の二隻がドラゴンを追って北海東部に着くのは、まだまだ先の話であり何時間も単調な航海を続けるはずであった。ところが、何の予告もなく海の真ん中で艦が停船したようだった。

「艦が停まったわ」

 坂井伍長が、あいかわらずつまらなそうな口調で言った。停船と同時に、自然に窓に人が群がり始めている。そちらをちらっと見るが行動には移さなかった。

「なんだろうな。ちょっと、のぞいてみようか?」

 和田伍長が代わりに行動に移そうとすると、窓に群がっていたひとりが他の人にも聞こえるように大きな声で報告してくれた。

「〈ジャンヌ・ダルク〉から煙が上がっているぞ」

 食堂に困惑の波紋が広がる。しばらく嫌な沈黙が続いた。

「外に出た方がよく見えるだろう」

 ここぞとばかりに和田伍長は狭い科員食堂から出る口実を見つけた。

「待って、私も行く」

 坂井伍長は椅子にかけてあった上衣をとってから小走りでついてきた。ふたりは狭い階段を下りて甲板に向かった。

 その時、艦内放送が鳴りだした。

「接舷準備、右舷前方」

 副艦長と何名かの水兵たちが、すれ違うようにして甲板に向かって走っていった。

「どうかしたのかしら」

 坂井伍長がもう一度つまらなさそうにつぶやいた。坂井伍長は無関心を装うことで、現実から逃れようとしていたのかもしれない。

「やはり、〈ジャンヌ・ダルク〉で何かあったみたいだな」

 和田伍長はできるだけ声を小さくしてささやいた。

「まさか、〈ジャンヌ・ダルク〉も汚染されていたのではないのでしょうね? 出港直前にあわててコンテナを積み込んでいたようだったけど……」

 坂井伍長が心配そうに言った。だが、遅かれ早かれ、このような事態になることにかわりはないことは承知しているつもりだった。

 甲板に二人が上ろうとすると、武装した水兵が前をふさいだ。

「どういうこと?」

 坂井伍長が抗議した。

「現在は、戦闘態勢中につき御遠慮願います」

 水兵の対応は事務的だった。ここはおとなしくしていた方が最後の時間を無駄に過ごさないですみそうだった。

「そういうことなの」

 坂井伍長も事務的に答えた。だが、その頃、駆逐艦〈リッシュモン〉の艦橋では非常に緊迫した空気が張り詰めていたのだった。


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