トゥーロン都市要塞沖〈ジャンヌ・ダルク〉艦内
トゥーロン都市要塞の惨状に背を向けた航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉は、ジブラルタル海峡を越えたところで朝を迎えていた。地球規模で覆う厚い雲はどこまでも続き、海水は黒く濁り、季節はずれの生暖かな風が吹きつけていた。その海面に一筋の白い軌跡が伸び、その先にはさらに多くの白い軌跡があった。この海域に安全保障軍に所属する地中海艦隊の全海上戦力が集結しつつあったのだ。航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉は駆逐艦〈リッシュモン〉にエスコートされながらこの海域に到着したところだった。
航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉の艦橋の視界には点在する艦船が見えていたが、情報よりもはるかに少ない数しか見当たらなかった。レーダーに現れている光点はこの海域に存在している全ての艦船を示していたが、その数はわずか三隻だけだった。
「艦隊なんて、とっくに無くなっていたのだわ。軍はそれをひたすら市民に隠していたのね。あるいは、誰かが責任を取らされるのが嫌で司令部には偽の報告をし続けていたのかもしれない」
坂井美春伍長は駆逐艦〈リッシュモン〉の甲板の上にいた。彼女はレーダーを見るまでもなく地中海艦隊に残されている戦力を十分に理解していた。
そう、ここに集結しつつある艦隊は安全保障軍の全海上戦力であり、それは少なくとも全世界における唯一の海上戦力であることも意味している。さらにつけ加えるならば、安全保障軍の陸空軍が壊滅状態の今となっては世界唯一の戦力であるかもしれなかった。その意味でも、この地中海上の艦隊は人類側の最後の砦となっているのである。
航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉からE-2ホークアイ早期警戒機が飛び立っていくのが見えた。その機影が雲の中に溶け込んでいくのを眺めながら、現実から何かが欠けてしまっていることを感じていた。
彼女はすぐに気がついた。海鳥たちがいなくなっていることに……。陸が見えているにもかかわらず、漁船のおこぼれの魚を狙う海鳥たちが艦に集まってこないのである。
「いったい、かもめたちはどこへ行ってしまったのかしら?」
それは坂井伍長の女性的な本能の疑問ではなく、単なる感情の欠落に近い嘆きでしかなかった。それとも最初は意味があったことに対する単なる懐かしみのいずれかである。しかし、その二つに違いは問題ではなかった。一つの巨大な文明世界全体が失われつつある事実に、その一部の些細な出来事など無に等しい。奇跡が起こらない限りは、彼女や彼女の周りの人々に未来はないのだから……。そう、奇跡が起こらない限り人類に未来はないという現実は確定してしまったのだ。
ルシファーの脅威は人類に決定的な黒い影をもたらし、昨晩のトゥーロン都市要塞での敗走によりその明暗はすでに逆転不可能なまでに大きくなってしまった。坂井伍長はトゥーロン都市要塞の放棄を今朝早く和田継矢伍長によって告げられたばかりだった。




