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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第参章 安全保障軍
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トゥーロン都市要塞内安全保障軍防空戦闘指揮室

 外部からのルシファーの侵入に対して、警戒ラインは完全に機能している。しかし、ルシファーが市内内部から出現することは想定外であった。ドラゴンとの戦闘前から市内に紛れ込んでいたのである。平時でさえ市内に侵入したルシファーの感染の拡大を抑えるのは困難であるにもかかわらず、ドラゴン相手に戦闘が続く現在の混乱している状態では、うまくいくはずもなかった。

 防空戦闘指揮室の中央テーブルには巨大なトゥーロン都市要塞の地図が設置されている。その上で安全保障軍の各部隊の動きが駒によって示されていた。ルシファーとの戦いに防空戦闘指揮室で作戦が立てられていた。

 今、オペレータがルシファーを示す駒を大量に並べようとしていた。報告された地点の対応する地図上に駒が次々と並べられている。指揮室は興奮した将校や士官たちによって既に活気に満ちていた。

「目標は市内十箇所以上の地点で確認されていますが、正確な数は現在調査中です。なお、市民のシェルター退避は順調に進んでいます」

 指揮室にアナウンスが入った。ルシファーは自分の分身を次々と分裂させ、確実に数を殖やしていた。その数だけ確実に安全保障軍兵士や一般市民の犠牲が続いているのだが、今となってはその正確な数を調べるのは不可能というものであった。

「防御体制レベル5だ。操作員は状況の把握に全力を努めろ」

ルドルフ・フォン・シュバイツァー参謀本部長官がフリードリッヒ・エッカーマン副長官を従えて到着し、防空戦闘指揮室に声を響かせた。指揮室は喧騒状態であったにも関わらず彼の声が響いたのは、彼の権威に誰もが恐れをなしていたためにほかならない。彼はトゥーロン都市要塞の地図を見下ろし、ずかずかと指揮席に座った。ここに至って、シュバイツァー参謀本部長官は事態の深刻さを認識することになっていた。

「了解。防御体制をレベル4からレベル5に変更、全部隊に伝達します。これより全軍による臨戦体制に移行します」

 数人の操作員が刻々と報告された位置へ敵味方の駒を移動させている。エッカーマン副長官が彼らに状況を聞いていた。それを、じっと参謀本部長官は聞いていたかと思うと、得意な演説を始めた。まさしく彼の特技であり、兵士の指揮を高揚させるための彼の唯一の仕事である。

「勇敢なる我が兵士たちよ。諸君の勇気を試す時が訪れた。トゥーロン都市要塞に侵入する身の程知らずの敵に人類の力を見せつけるよい機会である。我々に手を出すことが、どれほどの代償が伴うことになるか思い知らせるのだ。徹底的に叩きのめし、二度と我々に手出しができないように思い知らせてやるのだ。既に親衛隊は動いている。我が親衛隊の防衛態勢は完ぺきなものである。たかが下等生物であるルシファーごときに、なんの憂いも無用である」

 シュバイツァー参謀本部長官の自信たっぷりの演説を聞いて、将校や士官たちの中から歓喜の奇声があがった。指揮室にいる人間という人間が血液中に多量のアドレナリンを分泌し興奮状態になっていた。彼はその様子を眺め満足そうな顔をしていた。

「新たに目標との接触がありました」

 操作員はルシファーの駒をひとつだけ報告のあった市内の位置に移動させた。続いて操作員が、地上部隊の駒をルシファーの駒に近づけた。

 防空戦闘指揮室にいるかぎり前線の兵士の緊迫した状況がまったくわからなかった。飛び込んでくる無線の声の緊迫感から想像するしかない。ルシファーよりもシュバイツァー参謀本部長官を恐れる一般の兵士たちは、やみくもに戦うだけであり、ルシファーの前進を阻むことすらできずに損害が増える一方だった。卑怯者と密告されることは、家族にまで害を受ける。意味もなく砲弾を浴びせ、どうすれば勝てるというよりも戦っているということに意味があると考えていた。

 数時間にわたる戦闘の末に破局はおとずれた。戦闘には勢いというものがあり、その勢いは人類側からルシファーへとかわった。次第に砲弾の軌跡が一部の地域で消えていった。リズミカルなタイミングで伸びていく砲弾の軌跡が、なんの予告もなく突然に止まっていくのだ。その現象は最初こそ目立たなかったが、次第に周囲に広がっていくように見えた。

 前線の小さなほころびが次第に大きくなっていった。前線はついに崩れた。防空戦闘指揮室に入ってくる情報は遅く不正確なものばかりである。命令を与える部隊は、守りやすい場所に勝手に移動したり、あるいは、指揮官が戦死して散り散りになっていたり、もはや組織として機能をしていなかったのである。

「態勢を立て直すため、防空戦闘指揮室を地中海艦隊〈ジャンヌ・ダルク〉に移動する。各部隊は現在の位置を死守し、軍港を援護するように命令を伝えろ。後退は絶対に許さぬ。名誉ある死こそ市への忠誠の証であることを忘れるな」

 シュバイツァー参謀本部長官は脱出の決断は早かった。だが、これは自分だけ助かろうとしているのは誰の目にも明白だった。

「これは勝利をつかむための戦略のひとつだ。市内深くにルシファーを誘い込み、地中海艦隊からの空爆により一気に殲滅させる。空爆に巻き込まれないように、戦闘指揮室は市民を避難させることに全力を注ぐのだ」

 シュバイツァー参謀本部長官は正気とも思えない作戦の実施を命令した。

「市民をどこへ避難させるというのです。そんな場所などありはしません。それにサーモバリック爆弾は、ドラゴンとの戦いで使い切っています。ここで負けるようなら、どこへ逃げても負けるだけです。ここを守り抜く以外に我々の道はありません」

 参謀本部長官はエッカーマン副長官に最後まで戦闘指揮室にとどまるように嘆願されたが、彼はさっさと戦闘指揮室の扉をくぐり抜けた。とどまる決心をしていたエッカーマン副長官をふり返ることもなく戦闘指揮室の扉を閉めたのだった。

 安全保障軍はたったの一匹のルシファーに対して敗れることとなった。市内は混乱していた。自分たちを守るはずの軍の砲撃で次々と炎に包まれていった。各部隊に後退する場所など無かった。ただ、炎の中で逃げ惑うだけである。しかも、ルシファーは数を増やして市内のいたるところで徘徊していた。炎の中で逃げ惑う人間を次々と餌食にし、その数は今や数千に達していた。さらに感染は人間のみに限らず、市内の下水に住んでいた数えきれない鼠さえにも広がっていった。鼠たちは迫る炎から逃れるために、安全な場所を求めて大挙して走り回っていた。その安全な場所は実際には限られており、戦闘を回避するように軍に徹底されていた軍港くらいしかなかった。

(第肆章へ続く)

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