トゥーロン都市要塞内安全保障軍参謀長官公邸
オランピア行政区の一等地に安全保障軍参謀長官公邸がある。この公邸は二十四時間体制で安全保障軍の親衛隊によって厳重に警備され、長官とその秘書たちが何人も常駐している。邸内はロココ調の豪華な造りになっているという噂があったが、一般の人が立ち入ることなど到底ありえないため真実のほどはわからなかった。自分たちの生活とはかけ離れた贅沢な生活といえども、参謀長官の悪口を言ったことを密告されて投獄されるくらいなら見て見ぬふりをする方が得策であったためにタブーとなっていたのである。
ルドルフ・フォン・シュバイツァー参謀本部長官は仕事のほとんどを秘書にさせていたために、実のところ公邸からほとんど出ることもなかった。彼の唯一の仕事らしいものといえば秘書が書き上げた原稿を公衆の前で演説する程度であった。その点に関して彼は優れた才能があるらしく、そのおかげで今の地位を得たようなものだった。なにしろ原稿を一読するだけで文面を記憶し、力のこもった話ぶりと若者の心をつかんだ言葉で聴衆を熱狂させてしまうのである。
したがってフリードリッヒ・エッカーマン副長官が玄関のベルを深夜に鳴らした時も、最初に出たのは秘書のひとりであった。それから十分以上経過した後に、やっとシュバイツァー参謀本部長官本人が現れた。副長官は敬礼をしてから告げた。
「閣下、緊急事態が発生しています。ドラゴンの巨大な群れがこちらに向かっています。ただちに、……」
「わかった。君の思うようにやりたまえ。私の名前で武器の使用も許可する。逐次、ここの公邸へ報告をいれたまえ」
エッカーマン副長官の言葉を途中でさえぎったシュバイツァー参謀本部長官はとりたて詳しい話を聞く気はなかった。エッカーマン副長官の緊迫した口調など彼には意に介さなかった。決して部下に絶大な信頼をしていたからというわけではなく、ただ単に仕事は部下が処置すべきことであると決めていたからに過ぎなかった。自分は報告を受けて、その結果から有能ならば部下を昇格させ、無能ならば処分するというのが常であった。エッカーマン副長官は優秀な人材にもかかわらず忠誠を誓うあまりに参謀本部長官の許可なくしてはなにも行動できず、一刻をあらそう事態であったにもかかわらず貴重な時間を形式的な報告に費やしたに過ぎなかった。




