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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第弐章 トゥーロン都市要塞
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トゥーロン安全保障軍基地内兵士宿舎

 坂井美春伍長は安全保障軍の宿舎に移されていた。お世辞でもホテル並みの設備が整っているとはいえないような部屋で、彼女にとっては独房を想像させるほどのものであった。そもそも外界との接触が完全に不可能にされ、装飾性とか娯楽性とかいったものは皆無で、極端な機能性重視のコンクリートの部屋であれば誰でも同じように考えるに違いない。宿舎とは名ばかりで、軟禁されていることは明白であった。これのどこが英雄としての待遇なのだ。明らかに宣伝材料として利用価値が下がらないように監視しているとしか思えなかった。

 窓は開かないように固定されていたが、外の様子くらいなら見られるかもしれないと期待したものの丁寧にも窓のすぐ外側にも塀がそびえ立っていた。

 坂井伍長によって星ひとつの評価が宿舎に付けられて間もなく、勲章授賞式への出頭命令が届いた。出迎えたのはアマンダ・キャンベル少尉だった。

 大講堂に到着するまで、キャンベル少尉は何も喋らなかった。実弾装備の親衛隊員を従えて現れたので、坂井伍長は余計な体力を使ってまでもおしゃべりをしようという気になれなかった。

「授賞式では何も言う必要はないわ。すべて我々にまかせておけばいいのよ」

 沈黙を先に破ったのは、キャンベル少尉だった。

「私は嘘なんて言ってないわ」

「いいですか? 伍長の噂は、既にトゥーロン都市要塞中に広がっていて共感を得ているのです。少なくとも新兵の中には英雄という存在に憧れる者がいて、自分も手柄をたてて自分こそ次の英雄になりたいと考えるのよ。今や、伍長は、その象徴になっているわ」

「なんのこと?」

「我々に必要なのは象徴なのよ。中身はなんだって構わない。とにかく、ヒーローやヒロインが必要な時代なのよ」

「それが?」

「まだ、気がつかない? あなたはシュバイツァー参謀本部長官に気にいれられたのよ。こんなことはめったにないチャンスなのよ。彼の御機嫌さえ損なわなければ、うまくやっていけるわ」

「そんなことは、私にはどうでもいいことだわ」

「お願いだから、もっと自分を大切にすることね。あなたは幸運だった。ここでは彼に睨まれたばかりに収容所へ送られた人間は数えきれない程いるのよ」

「私は、ここの人間ではないわ。援軍を要請しに来ただけよ。いつまでも居ようなんて考えてないわ」

「いったいどこへ行くというの? まさか、他の場所で生存者が生き続けることができるなんて考えていないでしょうね。ここで生きていくしかないのよ」

 二人は授賞式が開かれる階に着いた。坂井伍長は親衛隊員に連れられて席についた。既に関係者は集まっている。彼女はキャンベル少尉の言った最後の言葉の意味を心の中で繰り返そうとしたが、ルテチアの思いを断ち切れるはずもなかった。

 ステージにはルドルフ・フォン・シュバイツァー特務警察省参謀本部長官を中心に同じ特務警察省に所属するハインリッヒ・ケーラー親衛隊司令官、ゲオルグ・バルラッハ警備隊司令長官、パイゼン・フォン・ヒンデンブルク兵科隊司令官、さらに、ニキータ・リトビノフ市長兼安全保障理事会委員長など主だった面々がすでに座席についていた。中でもシュバイツァー参謀本部長官は上機嫌のようで無愛想な顔ながらも、不釣り合いな笑顔を振りまいていた。それ以外の連中は彼にへつらうかのように腰が低かった。

 腐り切っている。坂井伍長は口に出さなかったが嫌悪寒を感じた。不本意ながら、彼女は勲章を授与されるためにステージに出なければならなかったが、彼女の視線は敵意と憎しみ、そして、悲しみでステージを直視できなかった。

 坂井伍長がステージの脇の席に座らされると、シュバイツァー参謀本部長官は演説を始めた。おそらく、これが今日の本当のメインイベントなのだろう。

「彼らは崇高な任務のために自ら進んで若い命を投げ出した。それはなぜ故か? そうである。この戦争に勝利するという偉大な目的の達成のために、また、自分たちの愛する家族や友人を守るために、自分がいったい何をしなければならないのかよく理解していたからにほかならないからである。確かに、勇敢な若者を失うことは非常に悲しむべきことである。だが、彼らは崇高な目的を達成する喜びのうちに最期を迎えたのであり、それを誰がとがめることができようか? 否、誰にもそんな権利など持つことはできるはずもない。なぜならば、次に名誉ある死を選ぶのは私自身だからである。諸君、人類の未来のために勝利を勝ち取ろうではないか」

「冗談ではないわ」

 最初、坂井伍長は無気力だったのでどうでもいいと考えていた。それにも関わらず演説が山場を迎えるとともに次第に自制するように努めなければならなかった。当事者として、とても聞くに耐えられない冒涜的な内容に我慢できなかったのである。とうとう、彼女は椅子をひっくり返して立ち上がりながら叫んでしまった。

「名誉ある死ですって! 何を言っているの。私たちは、ただ生きたかったのよ。生きる権利こそが重要なのよ。他人の死を賛美するのは、自分に後ろめたいことがあるからだわ。そうよ、責任逃れだわ。そうでなければ、死んだ仲間をいたわるはずよ」

 集まっていた官僚たちは眉をひそめた。彼らの表情は厚意のかけらもなく、参謀本部長官の機嫌とりのほうに熱心なのだ。こんな連中を納得させることは、所詮無駄なことなのだ。彼女は苦々しい思いをかみしめていた。

「坂井伍長、そこまでだ」

 ヒムラー親衛隊司令官だった。シュバイツァー参謀本部長官は自分の手を汚すこともしなかった。彼の造り上げた思想は完成しており、その頂点に鎮座しているだけでいいらしい。彼は立ち上がると、ゆっくりとビデオ・スクリーンの前まで進んだ。

「どうやら、このお嬢さんは大変な激戦が続いて気が動転してしまったらしい。優秀な兵士であっただけに実に惜しいよ。少し休養が必要なようだ」

 親衛隊員の兵士が坂井伍長を無理やり椅子に座らせた。

「諸君、軍歌斉唱だ」

 坂井伍長の発言など始めからなかったように、講堂の全員がそれに応じて直立した。彼女は声に出さないため息をもらした。軍歌斉唱で山場を迎えた授賞式で、彼女はひとり孤独を痛感していた。


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