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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第十一章 ポートブリッジ統合軍
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ベルギー中部ブリュッセル近郊

 ネーデルランドに向かうルート上に、ルシファーの子実体の群生と思われる突起物が、いたるところに見かけることができた。子実体であれば、こちらから接触しなければ危険はないと思われているが、まだ知られていない生態をもっている可能性がある。人間という餌の存在に気づき、予期しない行動を起こしてくるとも限らない。進軍中の第6軽機甲旅団は、前路掃討の任務があり、後続の部隊のために比較的な安全な経路を探索しながらの進軍となっていた。時間と手間がかかるが、子実体の群生のそばを通り過ぎるたびに、車両は一日になんども洗浄しなおさなければならなかった。

 ラジオ・フランスが再開されたとの情報が入ったため、誰が言い出したわけでもなかったが、気分転換にラジオ放送を流しっぱなしにしていた。ラジオ・フランスはルテチアが解放されたことをしきりに伝えていた。ドラゴンに怯えて隠れていたルテチアの生存者が、道路という道路にあふれだし、駆け付けた統合軍を熱烈に歓迎している様を伝えていた。

 第1小隊の男どもは、統合軍の兵たちがルテチア市民からの熱烈な歓迎を受けていることを知ると、あからさまに、自分たちもルテチア解放に行きたかったと口にするようになった。すると決まって、「男ってどうしていつもこうなんだろう」とケイ少佐にジト目で見られるのであった。

 セリア・ケイ少佐は温かいコーヒーカップを両手で包みこむようにしたまま、進軍中の通信指揮車の座席でぼんやりと座っていた。コーヒーはインスタントではあったが、粉をスプーン一杯の水で溶かし、その後にお湯を注ぐという彼女のこだわりのため、格段に味わいがアップしていた。彼女はコーヒーを飲むわけでもなく、何かを見つめているわけでもない。ただ、ぼんやりとしていた。

 ケイ少佐は両手に伝わってくるカップの温もりの感触が好きであった。何もかも忘れて、温もりの感触を味わうだけで幸せな気分にひたることができた。もちろん、コーヒーは熱すぎても駄目であるし、冷めすぎても駄目である。いずれは冷めてしまうコーヒーであるが、その冷めるまでに味わえる刹那的な瞬間だけに、伝わってくる温もりは、代え難い幸福感を与えてくれた。人間は誰でも、ぼんやりする時があってもいいと彼女は考えていた。

 そんな小さな幸せさえも、長くは続かなかった。遠くから砲撃音が聞こえてきた。爆発音、続いて、砲撃音。乾いた大気に音がよく響いている。ケイ少佐は、一気にコーヒーを飲み干すと現実に戻った。

 第6軽機甲旅団に血の気の多い将校がいたのかもしれない。作戦前の進軍中にもかかわらず積極的に遭遇戦に精を出す部隊が現われたのである。

「近くで爆発音が聞こえるわね。状況は?」

 ケイ少佐は半休息を自ら返上して作戦指揮に戻った。上着を手に持ったままの格好で、直前までくつろいでいたことが分かる。

「第1外人騎兵連隊に所属する小隊からと思われる電文を入電しました。『はぐれドラゴンと遭遇せり、われ、これより砲撃戦の指揮を執る』、これを繰り返すばかりで応答はありません」

 通信担当のタチアナ・ベルテンス准尉から答えがあった。ケイ少佐がどうしたものかと考える間もなく、地平線上に赤色の信号弾が上がるのが見えた。

「赤一つを確認。『我、援護を求む』です」

 ベルテンス准尉が信号弾に事前に定められていた意味を補足した。

「何だって作戦発動まで待てないのかしら? 信号弾に返信、緑二つに青1つ」

 相手に『了解とその場で待機せよ』を意味する信号弾の組み合わせである。

「緑二つに青1つ」

 命令が復唱され、実行される。

「援軍を求められて放っておくわけにもいかないでしょう。全車に近接対空戦準備を始めるようにして頂戴」

 ケイ少佐は自分に言い聞かせるように、戦闘態勢に入った。正直なところ、彼女は気乗りがしなかった。トゥーロン・イエールから遠く、作戦地域から遠く、このような戦略上意味のない場所で消耗戦を演じる必要があるとは思えなかったからである。もっと意味のある戦いだけに専念したかったが、彼女の部隊は機動戦闘車の戦闘に慣れていないために、その実戦の経験を積んでおく必要もあるのも事実であった。

「全車に命令、近接対空戦準備をしてください。これは訓練ではありません。ドラゴンと戦闘中の友軍を支援します。繰り返します。近接対空戦準備をしてください。これは訓練ではありません」

 ベルテンス准尉が警報を伝える間に、ケイ少佐は簡単な作戦を考えていた。

「機動戦闘車および軽装機動車は前進し、友軍の救出を開始せよ。その他の車両は、別命あるまで現在位置で待機」

 機動戦闘車は52口径105mmライフル砲を備えた装輪型の戦車である。進軍中は先頭と後尾を護るように隊列を組み、周囲を警戒する任務についている。もっとも、52口径105mmライフル砲ではドラゴンに致命傷を与えるには、かなりの弾丸を撃ち込まなければならないことが今までの戦闘報告から分かっている。

 ケイ少佐の勇ましくもない命令であったが、隊列の後尾の機動戦闘車2両が道から外れ、砂埃を巻き上げながら隊列の横を通り越していった。

 第1小隊の先頭車である小隊長車の上部ハッチから、マールス・グラディウス少尉が上半身を出し、両手を上げてSOP(標準任務規定)の指示を出した。SOPは、事態に対して現場でどのように対応するか戦闘中の様々な動作の基本パターンが決められている。行進から迅速に逆V字型のヘリンポーン隊形を組むように指示を出していた。友軍をかばうように第1小隊が展開する目論見である。軽装甲機動車〈ライトアーマー〉と指揮通信車〈コマンダー〉が少し離れて続いた。

 前方に煙をあげる友軍の偵察装甲車が見えてくると緊張はいやが上にもあがってきた。偵察装甲車はAMX-10RCである。乗員が遮蔽物に身を隠しながらも生存しているのが確認できた。偵察装甲車AMX-10RCは、砂地で装輪が空回りをして、動けなくなっているようである。

「何あれ? 何かの冗談かしら? それとも夢でも見ているのかしら? まったく、いつからこの世界は神話や伝説の時代に戻ってしまったのかしら?」

 ケイ少佐が見たものは、ドラゴンとはおよそかけはなれた別の生き物の集団であった。二つの翼を持ち、頭はまさしく鷲そのものであるが、下半身はどうみてもライオンにしか見えない姿をしている。それほど大きくはないようであるが、ギリシア神話に登場するグリフォンそのままの生き物であった。その生き物は集団で空中に静止していたかと思うと、すばやい動きで急降下をすると偵察装甲車AMX-10RCを攻撃していた。

「目標はドラゴンではありません。グリフォンです。動きが素早くて正確な数は不明ですが、およそ十匹ほど、上空で旋回しています」

「どうしますか?」

「相手が素早すぎて目標を指示できないわ。隊を二つに分けて生存者を間に挟むように前進。相手の足に鋭い爪が見えるから、ハッチを閉めたまま絶対に車外には出ないこと。友軍を確保してから、軽装甲機動車のRWS(Remote Weapon Station)のプログラムをオートモードで起動。自動射撃で蹴散らしなさい」

「了解しました」

 グラディウス少尉が了解したことを告げると、4台の機動戦闘車を微速前進させ、グリフォンを強引に押しのけるように割り込ませた。すかさず、軽装甲機動車〈ライトアーマー〉が友軍の兵を巻き込まない絶好の射撃位置に移動した。

「RWS、用意よし」

「打ち方、始め」

 RWSの12.7mm重機関銃が射撃を開始した。12.7mm重機関銃にとって、グリフォンは格好の的でしかなかった。みるみるうちにグリフォンの数を撃ち減らしていった。

「でも変ね? グリフォンサイズの生き物では装甲車に損害を与える程の力があるとは思えないわ……。近くに何かいるのかしら? ちょっと、気になるわね。引き続き周囲の警戒を怠らないでください」

 ケイ少佐が神経質そうに心配している。

「了解しました。索敵を続けます。それから、友軍の兵たちが必死に何かを伝えようとしているみたいですが……」

 ベルテンス准尉がケイ少佐の心配に気づき、運転席にいたミーケ・オレマンス伍長からの報告を伝えた。すると、ケイ少佐は自ら車掌用上部ハッチまで移動して身を乗り出した。駆けつける前に犠牲となったと思われる友軍の兵の手首だけが地面に落ちているのがチラッと見えて、思わず腰砕けになりそうになりながらも、ぐッと堪えて聞き耳をたてた。

「12.7mmの音が騒がしくて全然聞き取れないわ」

 ケイ少佐が聞き取れないでどうしたものかと悩んでいると、突然にすさまじい衝撃音が響いた。明らかにグリフォンでないもっと別の巨大なものが、軽装甲機動車〈ライトアーマー〉に体当たりをした音であった。

「えっ? ドラゴンがいたの? 止まっていると潰されるわ。回避運動を!」

 急発進したため運悪く立っていた人はひっくりかえることになった。

「発砲は止めて! 混乱したままだと同士討ちになるわ。損害は?」

「第3小隊の〈ライトアーマー〉に火災発生を目視で確認。速度が出ていないので、隊列から脱落していきます」

「〈ライトアーマー〉に返信。その場で待機。消火に全力を注ぐのよ。まだ、グリフォンがいるのだから絶対に外に出ないように……。中で篭城させるのよ」

「警告、ドラゴンが接近してきます」

 オレマンス伍長が運転座席から叫んでいる。緊迫した叫び声とともに、巨大なドラゴンが威圧感とともに指揮通信車〈コマンダー〉の頭上を飛び越えた。あまりにも近くまで接近されたために、指揮通信車〈コマンダー〉がびりびりと震動を起こしていた。

「我々が狙われています。煙幕弾を発射します」

 機銃担当のカリン・ボーグルト兵長が具申した。

「だめよ。敵対行動は慎むのよ」

 ケイ少佐は動物と向き合った過去の経験から、ボーグルト兵長の具申を否認した。機動戦闘車は友軍の偵察装甲車AMX-10RCと軽装甲機動車〈ライトアーマー〉を守るように十字型に再展開し、間合いをとったまま旋回を続けるドラゴンとにらみ合う格好となった。長すぎる程の時間の後に、ドラゴンは旋回をやめ飛び去っていった。

「ドラゴンの移動とともに、グリフォンも去って行きます」

「まずわ、生き残れたわね。戦闘態勢解除よ、休憩にしましょうか。きっと、RWSの12.7mm重機関銃の発砲にドラゴンも驚いたのね」

 ケイ少佐はドラゴンの非好戦性を今回の事件で少しばかり信用する気になりかけていた。そして状況から損得を計算することができる知性の存在すらも信じる気になりかけていた。

 ケイ少佐は負傷者を確認しようとして視線を戻すと、さきほど見かけた手首が無くなっていることに気づいた。片づけられたにしては早すぎるし、戦闘の真っ最中にそんな余裕があるわけがない。周囲をじっと見つめると、手首のあった場所の近くに、黄色い細かい菌のネットのようなものがあるのを見つけた。そこから細い糸のようなものが引いたように伸びていた。ケイ少佐は、夢の中で見たカラスの黒い羽根を思い出した。危険が迫っていると彼女の第六感が告げていた。

「ルシファーが来ているわ。全車、緊急移動」

ルシファーが寄生する前の状態であれば、まだ対応のしようがあった。それから一時間にわたって移動し、乾燥した広い場所に出ると、全車を消石灰で滅菌作業を行なうことになった。

 日付は6月15日となっていた。彼女がベルテンス准尉に合図を送ると、車内の無線機が命令を伝えた。

「全車の車長に伝達します。第6軽機甲旅団第1外人工兵連隊第5中隊の全車両は、いよいよ作戦地域のネーデルランドに突入します。目指す北部の到着にはまだ距離がありますが、全車両は今まで以上に警戒を怠らないでください」

 ケイ少佐の部隊の後方には、統合軍陸上部隊の第6軽機甲旅団に所属する各部隊が続いている。ケイ少佐は、ここで止まるわけにはいかなかった。


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