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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第十章 ブロセリアンドの森
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フランス西部ブロセンドリアの森最深部、帰らずの谷

 坂井美春伍長はジンと名乗る人物と会うために、帰らずの谷を捜しまわっていた。統合軍陸上部隊は、デュランダル作戦に向けて今も進軍中であり、作戦開始は目前である。彼女は時間を無駄にはできないと考えていた。

「どうやら、ここにあるものは北大西洋条約機構軍やワルシャワ機構軍の規格のものだけではなさそうね」

 絶えることのない残骸とそれを自然に戻そうとする木々の中を、さらに歩いていくと、いくつものことに気がついた。

 まず気がついたことは、残骸の配置にはパターンが存在するということであった。およそ五十メートル間隔で異なる兵器が現れていた。次に気がついたことは、それらが決して入り混じっていることはないことである。まるで展覧会のように、誰かが整頓したごとく整然と区分けされていた。この事実に意味があるのかどうかは分からなかったが、偶然では絶対にありえることではない。

 そして次の新しいパターンに入った時である。目の前に大きな壁が見えてきた。いや違う、それは大きな壁ではなく軍艦の船腹であった。視界に収まらない程に大きく、見上げるように高くそびえ、科学の粋を結集して造りあげた大型艦の残骸である。地面に喫水線まで埋まるようにして、傾きながらも巨大な軍艦が海から離れたこんな場所に放置されていた。

 それは、航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉の残骸であった。その巨大な残骸は、まさしく夢の中で見た概観そっくりである。そして、なによりも航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉の向こう側には別の軍艦の艦橋らしき残骸が見えたことが一層驚かされることであった。無理に違いをあげるとしたら、苔類に覆われているために全体的に緑色に見えることであった。

「やはり、夢の出来事は実在するというわけなの?」

 坂井伍長は無意識に入り口を求めていた。ここまできたら、確かめずにはいられない。

 航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉は喫水線まで地面に埋まっているため、船腹を登らなければ入ることはできない。しかし、左舷のタラップが降りたままになっていたために、甲板に上がれそうであった。

 タラップはかなり腐食が激しかったが、軍艦で使われるだけあって使用には十分に耐えた。それにしても、林の真ん中にたたずむ船に上がるというのは、まるでノアの箱船に上る気分であった。しかし、そんなのんきな状況ではない。

 第一甲板に着くと、周囲を見回してみた。骸と化した船の内部は、長い間に腐食にさらされ、雑草が至るところに忍び込んでいたが、艦内は平静そのものであった。

 ここからは記憶をたどり、第一甲板から艦内に入ればいい。そう、夢には冒頭があったのである。左舷のタラップに向かって走っていく水兵達とすれ違って、艦内の一室に逃げ込むまでの夢で体験した記憶が蘇った。

 記憶をたどって、同じ通路を辿るように奥へ奥へと進む。死体に出くわすのではないかと恐々していたのであるが、その心配は不要なようであった。ましてや、ルシファーはとっくに姿を消していた。

 坂井伍長は一度、フライトデッキに出てから艦内に入ることにした。夢の中のとおりに辿った方が迷わないで行けると考えたからであった。フライトデッキに出たらタイム・ウェポン管制室に向かって降りればいいのである。

 彼女は船底に降りるにつれて船内の腐食が目立たなくなり、夢の中で見たとおりの光景が残されていた。壁や床に染まった血糊もそれと分かるものであった。

 坂井伍長は始めてこの艦を見たときから、タイム・ウェポン管制室に行かなければいけない気がしていた。好奇心や気味悪さよりも、むしろ何かの強い意思によって引きつけられている感じであった。

〈タイム・ウエポン・コントロール・ルーム〉

 目の前の扉に、そのように書いてあった。タイム・ウェポン管制室は本当にあった。目の前に書かれた『〈タイム・ウエポン・コントロール・ルーム〉』の表示を見た時、彼女の鼓動は今まで経験したこともない程に高まった。そう、防水ハッチはねじ曲げられていたのである。開けてはならないパンドラの箱を開ける心中である。禁断の実を食べるイヴでさえ、これほど鼓動が高まったとは思えなかった。

 彼女は防水扉のノブに手を伸ばし、ゆっくりと押してみた。きしんだ音を立てながら防水扉は開いた。

 薄暗い室内の中心に、それはあった。寄り添うように倒れている二つの白骨化した遺体、それは軍服に身を包み、それぞれの手が重なりあっていた。そして、床には二つの拳銃と干からびた血痕の痕跡が見えていた。さらに、遺体の近くには1枚の古い写真と電子時計が残されていた。

 写真に写っていたのは、渦巻いた繭のようなものと紙に描かれたフェアリーの切り抜きであった。ほかにも、右端の中央付近にショートボブの少女が写っているが、周囲の草と比べて大きさが不自然であり、二重露出のようにも見えた。この写真は、旧トレオラントゥク教会の壁に飾られていた5枚の写真の中で、外されていた5枚目の写真であった。

 写真にはメモが張り付けられていて、「行動することです。そうすれば神も行動されます」と書かれていることが辛うじて読み取れた。電子時計は電池切れなのか日時は表示されていなかったが、6月21日の正午で止まっているに違いない。

 坂井は死体が誰であるかを見極めようと識別票に手を伸ばした。すると、突然に二つの死体に変化が現れた。それは彼女の目の前で消えようとしていた。次第に透き通るようになり、完全に消えてしまうと軍服だけが厚みを失ってしぼんで残された。それは、この世界にはあってはならないもの。ひとつの世界で二つもあってはならないもの。それゆえに矛盾が起きないように、それは時空の本来あるべき世界へ戻っていったようにも思えた。まるで何事もなかったかのように消えていったのである。

「消えた?」

 彼女は不吉な予感を感じとり、入ってきた防水扉の方へ駆け出した。この部屋自体もあってはならない場所、さらには、この航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉すらも、存在してはならない艦である。消滅に巻き込まれてしまうことだって可能性はある。

 防水扉を潜り抜けると、航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉の一部が既になくなっていた。もっと簡潔に言うのであれば、防水扉の向こう側の船内はもぎ取られてしまったかのように消えていた。結果的に彼女は航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉の外に出てしまったのである。

 次から次へと起こる現象に、彼女はどうすることもできなかった。ここには何かの秘密が隠されているに違いないが、本来あってはならないものだけに、なぜという疑問が浮かんだ瞬間に消え去ってしまうのだろう。

 周囲は夕方の闇に覆われ始め、秘密が消えていくことを手助けしようとしているようでもあった。

「ちょっと待て、どうして夕方になっているの? さっき目が覚めたばかりなのに……。ここは何もかも狂っている。時間の流れさえも均一でないのだわ」

 坂井伍長が腕時計を見ても、あれから四時間しか時間が経過していなかった。それからしばらくの間、航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉が全て消え去るまで、坂井伍長は呆然と見守るしかなかった。そして、再びあてどもなく歩き始めた。

 ふと彼女は立ち止まった。目の前には、また航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉が現れた。先ほど消えていったものとは明らかに違う歴史をたどったもうひとつの航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉であった。フライトデッキに並ぶ見慣れない大規模通信管制システムのアンテナが特徴を際立たせていた。今度は中に入らずに、一周して外から観察することにした。五十メートルほど進むと、航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉は見えなくなってしまった。驚いて数歩戻ると、再び航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉が現れた。

「あなたたちは、私に何かを伝えたいの? それとも、土に還ることが許されないで亡霊となってしまったの? もし、そうならあまりにも悲しすぎるわ」

 夢で見たのと同じような悲劇を経験し、それを繰り返している航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉が、まだ他にもあることを予感していた。それだけに心痛な思いで叫んでいた。だが、航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉がそれに応えるわけもない。

「もう、いいのよ。心静かに眠りに就いていいのよ」

「心静かに眠りが、なんだって?」

 今度は応えが返ってきた。男性の声である。既に先客がいたのであった。坂井伍長には、それが誰なのかすぐに分かった。

「あなたがジンね?」

 それだけで相手には充分であった。男は静かに頷いた。

「聞きたいことがあって捜していたわ」

 坂井伍長はジンと名乗る男をじっと見つめてみた。彼も東洋人系らしい。顔の表情から心の中を推測することができないのは、東洋人特有の性格が彼にも当てはまるようであった。

「この俺に何が聞きたいというのかね、お嬢さん」

 やっとのことで、ジンは口を開いた。

「私は坂井美春。ここにきて、私は夢を見たわ。それは単なる夢であればよかったのだけれども、夢の中での痕跡がここには現実として残されているわ。この場所ではそういう不思議な現象が起こり続けているのね。最初は半信半疑だったし、自分で体験したあとでも信じられない思いだわ。でも、何かが起きている。あなたなら、その答えを知っているのでしょう? 夢の出来事は現実なの? それとも、幻なの? 知りたいのよ?」

 坂井伍長は率直に尋ねた。

「実は、フランシスに会って昨日のうちにお嬢さんが来ていることは知っていたのだよ。だが、例の夢を見ることができるのか知りたくて、わざとほっといたわけだ。どうやら、その効果はあったようだな。それについては、正直なところ驚かされたよ。夢は、時震、すなわち、タイム・クエイクと呼ばれる現象の影響だ。実は十年前に、俺も夢を見たことがあるのだがね」

 ジンは目の前の女性が夢を見ていたことで少なからず驚いた様子である。

「何がいいたいの?」

 坂井伍長は意味をつかみかねていた。

「お嬢ちゃんは、どんな夢だった?」

 ジンは笑いながら答えた。ジンにはとっくに気がついていた。目の前の女性が見た夢とは、航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉に関わる夢に違いないであろうことに気がついていのである。なぜなら、一見関係のない夢に見えても、全ての夢は、航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉に向かって収束しようとしていることに気づいていたからである。航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉の夢を見るものこそ、この世界の行方を決める鍵となる人物なのである。彼は、十年間、その人間を現れるのを待ち続けていた。

「ここに来たのは、航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉が私の夢の中で見た場所だからよ」

 坂井伍長は明確に答えた。

「夢の中で航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉を見ただと? やはりな。どうやら、お嬢さんは重要な鍵を握っているようだな。よかろう、教えてやろう。夢は夢だ。決して、現実ではない。だが、パラレルワールドということを知っていれば思い当たるだろう」

 ジンは思わせ振りのある態度であった。人生の先輩である彼から見れば、坂井伍長など小娘にしか過ぎないに違いないが、少しばかり気取ってみたくなったのかもしれない。

「知っているわ。私たちの世界とよく似てはいるけれども、少しずつ違う世界が宇宙には重なり合って存在しているという話でしょう」

「それだけ分かっていれば、もう気がついているだろう」

「やはり、私の見た夢は、平行している別の世界で、実際にあった話というわけなのね?」

 坂井伍長が言った。

「夢の話だけではない。ここにある残骸は、全てその平行世界から取り残されてきたものだよ。もちろん、この航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉もその一部となる。ここはかつて妖精モルガンや妖精ヴィヴィアーヌによって造られた歴史上最大のフェアリーリングがあった場所、時空の特異点がもたらす時間と空間のはざまになっていた場所なのだ。時間や空間を超えて、全てのフェアリーリングとつながっていた。それゆえ、フェアリーリングに関わるあらゆる時間が痕跡として残されている場所なのだ」

 突然に時間や空間が加わった壮大な話になり、ジンの言っていることが、坂井伍長には分からなかった。

「言っていることが分からないわ」

「タイムループだよ。言い方をかえるならば、特異点ともいうべきある時間を開始点として、何度も何度も同じ時間が繰り返されている。それは時間が繰り返される度に、平行宇宙を創り出し続けていることでもある。分かるかい。過去を操作して何度も同じ時間を繰り返し続けているのだよ。期間はたったの十年間であるが、その十年間の繰り返しが今でも続いている。それが、何を意味するのか分かるかい。我々は、進化の袋小路に入ってしまったのさ」

 ジンの言っていることが坂井伍長にも、分かりかけてきた。簡単に考えると、時間のループは、すなわち、平行宇宙と同義に置き換えることができる。ある時間を起点として、時間が分岐しては巻き取られることを繰り返していく。今のこの瞬間は、最後に分岐した時間の流れということになる。他の時間は巻き取られてしまったため、存在しないと言ってよい。それが時間のループである。

 坂井伍長は自分でも驚いていた。時間のループがそういう結果をもたらす現象であるとは予想をしていたが、現実に別の世界の航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉を見せつけられたのでは認めないわけにはいかない。

「時間をやり直す兵器、〈トレッキーダイス〉、それは夢の中で私が使おうとしたものよ。ルシファーに負けた世界をやり直すために、使おうとしたのよ」

「こいつは、驚きだ。お嬢さんは、俺が十年かかって調べあげたものをあっさりと気がついてしまうのだからな。そうさ、人類がルシファーに破れそうになると、決まって〈トレッキーダイス〉が使用されてきたに違いない」

 ジンはあっさりと降参を認めた。ケイ少佐同様に彼も坂井伍長が気に入ったようである。

「でも、違うのよ。確かにやり直すために……、〈トレッキーダイス〉を使おうとした。けれども、そんな装置は存在しなかったわ」

「なんだって!」

 坂井伍長の一言に、ジンは驚いたようである。それは彼の探していたものが前提から覆されたほかならない。フェアリーリングが時間をループさせているのは確実であるが、その引き金となっているのが〈トレッキーダイス〉ではないとしたら、いったい何が引き金を引いているのか? その何者かがタイムループに関する重要な鍵になるはずなのである。

「教えて……。これだけ多くの世界の痕跡が集中しているのなら、人類が生き残った世界もあるはずだわ。その世界は存在するのでしょう?」

 坂井伍長は確かめるように聞いた。これは、とても重要なことなのだ。しかし、その意味は無意味であることに気がついた。時間のループは、今も続いている。それならば、人類がルシファーに勝利した世界があったとしても、再びタイムループによって振り出しに戻っているのであるから、それは無いのと同義になる。しかし、もっと恐ろしい考えが頭に浮かんでいた。それは間違っているのかもしれない。それを指摘して欲しかったのだ。

「それは話したくない」

 急に、ジンは黙ってしまった。ジンは辛そうな表情である。

「お願いだから教えて……。今、この世界ではドラゴンに対して今までにない大規模な作戦が開始されようとしているわ。生き残っている軍が総力をあげてドラゴンを根絶やしにしようとネーデルランドに進軍しているのよ。その戦いに勝てば、人類はルシファーだけを相手にすればいいことになる。でも、フランシスに会ってドラゴンがルシファーの唯一の天敵だということは分かったわ。だから、私は迷っているの。もしも今回の戦闘によってドラゴンを根絶やしにしても、その結果は本当によくなるのか自信が持てなくなったわ」

 坂井伍長の熱意がジンの心を動かした。この事実だけは決して他人には言うまいと心に決めていたことであったのであるが、彼の重い口は開かれた。

「そこまで言うのなら、教えよう。帰らずの谷に入って十年にもなるが、見てきた痕跡はルシファーによって破壊された死の世界だけだった。時間のループは今でも続いている。我々の世界以外はタイムループによって全て消されてしまっている。ルシファーの死の世界から脱却できる可能性があるとすれば、今よりも後に繰り返される新しい時間の流れだけに違いない。もちろん、それは今の我々のこの世界である可能性がないわけでもない」

 ジンは小さな声でつぶやいた。それでは、今までの全ての平行世界で人類はルシファーに勝てなかったことになる。その結果がもたらすのは、人類がルシファーによって全滅させられたことを意味していると考えても誇張ではない。

 予想どおりの答えであった。どの時間の流れでも人類が生き延びられないのであれば、逆に時間のループに全てを委ねさえすれば、人類は生き延び続けることができるのであろうか? 進化の袋小路に陥った状態でも生き延びていると言えるのであればであるが、きっと、それも結果的には駄目なのであろう。

 人間の記憶や身体はリセットできたとしても、人間の魂はつながっているとしたら? ループした時間の中で何度も苦手な体験を続けた結果、その苦手な体験が負な記憶として何度も魂の奥底に刷り込まれる。その結果、もともとはなんでもなかったことが考えただけでも嫌な気持ちになってしまうかもしれない。もしもそうであるなら、ループした時間は、苦手な経験を繰り返しさせることで魂を成長させ、苦手なことを克服できるように、試練を受けさせているのかもしれない。でも、逆に苦手なことを克服できない人間はどうなるのであろうか? 次第に心を病み、精神的な破綻を迎え、引きこもるようになってしまうことになる。まるで、トゥーロン・イエールが閉鎖地域という名目に逃れ、自ら引きこもり政策に安寧を求めているのと同じである。

「でも、まだ謎があるわ。時間がループしているだけなら、同じ時間が繰り返されるはずよ。どうして、時間の流れが違ってくるの?」

「それは、帰らずの谷を見れば分かるだろう。ここには、博物館のごとく、いろいろな兵器が残されている。時間の繰り返しは少しずつであるが違う歴史を歩んでいるようである。いや、模索していると言ったほうが正解なのかもしれないな」

「でも、なぜそんな都合のよいことが起こり続けているの?」

「そもそも、繰り返される時間において、前と違う時間の流れになるための要因は何かということになる。その答えが、お嬢さんが見た夢だ。時震とでも呼ぶ事象が起き、消滅した時間の流れで起きたことを、次に生まれた新しい世界の人が夢として見る。それが人の意識を変え、失敗した時間と異なる行動を誘引する」

「時震の夢? 時間の流れに揺らぎが生まれ、新しく生まれる時間の流れに影響を与えているというの?」

「そういった試行錯誤を繰り返して、求める時間の流れが次第に造り出されていく。いずれ人類はルシファーから生き残る時間の流れにたどり着くに違いない。この時間のループによって、問題が解決するために壮大な試行錯誤を繰り返していると言ってもよいのかもしれない。そういう意味では、時震による夢を見ることができるのは、その試行錯誤に関わるかもしれない可能性がある人だけになる。俺が導いた結論を言うと、時震が起きるのが次第に時間のループの開始から、随分と先になってきている。試行錯誤の答えが近くなっているはずなのだ」

 ジンの説が正しく、時震による夢によって時間の流れを変えているとすれば、最初に時震の夢を見た人間こそが、この時間の試行錯誤におけるもっとも重要な位置にいるはずである。その人間について、坂井伍長は心当たりがあった。セリア・ケイ少佐は十年前に夢を見たと言っていたことを思い出した。ケイ少佐こそ十年前にフェアリーリングにもっとも近い場所にいたのであり、おそらく時間のループの始まりに夢を見た人間なのである。

 ルシファーに対抗する手段は、今までのどの時間の流れでも見つかっていなかった。正確には、見つかっていたとしても、その手段を生かすことができなかったに違いない。けれども、時間のループによる試行錯誤が繰り返され、求める時間の流れが近いという。それは、自分が知りえた情報である『ルシファーに対抗できるのが天敵のドラゴンだけ』であることが答えであり、それを生かす手段さえ答えになければいけないことに違いない。まさしく、これらの事が壮大な試行錯誤で求めているもっとも重要なことに違いない。今まで人類は自然界とは独立した存在であったけれども、より大きくなった生態系のバランスが、人類の存在すら生態系のピラミッドに取り込もうとしている。あまりにも単純な答えだけれども、人類が受け入れるのはとっても難しいものね。きっと、消えていった時間の流れの中のいくつかは、答えに近づいているにもかかわらず、それを生かせなかったから消えてしまった世界があるに違いないわ」

「大自然の前に人間の力など到底及ぶものではない。これは希望でもなければ目標でもない。確定してしまった未来であり、新しい事実を受け入れる素直さが必要なのだ。だが、その素直な心を人類全体で持つことが、どれほど難しいことか。それができなければ、誤った道を歩み、時間をリセットするしかないだろう。かつて、他の平行世界であったように我々の世界も消え去るのだ」

「私に素直な心になれと?」

「その必要はないだろう。既に事実を受け入れているようだ。そして、自分が成すべきことを知っている」

 坂井伍長は、はっと思いついた。

「統合軍のことね。ドラゴンがルシファーの天敵である事実を知らない統合軍にデュランダル作戦を実行させてはいけないのね」

 しかし、坂井伍長の頭の中が未だにもやもやしていた。まだ、何か見落としていることがあるはずである。〈トレッキーダイス〉は存在しなかった。でも、時間がループしているのは、事実である。その理由が、この世界のドラゴンやルシファーの存在に関係する理由であることは間違いない。

「さっき言ったように、〈トレッキーダイス〉は存在していなかった。それでも時間はループし続けている。何かが時間を繰り返すように引き金を引き続けているはずよ。それは確かなのよ。もしも、引き金を引き続けているのが人間であるなら、おそらくそれをもっとも望んでいる人間が行っているに違いないわ」

「もちろん、人間には時間をループさせることはできない。しかし、人間の行動の結果として、フェアリーリングが時間をループさせる原因になることはありえる。それがフェアリーリングに深く関わる人物であれば、なおさらだろう」

「もしもそうであるなら、過去にフェアリーリングと接触し、過去を個人的に変えたいと考えている人が引き金を引き続けていると考えるのが自然だわ。その人に心当たりがあるわ。でも答えを導き出せた今となっては、その人をフェアリーリングに向かわせてはだめなのね。人類が生き残る答えを見つけたにもかかわらず、その人がフェアリーリングに接触した時、再び時間がループするかもしれないわ」

 この世界で過去を個人的に変えたいと、いちばん願っているのはセリア・ケイ少佐に違いないと坂井伍長は疑いを持った。もちろん、普通の人間のケイ少佐には時間をループさせることはできない。しかし、ケイ少佐の何かの行動が、結果的に時間をループさせていることはありえる。フェアリーリングによって時間を戻せるのであれば、妹のサラ・ケイが生きている時間まで遡ることで、サラ・ケイを生き返らせることができるからである。

「過去を個人的に変えようとしているのかい? それは欲張りすぎだよ。ルシファーに打ち勝つ方法に気づくだけでも、数え切れない試行錯誤を重ねてきた。さらに、時間を戻して細かいことまで変えたいとなれば、2兎を追うことになり、時間のループはいつまでも止まるわけがない」

「でも、フェアリーリングさえ無力化できれば、時間のループは嫌でも止まる。そうでしょう?」

「そうだが、過去を個人的に変えたいことを願っている人から見れば、それは敵対行動以外の何ものでもない。邪魔をしてくるだろう」

「やるしかないわ。でも、肝心なことが分からないわ。全ての混乱の源となっているフェアリーリングは、どうしたらいいか分からないわ。主のフェアリーを失ったままでは、きっとこれからも災いをもたらし続けるわ」その時、坂井伍長は声にならない悲鳴を上げた。「いえ、違うわ。そうだわ。そうよ。この世界のからくりが分かった気がするわ」

「全ての答えは未来ではなく過去にある。フェアリーという小人の存在は、今に始まった話ではない。中世、いや、もっと遠い昔から人間と関わりを持ち続けている。だから、答えは神話や伝説に記されているに違いない」

「分かるわ。ギリシア神話にそれらしいものが記されている方法があるわ。いえ、それだけではないわ。同じことが世界のいたるところの神話や伝説にも記されているわ。どうして今まで気がつかなかったのかしら?」

 坂井伍長はバギーに向かって駆け出そうとした。自然と行動に移っていた。統合軍全軍に逆らうなんて考えられない行動を、今の自分はしなければいけない気がした。これも夢のおかげかもしれない。

「待て、統合軍の進軍は大きな時の流れだ。そして、彼の地ではフェアリーリングが活動を再開し始めている。まるで運命であるかのようにそれぞれが引きつけられている。それを止めるのは決して楽なことではない。それでもいくのか?」

「当然です。たとえ私の敵が運命であったとしても、それを認めたくないのです。私は素直かもしれませんが、わがままなのです」

 ジンは走り出す坂井伍長の後ろ姿を見送りながら、自分のランドクルーザー〈あまつかぜ〉に向かった。ジンは十年まえに日本からドラゴン殲滅戦に派遣された陸上自衛隊の生き残りであった。彼は十年前に見た時震の夢のおかげで、仲間の死にもやぶれかぶれにならず、生きることを選択していた。夢により、自分の行動の判断が変わったのである。その時には、生き残らなければいけない理由なんて分からなかったが、今、こうして坂井伍長に会うことになったのが、その理由に違いないと気づいていた。夢が坂井伍長に会わせるために自分を生き延びさせたのである。

 そして最近になって、十年ぶりに時震による夢を見ていた。生かされ、自分の務めを果たすべき時が訪れたことに気づいた。彼はその務めを果たすべく、行動を起こすことにした。


(第十一章へ続く)

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