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ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第十章 ブロセリアンドの森
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航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉艦内

 自分の姿がぼんやりと見えている。どうやら、夢を見ているらしい。身体に実体感がなく、意識がはっきりしない。それでも、坂井美春は何か得体のしれない恐怖が迫ってくる気配を本能で感じていた。

 やはり夢を見ているのであると坂井は感じた。いや、何か昔の記憶が思い出されようとしているのかもしれない。前にもこんなことがあった気がする。そうだ、デジャヴが起きているのである。セリア・ケイも、デジャヴという言葉を使っていた。その時に聞いた話を思い出そうとしたが、とってもおっくうなことのように思えた。彼女は夢と同化しつつあった。


 何かを強く叩き付ける音が聞こえた。とてつもなく不愉快な音である。再び、恐怖が強く感じられた。逃げなければいけない。彼女は意識がはっきりとしてきた。

 艦内に警報が鳴り響いていた。彼女は自分に起きていることを思い出した。ここは航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉の艦内の一室であった。彼女はルシファーに追い詰められて、ここまで逃げてきたことを思い出していた。

 あまりにもリアルな世界、これは夢であって、現実でもあった。物理的な法則が完全に支配している世界であり、痛みすら感じる世界である。彼女は夢の中での出来事である認識を完全に忘れていた。

「デュランダル作戦に勝利したのに、どうしてこんなことに?」

「どうしたらいい?」

 彼女は隣にいた男に問いかけた。もはや逃げ場もなければ、助けがくるあてもなかった。覚悟を決めての質問であったのである。

 彼女と男が唖然としてその場に座りこんでしまった時、再びハッチの反対側で嫌な音が聞こえてきた。同時に、防水ハッチがねじられるように押し曲げられ、小さな隙間ができようとしていた。どうやって、ルシファーにそんなことが出来るのか考えている暇はなかった。現に、防水ハッチはねじ曲げられているのである。そして、その隙間で何かが動いた。一瞬のうちに、緑色の触手が伸びて彼女の左脚に取り付いた。

「いやあ」

 必死に抵抗する彼女を、その触手は扉の方へ引き摺り込もうとしていた。すかさず、男は手を強く握って助けようとした。しかし、ルシファーの力が強く二人とも引きずられるだけである。

 男はとっさに拳銃で触手に数発撃ち込んだ。なんとか触手を本体から切り離すことに成功したが、ちぎれた触手の一部は未だ生きており、彼女の脚に食い込み始めていた。それはルシファーによって、彼女の左脚が蝕われていることを意味していた。いずれ自分自身でなくなりルシファーと化してしまう。ここにいたってはどうしようもなかった。

 彼女は顔から血の気が引き、恐怖に身体を震わせていた。そして、彼女は最後の勇気を取り戻してルシファーに取り付かれた左脚を見せないように隠し、そっと拳銃を構えた。自分のこめかみに向けるようにして……。

「ご免なさい。もう耐えられないわ」

 彼女は既に目を閉じることによって、現実から逃れようとしていた。

「一人では、逝かせないよ」

 男は彼女の前に座り、彼女のまぶたにできかけた涙を指で拭ってあげた。すると、やっとのことで彼女は目を開け、やつれた顔ながら、笑って見せた。

 二人には、もうどうでもよくなったことであるが、ハッチの隙間から緑色のゼリー状の物質がこちらを探るように触手を震わせながら入ってきた。

 日時は6月21日の午前0時前であった。暦上は夏至の日であったが、艦内の奥深くに逃げ隠れているこの状況では、暦など全く関係などなかった。

「また、会えるわね?」

 最後にできるだけ相手の顔をまぶたに焼き付けておこうとしていた。そして、二人は互いに拳銃で狙い合い、引き金を引いた。身体に致命的で強力な衝撃が襲い、彼女は後ろの壁に叩きつけられた。男がどうなったのかは分からなかった。

 壁からずり落ちていく身体を感じ、思い出が次々と浮かんでは消え、また浮かんでは消えていった。死の直前とは、まるで映画のワンシーンのように、思い出が次々と浮かんでは消えていった。

「どうしてこんなことに……、時間を巻き戻さないと……」

 意識が遠くなっていくのを感じながらも、この結末はこの世界の自分の行動になにかしらの失敗があったのではとないかと心残りがあった。

 デュランダル作戦は勝利により終了し、ドラゴンの脅威は除去され、ルシファーだけと戦えばよくなったはずである。確かにフェアリーリングには一切の武器が通じず、閉じることはできなかったが、統合軍の厳重な監視下におき、新たに脅威となる生き物の侵入を阻止することができるようにあなった。この結果に何が問題であったのであろうか?

 その時、何かが起こり始めた。そう、何かとしか言えないことが起こりつつあった。まだ、彼女は完全に死んだわけではない。だから、何が起こっているのか、うっすらと感じることができた。そう感じるだけであった。今までの経験ではまったく当てはまらないことが起こりつつあったことだけは分かった。遠のく意識では起こり始めた何かを理解するのは不可能であった。

 何かが変だった。身体が強い光で包まれていく。音が消えた。痛みも消えた。しかも、身体が凍りついたように全く動かない。まるで、時間が凍結してしまったようであった。

 やはり何が起きたのか分からなかった。分かるとすればひとつだけ思いつくことがある。時間が巻き戻ろうとしているのかもしれない。でも、なぜ? タイム・ウェポン〈トレッキーダイス〉は欺瞞兵器で無かったはずではなかったのか?

 彼女は航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉の艦内の一室にいるはずであるのに、壁が消えていた。そのかわり、見慣れた建物が現れていた。時間が十年間戻され、それに辻褄があうように全ての物質が素粒子レベルで再配置が行われていた。

 そして、彼女はかつての住み慣れた部屋に立っていた。彼女の記憶からは航空母艦〈ジャンヌ・ダルク〉の体験が完全に消えていた。

 彼女が今考えていることは、今日は甘いものを食べ過ぎて後悔していることや、コンサートのチケットの予約を忘れないように心配することであった。そのことに何も疑問も感じていなかった。

たった今まで存在していた彼女は消えていた。正確には最初からそんなことは存在していなかったことになった。新しい自分は、今まで存在していた自分が十年前に居た同じ場所に、まったく同じ姿となっていたが、二人は別の存在であった。

 タイム・ウェポン〈トレッキーダイス〉の名前は、いかさまのサイコロに由来している。人生ゲームのサイコロをいかさまして、早々にゴールするという意味から来ていた。何者かによって運命のサイコロは、再び、転がされることになったが、その出す目が今度こそ吉となるか誰にもわからなかった。


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