表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンリング  作者: 半纏ボク
第十章 ブロセリアンドの森
PR
117/154

フランス西部ブロセリアンドの森最深部、帰らずの谷

 帰らずの谷は伝説に満ちており、魔女モルガンはこの地にあえて足を踏み入れた者たちを囚われの身にしたとされている。ドラゴンに立ち向かうことでモルガンの魔術を打ち破り、捕囚された男たちを解放したのがアーサー王物語に登場する円卓の騎士のランスロットである。

 ブロセリアンドの森には、妖精たちの鏡(Le Miroir des Fées)と名づけられた湖まで続く全長4KMのかつてのハイキングコースの痕跡が残されている。かつての観光地は、十年の歳月により自然に還り、再び新たな伝説に満たされようとしていた。

 帰らずの谷は岩場となっており、数え切れない程の数の戦車や装甲車、さらには、戦闘機などの残骸が数えきれないほどに朽ちていた。中には地面にめり込んでいるものも見えているが、戦車の砲身やロケット発射機は例外なく東の方角に向けられていた。その方角こそ、今、統合軍陸上部隊が進軍しようとしているフェアリーリングがあるネーデルランドそのものである。

 フランシスはそれらの朽ちた車両群を抜けて、谷の奥へ進んでいった。奥に進んでいくという表現は、まったく的を得ていた。なにしろ、谷が次第に深くなり、周囲が薄暗くなってきているのである。

 谷の奥深くには、さらに奇妙な車両の残骸が放置されていた。フランシスは慣れた足取りで車両の合間をすり抜けるように進んでいった。どこに何があるのかフランシスは暗記しているようであった。

「まだなの?」

 足場の悪い道を4KMほど歩いて、坂井伍長はいい加減疲れてきたのでフランシスに聞いてみた。

「日によって、違うの。でも、ここらへんだよ。ほら、あった」

 フランシスは大きな車両を指差した。その方角には一台のランドクルーザーがあった。まるで潜水艦のような流線型をしたランドクルーザーは、司令塔と思われるものが後部に突き出ていた。その司令塔の腐食程度から既に放棄されているとも思えたが、地面に残されている車輪のわだちは新しく、最近移動した形跡があった。それにしても、そのランドクルーザーはジャングル迷彩をしているせいか、一見ゲリラ戦用のランドクルーザーに見える。しかし、車体前方は潜水艦のようにずんぐりとした胴体となっているのは、なにかを格納するための貨物室のようでもあり、後方支援のランドクルーザーかもしれなかった。いずれにしても、ランドクルーザーでは珍しいタイプである。おそらく、ハンドメイドなのであろう。

 フランシスは邪魔な車両群を抜けて、一度も迷わず、正確に目的のランドクルーザーのそばにたどり着いた。

「ここにいるのね」

 坂井伍長がフランシスに尋ねた。だが、返事はなかった。どうやら、ジンが不在であったことに気づき、フランシスもがっかりしているようであった。

 坂井伍長はランドクルーザーの方へ歩きだした。ランドクルーザーには、日本語で『〈あまつかぜ〉』と書かれていた。後部の司令塔に上ると、車体前部のずんぐりとした胴体は、貨物室というよりは、なんらかの装置の格納兼防御のための装甲のようにも見えた。それゆえに潜水艦のようなずんぐりとした胴体になっているのである。

 坂井伍長は扉から中をのぞいてみた。驚いたことに、外見とは異なって内部は非常に整備がゆき届いていた。おそらく、今でも十分に動かせることは間違いなかった。

 さらに車内には何者かが今でも住みついている形跡が残されていた。散乱している道具はどれも動物の皮や骨で作られたものばかりでランドクルーザーの鋼鉄とプラスチックの中では不似合いな原始的な代物であった。身を守るというよりは、狩りに使っているのであろう。

 坂井伍長はいちばん近くにあった弓矢を手に取ってみた。素朴な手作りの製品にしては、かなり洗練されたものに見える。しかし、本当に彼女の注意を引いたのは、その弓矢の先端に鋭く削られたドラゴンの爪がつけられていたことであった。試しに、彼女はランドクルーザーの壁をドラゴンの爪で引っ掻いてみた。鋭い金属音とともに、鉄の壁に傷が残ったが、ドラゴンの爪には傷ひとつつかなかった。

 坂井伍長は弓矢を元に戻してさらに奥に入ってみようかと思った時、窓越しにいくつもの墓標が立っているのが見えた。坂井伍長はそちらの方を先に調べることにした。おそらく、このランドクルーザーの乗員の関係者に間違いがないからである。

 墓標は全部で五つあった。ここにも何者かが最近訪れた形跡があった。綺麗に手入れされているのである。坂井伍長は今亡き五人の乗員に黙祷を捧げた。

「私、帰るね」

 フランシスが告げた。

「フランシス、ありがとう。グリフィスさんに、よろしく伝えておいてね」

 少女は、うなずいて帰っていった。

「どうやら、待つしかなさそうね」

 坂井伍長は、もう一度、お婆さんの言っていたことを思い出していた。ブロセリアンドの森で生きてきた証人だけに、無視してしまうわけにはいかない。問題を整理して、ひとつひとつの因果関係を明確にしてみようと考えた。なにしろ、時間はたっぷりあった。

 まず、なぜドラゴンは疎開した人たちを救ったのか?

 ドラゴンは人間を味方と見なしてはいない。人間を救ったのではなく、結果的にそのように見えたと考えるのが普通であろう。つまり、なぜドラゴンはルシファーに侵された人間だけを喰って、健康な人間には目をくれなかったということが重要なのである。

 答えは、明らかだ。ドラゴンにとって、寄宿主の人間はいっぱいいる動物の1種類でしかなく、関心がないのである。寄宿しているルシファーにしか関心がなかったのである。それはドラゴンにとってルシファーは食糧のような存在であるということを意味しているのではないだろうか? ルシファーの大きさから言って食糧とはいかなくても、欠かせない栄養源になっているのかもしれない。

「どうして、こんな単純なことを今まで気が付かなかったのかしら? そうよ、もともと、ドラゴンとルシファーは同じ世界の生物だったのですもの。両者に食物連鎖や天敵的な関係があってもおかしくないわ」

 分かってしまえば、最初の疑問は簡単なことであった。しかし、それがこの世界の行く末に関してどれほどの意味をもつのかは彼女自身よく分かっていなかった。

 坂井伍長はジンに会うことで、新たな情報が得られるかもしれないため、ここで野営して待つことにした。ジンに気づいてもらえるように焚火を起こし待ち続けたが、夜が更けても誰も現れることはなかった。坂井伍長は次第に睡魔に襲われ、目を開け続けることができずに、ついに寝入ってしまった。グリフィスの忠告が気になっていたが、疲れによる睡魔には勝てなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ