ルテチア市内凱旋門
遡ること6月14日、フランソワ・オードラン元副大統領は解放が成立した後の午後4時半頃に陸軍省に移り、ルテチア市庁舎で解放を伝える演説を行った。さらに翌日に凱旋パレードの実施を計画し、これを強行に進めた。さらに第2機甲旅団に対して兵士のパレード参加要請を出した上に、パレード終了後は第2機甲旅団をポートブリッジ統合軍陸上部隊の編成から外すと通告してきたが、デュランダル作戦が終了するまでは、通告が凍結されることになった。
パレードの実施により第2機甲旅団はネーデルランド到着がさらに遅れることになるため、統合軍参謀本部は激怒し、参謀本部からパレード参加の禁止と前線への前進命令をエデュアール・ガンベタ中将に下命した。しかしガンベタ中将は「政府の元首」であるオードラン元副大統領の方針に従うと伝え、オードラン副大統領もパレード実施に強い意欲を見せていた。
6月15日にはシャンゼリゼ通りでルテチア防衛軍を中心とするパレードが行われた。しかし市内になおドラゴン系型亜生物ヴイーヴルの生き残りが残っており、時折飛来して市民が慌てて建物に逃げ込む事態も発生した。
6月16日には、第2機甲旅団によるパレードが行われた。この時にはルテチア市内は既に安全な状態となっていた。フランス国旗を掲げた統合軍陸上部隊の車両がルテチアの道路を進むと、喜びに満ちた群集が彼らを歓迎した。しかし、パレードにより、デュランダル作戦の作戦開始まで残り4日となっていた。




